貴族道中~嫉妬の処理~
「それでは2日後に」
2人を見送って苗床亭の扉を閉める。2日後という時間は準備期間であった。しかしルームは知っている、これからの2日間が最もキツい時間になる可能性があるのを。
「で、聞いてたとは思うんだけど」
後ろを振り向くと、何となく不機嫌そうな雰囲気を漂わせた苗床亭のメンバーがいた。いきなり話を振ったスィンを初めとしてヨツヤとヒュープ、ロサ・ロサが腕を組んでいる。何を隠そう元仲間の一見で全部引き分けに持っていった件についての埋め合わせの途中であったのだ。一応ルームの意を汲んでくれた皆ではあるが本来ならば元仲間との雌雄を決する最終決戦をする覚悟であったのだから、水を差したのがルーム本人であっても不機嫌になる。そこでルームは一件の後にこう言った。
「皆の気が済むまでお願いを聞くから許してください」
全面降伏である。自分の勝手をとりあえず通させてもらったのだから、今度は自分が皆の要求を引き受ける番と思っての宣言であった。はっきり言って奴隷宣言ともとれる発言なのだが、億が1にでもルームを酷い目に合わせることや抜け駆けに相当することがあれば他のメンバーから滅殺されるのが確定するので良い感じに拮抗するという奇妙な状況が生まれていた。
「まさか最初の日から依頼が来るとは思わなくて」
そう、苗床亭のメンバーが好き放題にルームといちゃつこうとした矢先に今回の貴族シスターズの襲来である。しかも長期の依頼である、最悪のタイミングであることは今更言うまでも無い。なんだかんだと勇者部隊とのアレコレを済ませる間に待たされたこともありかなりのフラストレーションとリビドーが溜まっているというのに、またしても、お預けである。しかし、しかしだ、2日あるということもまた事実であった。
「ルー、分かってるよ。あの依頼を断ると色々と面倒なことになるんだもんね、それに貴族とかいう人たちとつながりがあるのはルーにとっても良いことなんでしょう?」
「旦那さんには色々としがらみがありんす。それの半分くらいはここの住人のせいであることも分かっているでありんすよ。だから別に怒ったりしてないから安心しなんし」
「ヒューが言いたいのは、2日の猶予は覚悟してねってことだけだから」
「余は悲しい、ゆったりとした逢瀬になるはずだったのに。まるで獣のように貪ることになってしまうようだ」
後半になるほど不穏なことを言っているのでルームの額に冷や汗が伝い始める。予感が現実のものとなりそうで、なんとかそれを回避するためにあがくのも無駄になる気しかしなかった。というか、好きにしてくださいと言っている以上あがくことすら不誠実になってしまうとルームは考えているので最悪ミイラ寸前になるのを覚悟していた。
「あ、そうだ」
比較的冷静かつ理解のある発現をしていたスィンがゆっくりとルームに近づいてくる、何故かその足音が死刑執行人の近づいてくる足音にしか聞こえない。なんでか分からない危機感にルームが戦慄していると耳元でスィンが甘く囁いた。
「種馬に勧誘されてたってことは、少なくとも虫系の子はいけるんだよね? 2日じゃ限度があるとは思うけど、もしかしてどんな種類の子でもいけるんじゃないの」
「っ!?」
ルームの身体が硬直する、【寄生】スキルの仕様が違うルームの身体の詳細は本人にしか分からないことではあるがその内容を推理することは可能である。あまり発揮されないがスィンの頭脳は苗床亭の中でも随一である、ルームの肉体の特性を悟るのは遅かれ早かれ確実ではあった。
「スィン」
「うん、分かってるよ。大丈夫他の人には言わない、だからあんまり殺気を出さないで欲しいな、私は仮説を言っただけだもん。それに身体に直接入っている人は当然知ってることでしょ?」
酷く冷たい表情をしながら出現したヴァンシイをスィンが見つめている。複眼の全てで何が起ころうと対処できるように注視する。もっとも、ヴァンシイが本気で攻撃しようとするのならば気づいたときには全て手遅れになっているので意味はないのだが。姿を見せている時点で本気ではないことは分かっている。
「あまり調子に乗らないことね、私の宿主なのよ」
「そっちこそ、独占が過ぎると不満を言われちゃうよ?」
ヴァンシイによるルームの独占体制は言わば苗床亭の不可侵領域である。半ば仕方ないこととして今までは処理していたが、離れても活動可能だということが証明されてしまった今はそれを続けていても良いのかという問題も発生しうる。それを懇切丁寧に説明することもスィンには可能だった。
「なーんちゃって、そんなことしないよ。私はこの苗床亭が好きなんだもん、今更全部を壊すような真似はしないよ。たとえ全員に私が勝てるようになってもね」
「あなた、まさか」
「とりあえず2日の予定を立てようよ、流石に全員同時には無理だもん。ルーの身体が足りないよ」
スィンの進化が知らぬうちに想像を超える場所まで来ていることをヴァンシイは確信する。苗床亭という魔境の中にあるというのは常に強くあらねばならないということなのだということも。甘んじていてはすぐに脅かされうるのだ。
「驚いた、スィンがここまでやるようになってるなんてね」
「……はぁ。また調子に乗りだしたなんて、これだから賢しい子どもは嫌いなの」
「あれ? もしかして何かする気」
「そうね、少しだけお灸をすえようかしら」




