モス・モス・モスモス
「べひ……もす!?」
「そりゃ驚くわな。俺は死んだことになってるんだろ?」
「え、あ、まあ。もっちゃんさんはそう言ってらしたので」
もっちゃんと呼び捨てると怒らせそうだったのでもっちゃんさんとかいう訳の分からない呼び方をしてしまうルームである。ちなみにベヒーモスの見た目は彫像めいた美形であり、太めの牙が2本口から覗いているというような感じである。
「もっちゃんさん……? ああ、モスのことか。あいつがそう思っても仕方ねえ、実際におれは死にかけてたからよ」
「でも実は死んでいなかったということですか?」
「まあそういうことだ、実は死にかけの時にある奴に拾われてよ。それで治療を受けて今に至るってわけだ。今更モスの目の前に行くわけにもいかねえから、こうやって【古代語り】の公演を見にくる程度に収めてる」
「でも、もっちゃんさんは生きてる事を知ったら喜ぶんじゃ……」
「今の俺は昔の俺とは違う、モスの思ってる俺とは別だ。だから会ってもがっかりさせちまうんじゃねえかと思ってな。今の俺は昔ほどの力はねえ、せいぜい半分っていったところか」
「半分ですか……!?」
今でも【古代語り】の面々と正面から殴りあえるような力を感じさせながらもこれで半分だと言うのだ。全盛期のベヒーモスの力はまさしく災害と同じであったのだろう。災害を打倒すべく手を取り合った者達によって討伐されたことが窺える。これだけで1つの英雄譚ができてしまうほど濃密な戦いであったことは想像に難くない。
「契約によって一時的に全力が出せるが、今の契約主はそんなこと望まねえ」
「契約って、ベヒーモスさんとですか」
「おうよ、俺を助けてくれた奴が一応の主ってことになってる。奴は俺のことを友とか言ってるがな」
「そんなことができる人はかなり限られてると思うんですけど。誰かは教えてもら……えませんよね」
「いや、別に口止めもされてねえぞ。俺の主は智慧卿サトウだ。周りの人間からは【夢想実現】とか【荒唐無稽の証明者】とか言われて怖がられてるが普通の爺さんだよ」
智慧卿、それは学会の頂点に立つ研究者である。曰く文明を1000年進ませた、彼が語る夢は遅かれ早かれ実現するので夢と呼んで良いか分からないとまで言われる傑物であった。人の前に出てくることは滅多に無く死亡説が流れることも多々あるが、一定周期で発明品のお披露目を行うので生きているのだと言われている。
「そんな大物が……? というかサトウさんって何歳なんですか?」
「分からん、ある時を過ぎてから数えるのをやめちまったらしい。貴族の頭の死なねえガキよりは年下らしいけどな」
「そうですか、もう数が大きすぎてよく分かりませんね」
「それが良い、良い奴ではあるが頭の中で何を考えてるかは全然分かんねえからよ」
そう言って苦笑するベヒーモス、そこに油断があったのだろうか。それとも智慧卿以外でまともに話したことが久しぶりすぎたのだろうか。ほんの一瞬だけ隠蔽が緩んだ。それだけで、十分すぎた。相手は血を分けた存在だったのだから。
「ッ!?」
瞬く間にベヒーモスの周辺が緑に染まる。それはかつてベヒーモスと共にあった存在の一部。自らを苔だまりと称する存在。それを皮切りに戦闘態勢の【古代語り】が一瞬のうちに集合する。いきなり現われた脅威に対する最善手の1つである初手最大火力をたたき込む準備はできていた。
「え……? どうして」
「しくじったな……」
一瞬で集まり、そして一瞬で理解した。目の前の存在がなんなのか。
「あー、その、悪かった、実は生きてた」
問1 遙か昔に死んだと思っていた兄がいきなり目の前にいたらどうしますか? その相手は謝罪をしています。
「もっちゃんビーム!!」
答え 単眼からビームを撃ちます
「あっちぃ!? 何すんだ!!」
問2 相手が熱いと訴えています。どうしますか。
「うるさい!! ビーム!! ビーム!!!」
答え 追撃します。
「ちょ、死ぬ!? 今度こそ死ぬぞ俺!!」
問3 死ぬ可能性を示唆してきました。どうしますか。
「すぅ~ぱぁ~、もっちゃんビーム!!」
答え 上位の技を放ちます
「ああクソッ」
ベヒーモスの右腕が変形する。それは黒く光る異形の腕、もっちゃんのスーパービームはその腕に容易く弾かれた。弾かれたビームがどこに行ったかというとプロトに向かって飛んでいった。そしてその攻撃によってプロトの腕が蒸発した。完全にとばっちりである。
「私様の腕に何しやがってくれやがりますですの!!」
動揺によって言葉遣いが変になっているが、腕自体はすぐに再生している。四肢欠損程度では負傷にもならないのだ。怒りによって危うく一帯を吹き飛ばす広域殲滅兵器を起動しそうになったくらいである。もし起動すればルームはもちろん観客だったものが街ごと瞬時に消し飛ぶ威力がある。なお、【古代語り】とベヒーモスは小ダメくらいしか受けない。
「バカお兄!! 今まで何してたの!!」
「いや……何って、傷を癒やしたり、放浪してたり、モスの劇を見たり、だよ」
「なんで生きてるって言いに来ないの!? バカなの!? お兄は頭まで筋肉だったけどそこまでバカじゃなかったでしょ!! もっちゃんがどんだけ寂しかったと思ってるの!?」
「すまん、俺には謝ることしかできない。煮るなり焼くなりと言いてえところだが、今の俺は契約主がいる。勝手に死ぬことはできねえ、だから死なないことならなんでもしてくれ」
「け~い~や~く~? お兄が? 人間と? なんで?」
「そいつに命を救われたからだよ、それ以外の理由はねえ」
「ふ~ん、そいつがもっちゃんのお兄を奪ったんだ……ふぅ~ん?」
「待て待て、物騒なことを考えるな。それにお前じゃ奴には勝てねえ」
「なんで!! もっちゃん強いもん!!」
「お前の身体は苔ベースだろうが。智慧卿を相手にしたら一瞬で焼かれるか腐らせられるぞ、あ」
「へー、お兄の契約主って智慧卿なんだー、ふーん」
「とにかく勝てねえから、変な気は起こすな。良いな?」
「どーしよっかなー、もっちゃんはー? どうしても良いんだけどなー? お兄が、誠意、を見せてくれれば考え直してあげても良いんだけど?」
「分かった分かった……お前が欲しいのはコレだろ」
そう言いながらベヒーモスが取り出したのは小包だった。その中から出てきたのは焼き菓子のように見える何かだった。ベヒーモスがとっておきというように出すものがただの焼き菓子であるわけもない、きっと何か特別なお宝なのだとその場の誰もが思っていた。
「やったぁ!! お兄のクッキーだ!! もっちゃんこれ大好き!! お兄はこれで無罪放免!! もっちゃんもこれで喜色満面!! いぇー!!」
よっぽど好きなのか韻を踏み出したもっちゃんである。そしてこれがただのクッキーであることが確定したのでもっちゃんとベヒーモス意外は盛大にずっこけることになった。
「まったく、何時バレても良いように持ち歩いてて正解だったな」
「あ、そうだ。それはそれとして話したいことはあるから3日はここから動けないと思ってね?」
「う……分かった」
完全に逃げることはできなかったようだ。しかしベヒーモスの顔は少しだけ緩んでいた。




