貴族道中~誤算~
イシハラは油断せずにルームを注意深く見ている、学会は戦闘集団ではない為に戦闘は専門ではない。ゆえに学会の者は戦闘に手を抜かない、全力で備えて全力で迎え撃つ。今回のためにイシハラは半年をかけて準備をした。どのような不測の事態になろうとも対応できるように、暴君薔薇の出現にも対応して見せた手腕は誇るべきものだろう。
「んー……なるほどなるほど」
だが、予想外とは何時だって思考の外側からやってくる。イシハラにとってルームの存在はイレギュラーその物である。確かに護衛を連れてくるだろうことは予想済みであった、しかしルームという規格外を連れてくるとは思っていなかった。
「(これは、なかなかの化物ですね。全身ぶっ飛ばすつもりで火薬を仕込みましたが、拳だけで済むとは)」
イシハラが仕込む火薬は学会で開発された特別製である。少量であっても異常な火力を生み出すことができるものだ。常人ならば3人、手練れでも全身に及ぶ火傷を負うことは必至のはずだった。しかし、殴った場所のみのダメージにとどまっている。なおかつ出血もほぼなしで立っているという有様である、イシハラから見たルームもまた正体不明の怪物であったのだ。
「面白いですねえ、そそられます」
「僕は面白くないです。ですから、手加減も遠慮も要りませんね」
ルームが懐にある【白箱】に触れる。
「今回の相手はちょっと厄介だから気をつけてね」
「いくらなんでも、非常識と言わざるを得ませんねえ」
「非常識? 学会に常識なんてそんなものがあったんですね」
ルームが呼び出したのは殺気にあふれる仲間達。ヨツヤは既に大太刀を抜き、スィンは身体を虫に戻しつつある、ヒュープは髪からの召喚の準備を終えていた。
「腕が治ったら終わりにするから時間を稼いで貰っても良い?」
「(治るまで、と来ましたか)」
部位欠損をこの場で治せるという発現にイシハラの背筋に冷たいものが伝う。目の前の戦力は怨霊の剣客に夢喰獣、それに合わせて出た謎の幼女。戦力の把握を行いたいところではあったが、いきなり3対1になるという状況がそれを許さない。
「腕程度なら治るものでありんすから、そこまで酷いことはしないでありんすよ」
一息、一足で飛び込んだヨツヤの速力にイシハラは対応できない。いくら注視していても、起こりの見えない達人の動きは見きれるものではない。
「まあ、旦那さんの手を煩わせる前に死んで貰うでありんすが」
「っ!?」
大太刀の動きも見えない、このままではイシハラはただ首を落とされる。しかしそうはならなかった。
「甘いですよ、小生を殺すのはちょっと骨が折れると思ってください」
ルームの時と同じことが起こる、斬った場所が爆発することで威力を相殺したのだ。大太刀がはじき返されることになるが、その勢いを逆に利用してヨツヤは攻撃を継続する。流れるように身体を動かしつつもう1度全く同じ場所に攻撃を繰り出した。
「無駄です、何度やっても同じ事」
そして言葉通りもう一度同じことが起きる、斬撃、爆発、斬撃の繰り返しである。その間にヒュープとスィンはただ見ているだろうか。そんなことはなく、普通に挟み撃ちを行う。
「ルーの腕、許さない、死んで」
ルームに手ずから蜂蜜を食べさて貰うことをご褒美としているスィンにとって、ルームの拳を吹き飛ばしたイシハラは不倶戴天の怨敵である。
「カチ、カチ、カチ」
口から漏れるのは顎がぶつかる怒りの音。危うく本当の姿を晒しそうになるほどの怒りだった。しかし頭は冷静そのものであってイシハラの分析を進めていた。
「攻撃すると、爆発、匂いは火薬、でもどうして本人には影響が無い? 道理に合わない、ならそれはスキルのせい、爆破? 爆薬? 精製する? 操る? 検証が必要? いや、要らない。ルーと同じ力の使い方じゃない、つまり他者を媒介してない、本人が火薬だから効かない、これが今の仮説、仮称【炸裂身体】の攻略には水が必要」
身体自身を火薬として炸裂させるようなスキルだと仮定したスィンが次に行うのは、水の調達だった。近くに居るヒュープにアイコンタクトを取る。
「はいはい、分かったよぉ。湿らせれば良いんでしょー?」
ヒュープの髪から悪夢から抜け出してきたような怪物が現われる、今回呼び出したのはジャバウォックではない。別の怪物である。
「お願いズオー」
今回の怪物の名はズオー、大きな口に醜悪な長い鼻を持つそれが鏡を割るような鳴き声をあげた。
「ほーら、お水だよぉ」
鼻から放出される虹色の液体が水かどうかは議論の余地があるが、とりあえず水分であることは間違いない。特殊な属性を含んだ液体のために普通の水としては振る舞わない、空中に漂う水球となっている。
「いっけぇ~」
ふにゃふにゃとした声とは違ってそこそこのスピードでイシハラに水が殺到する。
「水でもお構いなしですよ」
が、それもまたイシハラに当たった瞬間に爆発で散らされた。水分でもイシハラの【炸裂身体】は揺らがなかった。
「水中でも起爆できる火薬はある、爆発で押し返せるのは爆発の威力よりも軽いものだけ、だから必要なのは重さ」
スィンが今身に纏っているのは蜂のものではない外骨格である。それはカブトムシのような分厚い鎧、硬く強靱な高性能なものである。そして何より、重い。
「うぶっ!?」
「届いた」
爆発をものともせずに突き抜けた蹴りがイシハラを捉えた。
「ここからだよ、立って。死ぬほど後悔させてあげる」




