調子に乗った蜂、窘めるは茸の女王
「あ、れ、なにが」
いきなり自由がきかなくなった身体に戸惑うスィン、もとより虫の身体ゆえ人間相手ならば容易に自由を奪う毒もスィンには効かないはずである。なのに身体は動かない、身体の各所に仕込んである個別の神経も全く機能していない。
「ねえ、1つだけ良いかしら」
動かぬ身体に投げかけられる言葉ここまで恐怖を煽るものか、元は蜂とはいえ感情を獲得しているスィンの肉体は恐怖をはっきりと認識している。動かぬままで身体は震え、そして全力で脳が叫ぶ「今すぐ逃げろ、これはお前の死神だ」と。
「冬虫夏草って知ってるわよね、虫を食べる茸なのだけれど。地下で図鑑とかを読んでるみたいだから知っているわよね。で、それって特定の虫を食べるのとなんでも食べちゃう子が居るの。何が言いたいかは分からないと困るから言うけれど、そういう茸って虫に気づかれないように近づくことに全能力を費やしているの。なんでか分かる? 近づけば後はただの餌だからよ。ねえ、私が支配下に置いてる子達の中にその種類が全くいないってことはあると思う? 今動けないあなたの身体には何があったのかしら」
「ま、まさか、私の身体に」
「どうかしら、何時仕込んだのかしら、私の宿主を貪った時かしら」
「っ!? ルーの身体に何を」
「気づいてないようだから教えてあげようかと思ったのよ、私は一心同体の共生関係なの。だから嫉妬するのは勝手だけれど、もう既に取り込んでいるってことは覚えていてね? 少なくともそれを破れないようじゃまともに相手なんてしないわ」
「これは、皆知っているの」
「当たり前でしょう、もっともあなた以外には全く効いてないけどね。霊体だろうとお構いなしの子も全然効きやしなくて辟易するわ」
「遠い、なぁ。近づいたと思ったらそこからどれだけ離れているかを思い知らされる」
「最初は皆そんなものよ。産まれついての強者であることは間違いないけど、そこからどれだけ磨くかが大事なの。だからすぐに調子に乗ってはいけないわ、それは早死にするもの。苗床亭の一員であるのなら少なくとも宿主より早く死ぬことはあってはいけないのよ」
「は、は、よく分かった、です」
「それじゃあ解放してあげる」
一気に身体の自由を取り戻す、先ほどまであった自身を粉々に砕かれたスィンは晴れやかな顔をしていた。
「でも、ここから2日の予定はどっちにしろ決めないといけないよね?」
「その前にちょっと良いかな」
ルームがそう言いながら取り出したのは四角い箱だった、真白いそれはどことなく歪んでいるような気がする。しかし絶えず輪郭がぼやけている為にその箱がなんなのかを詳しく見ることはできないのだった。一目で分かるマジックアイテムであるが、その効果までは見ただけでは分からない。
「これね、僕の【部屋作り】なんだ」
「ちょっと待ちなんし、【部屋作り】ってぇのは旦那さんが元々持っていた技能でありんしょ?」
「どうせ【寄生】を使っている限りは使えないからアンケさんに取り出してもらったんだ」
ルームは地下図書館で知っていたが、スキルを結晶化して体外に排出するのは尋常の技術ではない。黎明の魔女たるアンケだからこそできる事である。人の魂に結びつくスキルに触れさせるというのは言わば人としての最奥を他者に委ねるということであり魂を明け渡すことに等しい。ぶっちゃけ魔女的には魂に触れられる仲は肉親でなければそれ以上の絆、信頼を持っていなければできないことなのである。
「アンケさんならできるかと思って頼んだら、顔を真っ赤にしちゃったけど何でだったんだろうね」
ルームはお願いをしに行った時のことを思い出す。ちなみに魂に触れられる関係性というのは、血を越えるつながりを必要としている。魂に触れてあまつさえ手を加えて欲しいというのは魔女的にはまぐわいを越える羞恥ワードなのであった。近い状況をあげるのならば公衆の面前で卑猥な言葉を大声で叫ぶようなものだろうか。
「ば、ばばば、馬鹿言うんじゃないよ!? いきなりなんてこと言うんだい!?」
「駄目、ですか」
そこで炸裂したのが最近覚えつつある上目遣いである、苗床亭メンバーの干渉もあって美少年として完成するように調整されているルームがやると破壊力抜群であった。もはや肉体自体に魅了が宿っているようなものであるのでもともと惚れているアンケが逆らえるはずもない。後にアンケはこう語った「ありゃ大量破壊兵器にもひけをとらなかったよ」と。
「ああもう、取り出してどうするんだい。確かにあたしだったらスキルを取り出して物質化できるよ、でも逆はできないさ。マジックアイテムとしてどんな性能になるかも分からない、それだったら【寄生】を取り出したいところだね、それがなければもう隠れる必要もないだろうに」
「それは無理ですよね、だって【寄生】はもう僕の一部ですから」
「分かってたのかい……、そうさ。禁忌と呼ばれるスキルは魂に影響を与えて融合しているからね。もし取り出したとしてもそれは死に直結するさ」
「所有者ですから、じゃあ【部屋作り】を取り出してもらっても良いですか? きっと良いものになります、それに使えないものを何時までも内側に収めていても無駄ですから」
「そうかい、生まれ持ったスキルは一生の友と言うがね。あんたがそう言うならやってやろうかね」
このような経緯を得て輪郭の分からない白い箱が完成した。アンケはこの箱に【不確定立方体】と名前を付けようとしたが、ルームが言いにくいとの事で【白箱】と名付けられることとなった。
「この中に皆を入れて一緒に旅にいきたいと思うんだけど良いかな?」




