公演開始、『怪物と怪物殺しの見る一時の夢』
宣伝が効果を発揮したのか【古代語り】の求心力がもともとあったのか、なんにせよ公演当日にはそこそこ以上の人数が集まることとなった。その中には明らかに一般人ではないものも混ざっている。恐らく人間に擬態している何者かであるのだがそれをほとんど感じさせないことを考えるとかなりの力を持っているか、もしくは長く人間世界に馴染んでいる存在であろう。つまりは、特に問題ないということである。
「あー、緊張してきたなぁ……」
初めての演劇、しかも大勢の前で演技するということでルームの緊張は最高潮。かと思いきや口ではこう言っているものの心拍数の1つも上がっていない。同居人たるヴァンシイの協力によって、気負いはあるとしても肉体的に硬くなったり呼吸が乱れたりということは防がれているのだ。
「ま、おらとぷろとに合わせてできるなら大丈夫だべ。ばーんと初舞台に出て、ぼーんとやってくればいいだよ」
「私様の足を引っ張らない程度にできるのですから胸を張りなさいな。あなたは仮とはいえ【古代語り】のメンバ-、自信を持って良いの」
「ありがとうございます、精一杯やります」
激励を受けてルームの心がすっと軽くなる。
「むっふふー、もっちゃんのアシストでなんとでもなるから安心してね」
ちなみにもっちゃんの役割は舞台装置である、苔の身体を変化させ舞台を瞬時に作り出すことができるのである。強く光る苔を照明として使用できるために証明係も兼ねている。なんなら環境音も出そうと思えば出せるので音楽担当であるとも言える。
「はい、心強いです。ところでスカーナさんは?」
「すかぁなは心配いらね、龍のくせにノミの心臓なんだ。毎回公演前日から緊張と興奮で眠れなくて今はぐっすり寝てる頃だべ」
「自分で書いているくせに、どうしてそんなに自信が無いのか分からないわ。面白い話を書いていると思うのだけどね」
「いつもの事だからねー、毎回スカーナが寝てる間に公演が終わるんだ」
「そう、なんですか」
いつもの事だと言って、気にもしていない【古代語り】の面々を見てスカーナがいないことに納得するも、ルームは何か引っかかる思いを少しだけ抱える。
「(本当に? あのスカーナさんが公演中に寝込んでいる? あの謎の男の件もあるし、何か事情があるのかもしれない)」
ルームの一番の懸念は宣伝中に接触してきた謎の男である、ルームをずっと見ているらしい存在を感じとる事はできない。そして謎の言葉、モスには特に手を出すなといったことの真意も測れていない。公演中に攻撃される可能性もないわけではないのだ。とはいえ、【古代語り】の面々は正真正銘の化物揃いである。ルームが防がなくてもノールックで防御するか迎撃は可能であろう。
「さ、始まるだよ」
懸念をよそに幕は上がる。【古代語り】の何度目か分からない公演『怪物と怪物殺しの見る一時の夢』が始まった。
「そう、我こそが国一番の勇士。怪物なぞ、何する者ぞ!!」
「おお、頼もしい。そうでなくては」
「ですが勇士様、怪物は恐ろしく強いのです」
「ははは!! 心配は要りませんお嬢さん。強いだけの怪物など今までいくらでも屠って参りました」
『怪物殺しはまだ知らないのです、今から敵として戦う相手は強いだけ怪物ではないことを。今までの怪物とは全く違う相手であることを』
怪物殺しを演ずるプロト、その他大勢とナレーションをまとめて演ずるダイダラ。怪物殺しは依頼を受け、怪物の根城に乗り込む。そして姿無き怪物を聖剣と魔剣の力を合わせて見事退治するも傷を負ってしまう。川に落ちた怪物殺しが意識を取り戻すとそこは見慣れぬ天井、その近くには甲斐甲斐しく世話を焼く少女がいる場面が展開される。その少女こそが剣で貫かれたことで姿を得た怪物であることを怪物殺しは知らない。
「ここは……」
「気がつかれましたか? いきなり川から流れてくるのですもの。驚きましたわ」
そして、怪物自信も己が怪物であったことを知らない。偽りの記憶、偽りの人格を持って怪物殺しと接することとなる。弱っている怪物殺しは献身的な少女によって力を取り戻していく。その内に恋心を燃やしながら。
「もうすっかり良くなりました。貴方の名前を聞いてもよろしいでしょうか」
「名前? 私の名前、は」
「如何なされました? 何か名乗れない事情でもおありですか。であれば無理には聞きますまい」
「私は……」
少女の口から紡がれた名前は怪物殺しが打倒した怪物と全く同じものだった。およそ人につける名前ではない。なぜならその名前の意味は死なのだから。
「そ、そんな」
「ああ、そうだった、私は、貴方に」
驚愕の事実を受け止めきれない怪物殺しと怪物、それでも1度動き始めた歯車は止まらない。禁断と分かっていてもその愛は燃え上がった。禁断だからこそ、強く深く結びついていった。しかし、それは許されない。怪物殺しがいくら怪物と一緒に居たくとも、人間である以上は怪物とあり方とは相容れない。なにより、怪物と交わることで少しずつ怪物殺しは蝕まれていった。
「ふぅ……はぁ……」
「……」
怪物の心は耐えられなかった、このまま2人一緒に滅びることは甘美な誘惑ではあったが。自らが怪物殺しを殺すなど、それはとても耐えきれるものではなかった。怪物は心弱きゆえに、愛ゆえに、自らを殺すように懇願する。
「どうか私の胸に剣を突き立ててください、貴方を殺してしまうことに私は耐えられないのです。どうか、どうか」
「そのような事を言わないでくれ、そんな残酷な事を……げほっ……貴方に振るう剣など、私はもう持ち合わせていないのだから」
怪物殺しの意思は硬い。怪物は流すことのできぬ涙を流しながら、眠る怪物殺しに魔法をかける。それは少しの記憶の混濁、自らを怪物だと名乗った頃を強く思い出させるもの。それによって今までの絆は限りなく薄くなり、怪物に対して刃を振るわせることに成功する。しかし不幸にもその効果は永続ではない。
「あ、ああ、あああああああああああああああああああ!!!!!」
「泣かないで、いと、しい、ひと、わたしは、しあわせだった」
「何も言うな!! それ以上傷が開いたら……!!」
「さいご……だもの、いわせて、ちょうだい、あ……い……し……て……」
正しい記憶を取り戻した怪物殺しの慟哭が響き渡る、こうして怪物は倒された。怪物殺しは怪物の亡骸を抱いて歩く、その後に怪物殺しの姿を見たものは誰も居なかった。
『それから遙か後、ある場所には2本の木が生えました。その枝はもとは1つの木だったかのようにつながっているのだそうです。まるで2度と離れないと言うかのように』
締めの台詞と共に幕が下りる、失敗という失敗のない見事な演技であった。観客達が皆立ち上がり惜しみない拍手を贈る。
「(何もしてこなかった? ということは演劇に対して何かするつもりはないってことなのか?)」
カーテンコールの最中にもルームの頭の片隅には脅迫をしてきた謎の男のことがあった、一体何者なのか、何が目的なのか、全ては謎のままである。
「ふぅ」
一息ついたルームの背後でいきなり鼻をすする音がする。
「う、ううっ……ぐすっ……なんて悲しい話だ……良い演技だったぜ……坊主……まさかお前が新団員だったなんて思わなくてよ……モスにも手を出してねえようだし……脅して悪かったな……兄貴には心配事が多くてよ……ずずっ」
「兄貴?」
「おうよ、俺がベヒーモスだ。妹と妹の劇団が世話になったな」




