貴族道中~旅立ちまでもう少し~
「あら、わたくし寝てしまっていたようで、は?」
酔いが覚めたドネが目を見張る。理由としては単純、妹が初対面の男に触れて種馬になるように勧誘をしていたからである。
「ぺ、ぺぺぺ、ペル!? いったい何を!? はしたないとかそういうレベルの話ではないですわ!?」
「姉様、これはちょっと事情がありまして」
「ペルが喋ってる!? 頭の中で直接喋る以外は聞いたことがないのに!? どういうことですの!? ま、まさか、その人がお気に入りになったのですか!? 子孫繁栄するのですか!?」
あまりにもテンパりすぎて訳の分からないことをのたまっている。自分でペルに合う子種などないと言っておきながら子孫繁栄などとは、勘が良すぎて驚いてしまう。実際のところ【寄生】を使用しての性行為ならば何の問題もなく子どもを仕込む事が可能である。少し前にペルが言った最高の種馬という称号は全く以て間違っていないのだ。余談ではあるが、この能力がバレた場合ルームの重要度は飛躍的に向上する。下手をすれば参核卿の間で争奪戦争が起こる。
「はは、姉様でも怒りますよ」
「ででで、でも、そんなに近づいて」
「これはある確認をしただけです、結果として準貴族のお誘いはしてみましたけどそれはこの貴重な血を活かす道を提示したまでのこと。それ以外の意味はありません、路傍の石の一欠片ほども」
「そう、なら良いんですわ。ペルにはそんな話は早すぎますもの」
「ここからは姉様にお任せします、喋りすぎて疲れてしまいました」
「ええ、お任せなさい。わたくしがペルを守りますから」
「うん、お願いします」
ペルがわざとらしく目をこすりながら眠りの体勢に入る。言うまでも無くこれは嘘である、ルームがドネと万が一にもおかしな契約を結ばぬように聞き耳だけはしっかりと立てている。
「さて、お恥ずかしいところをお見せしました。本題でしたわね? 実は極秘裏に行きたい場所があるんですの。そこまでの護衛をお願いしようと思いまして」
「それでしたら僕みたいなグレーゾーンの人間ではなく、正規の兵士を使えば良いのではないでしょうか」
これはド正論である、しかしこれが使えない理由は既にペルからの話から推測できている。ルームが今したいことはドネの認識の確認とどの程度話す気なのかということである。
「申し訳ありませんが、それはできないのですわ。正規のルートは正規の情報が残ってしまいますもの、それでは意味がありませんの」
「それは違法行為をするととってもよろしいですか?」
「それはいたしません、我が碧き髪に誓って」
家名に誓うというのは貴族にとって最上級の文言である。これを言ったときの覚悟を疑うのは不敬罪に相当するほどである。
「なるほど。分かりました。ではお忍びでどこかに行きたいと、そういうことですね?」
「そのとおりです。場所はその都度指示を出します、残念ながら地図を用いての質問はあなたに危険が及ぶ可能性がありますので」
地図の閲覧には権限が要る、高精度の地図を下々の者が見たとなれば軍から処刑されても仕方ないというほどには国家機密に抵触する。それをきちんと理解しているあたりは貴族令嬢としての教養があると言える、ペルは簡単に出してしまっているので台無しではあるが。見たことが発覚すると年単位で追われる可能性もあるのでルームは見なかったことにしようとしている。
「どの程度の時間をかけて目的地に着くとお考えですか」
「そうですわね、普通なら7日と言いたいところですが。今回はお忍びですので、余裕を持たせて10日と考えていますわ。もちろん必要なものはこちらで用意します、当然往復分の物資ですわ」
「それはありがたいです。下世話な話となりますが、報酬はどうなりますか」
「我が家の宝物、と言いたいところですが。それはあなたも困るでしょうし」
「はい、そうですね」
貴族が保有する宝というものは基本的に1目、ないし1工程で出所が分かるようになっている。それは紋章であったり魔法的細工であったりするが、それを貰ったところで買ってくれる所もないので観賞用にするくらいしか使い道がないのが実情である。誰も盗品かもしれない貴族の品など扱いたくないのだ。
「かといって、わたくし達の資産を渡すと足がつきますし。そうですわねえ、わたくしの髪を1房さしあげましょうか」
「姉様!? それは!?」
「やっぱり起きてましたわね、嘘はいけませんよ」
「うっ、それはごめんなさい。でも髪をあげるのはやり過ぎです、碧き髪の1本は金の一粒に等しいのですから」
貴族の品は扱いにくいのは前述したが、貴族自らが卸しているものならば問題はない。今回の碧き髪などはその代表である。世にも珍しい碧い髪は神秘を纏うと信じられている、実際その強度は非常に高く様々な攻撃にも耐える繊維である。生産量が限られすぎているためにその値たるや、ペルの言葉通り金と等価値かそれ以上である。ちなみにペルとしては姉の一部が他人に渡るのが嫌なだけである。
「ではそれ以外にわたくし達が持つものなどありませんわ。貴族としての特権以外にあるものなどこの身体しかないのです。誇りはあれども驕ることなかれ、いつもそう言っているでしょう?」
「それはそうですけど、貸しということにはできませんか。貴族とのパイプがあるというのは非常に有効に使えるはずです」
「それはそうかもしれませんが、それはわたくし達から言うものではありません。貴族自ら貸しにしてくれと請うなど言語道断ですわ」
このやりとりを目の前で見せられて「そういうのいいんで、さっさと髪をください」などと言える者がいるのならばそれは異世界人か蛮族、もしくは常識知らずといったところであろうか。貴族とのつながりというのは相手によってはちらつかせただけで優位に立てるカードである、それをみすみす手放すような真似をルームはしなかった。
「あー、今回は貸しということでー、僕が困った時に口添えしてくれたりすると非常に助かりますー」
マッチポンプ感が強いので棒読みではあったが、一応これでドネの言う貴族の誇り的な部分はクリアされた。
「あら、それは非常に有り難い申し出ですわ。それではお言葉に甘えまして今回はそのようにいたしましょう」
「ではそのように」
ここに契約は結ばれた、片道10日のお忍び貴族道中の開幕である。




