貴族道中~罠~
最初の刺客である騎士団崩れを退けてから断続的に敵対勢力と思われる者が現われていた。だがそれらはどれも雑兵であり、特にルーム達が苦戦するという事はなかった。
「これなら僕の出番はなさそうですね」
「おかしいですわね、わたくし達の勘が当たらないことはそんなに無いのですが」
「姉様。油断はいけません、貴族ということは特別な手段を取れるということ。どこぞの貴族か分かりませんが側仕えも出てきていませんし。武門ならば自前の騎士団もあるでしょう、小手調べというか誘い込みである可能性も十分にありますからね」
貴族の側仕え、これは武界・学会・教戒の中で貴族直々に引き抜かれた者である。その能力は折り紙付きであり最上位ではないまでも中堅の上位ほどの者はざらに居る。中堅と言えどもそれは人外魔境のはびこる三核卿の傘下での話。野に下ればそれはもう十分に強者なのである。
「今回の傾向から考えると学会の手練れが潜んでいる可能性が高いですね、装備も学会謹製のものですからね」
「学会ですか、嫌な戦いになりそうですわね」
「強い、というよりも嫌な戦法を取ってくるのが常ですから。毒・薬物・技術で思いもしない攻撃を仕掛けてきますね」
歩きながらそう話していると、ルームの胞子に何かが引っかかった。それは酷く些細な違和感、周りに何かが混ざっているような感覚、なによりそれに気づかない2人。未来予知に近しい勘を有するこの2人がルームが気づく違和感に気づかないことがおかしい。
「待ってください」
「ん~、残念ですが1歩遅い」
突然聞こえてくる男の声、そして地中より噴射される謎の霧。
「くっ!? 吸わないでください!!」
「だから遅いんですよ、なぜならばもうここは小生の実験場。手取り足取り教え込んであげましょう、もう逃げ場などないってことを」
姿の見えぬ声に注意を払いながら2人に目を向ける。するとそこには既に倒れ伏しているドネとペル。呼吸はしているようであり、麻痺でもないようであるから、眠らされたというのがざっと見たところの所見であった。
「おかしいですねぇ、どうしてあなたには聞いていないんですか。そこの蜘蛛に対する成分の他に人間にも十分効くように配合しているはずなのですが? あんまり小生の知的好奇心を刺激しないでいただきたい、お持ち帰りして調べ尽くしたくなってしまうじゃないですか」
「こういう事か、なるほど。凄い勘だね、素直に驚くよ。こうなることを感じ取っていたんだ」
「もしかして、もしかして、もしかして、小生を無視していらっしゃる? まさかまさかまさかねえ? 今あなたの生殺与奪を握っている小生を? そんなことはありえませんよねえ」
「うーん、この感じだと僕だけだと時間かかりそうだからお手伝いしてもらおうかな。たぶん地下だからお願いするね」
「独り言? 余裕ですねえ、じゃあもう良いです。腕と足をぶっ飛ばして持ち帰りましょう」
「ロサ・ロサ」
扉が開く音がする、そして顕現するは暴君薔薇。瞬く間に地面に根を張り一帯を支配領域へと変えていく。茨がルームの周りを覆って守りながら周囲の索敵を開始した。
「っ!? 暴君薔薇!? どこから!? いいえ違いますね、あなたが持ち込んでいたのですか!! くはははははははは!!! 面白いですね!! それもサンプルとしていただきますよ」
ルームの近くが爆発する、おそらく地雷として埋められていた爆薬を使ったのだろう。煙の中から現われたのは白衣に身を包んだ若い男だった。
「どうも、お初にお目にかかります。小生の名前はイシハラと申します、学会の研究員でしたがこの度貴族様がパトロンになってくださるとの事でこのように敵対した次第でございます。なので、一身上の都合で実験体とすることをどうかお許しください」
「どうしてわざわざ姿を? 隠れていればまだ逃げられたかもしれないのに」
「はは、ご冗談を。暴君薔薇がいるのに地中などに居てはなぶり殺されるに決まっていますからね」
「地上に出ても同じだと思いませんか、地上でも地中でも暴君薔薇は強いのに」
「それは重々承知しております。ですが、研究員が戦闘ができないわけではないというのをお見せしようかと思いましてね」
真後ろの地面からロサ・ロサの茨が攻撃を開始する、しかしイシハラと名乗った男はそれを最小限の動きで躱す。自分で言うだけの戦闘能力は有していることはこれではっきりとした。真後ろからの奇襲に眉1つ動かさずに対応できる事でルームの中の警戒度がまた一段上昇する。
「これは手厳しい。最初から殺す気満々ではありませんか。小生のスキルがなんなのか気にはなりませんか? 何をしてくるのか分からないまま突っ込んでくるのは関心しませんね。だからこんなことになるのですよ」
ロサ・ロサの茨に異変が訪れた、水が足りていないわけでもないのに。枯れ始めているのだ。
「何をした、今すぐ言え。それなら比較的速やかに終わらせる」
「おお怖い怖い、小生はただ植物にとっての猛毒を入れただけですよ。暴君薔薇といっても植物は植物、ならば絶対的な弱点もまたあるということです。学会には当然暴君薔薇のサンプルもありますからね、それでどうします? 中和剤もありますが?」
言い終わるかどうかという瞬間にルームの拳はイシハラの顔面にたたき込まれていた、ヴァンシイの菌糸による強化に加えて意図的に身体のリミットを外している。情報を聞き出すために半殺しにするという思考はロサ・ロサの負傷によって吹き飛んでいた。
「だからぁ、小生のスキルも知らないで突っ込んでくるのは駄目ですって」
殴った場所が爆発する、ルームも使ったことのあるカウンターのやり方。ルームは胞子だが、イシハラは爆発だった。
「痛そうですねえ、右手がないじゃありませんか。考えなしは駄目ですよ? 慎重に、冷静にね」
「く……」
殴る時に使った右手、爆発をもろに食らったその部分は跡形もなく吹き飛んでいった。止血はすでに済んでいるが拳を使う以上戦力は半減と言っていい。
「言っておきますが、小生は自分のスキルを説明するような真似はしませんよ。ただ困惑のままに捕らわれてくださいね」




