姉の寝る間にこそこそ話
無事にドネとペルの貴族シスターズをベッドに寝かせることに成功させると、ようやくルームは一息ついた。貴族と正面からする会話は常にリスクを伴うために知らず知らずのうちに疲労がたまってしまっていたのである。
「はぁ、疲れた」
「アノ、オハナシシテモ、イイデスカ? オツカレノヨウデ、モウシワケナイデスケド」
「驚きました、その声は?」
酔って寝てしまったはずのペルが身体を起こしてまっすぐにルームを見つめていた。
「ジツハ、コエヲダス、キノウガヨワクテ、イトデムリヤリハナシテマス」
ペルの喉には見えないくらいに細い糸が巻き付いていた、本人の談を信じるならば普通は話せないのを糸を使って震わせているらしい。
「イキナリ、キテシマッテ、ゴメイワクヲオカケシテオリマス」
「いえいえ、貴族様としての強権を振りかざしてくるのならともかく。実に話しやすいですよ」
「アネハ、カホゴナノト、ハナシノダッセンガオオイノガ、タマニキズナノデス」
「はは、まさか本題に入る前に寝てしまうとは思いませんでしたよ。お茶は大丈夫でしたか」
「ブンカイスルノモ、ニンゲンバナレシテイルノデ」
「あー、そういう意味で言ったわけでは」
「ダイジョブデス、ワカッテマス。ソレデ、アネガハナストナガクナルノデ、ホンダイヲイマノウチニ、ハナシタイトオモイマス」
「分かりました、今回の依頼はどのような用件なのでしょうか」
「バカンスデス」
「バカンス? というと、避暑とか観光とかがしたいということですか」
「アア、ンンッ、チョット、マッテクダサイ、サキホドノ、スィンサンノ、ハッセイヲ、サンコウニシテ、少しばかり調整しました。これで多少は聞きやすいでしょうか」
いきなり流暢に話し始めたのでルームは再度驚く事になった。目を丸くしているルームを見てペルが笑う。
「普段は声を出す必要がないもので、姉は私の意思は直接聞いてくれますから。それでバカンスについてですが、貴族の言うバカンスとはいわゆる隠語なのです。ここで意味するのは遊興ではなく逃避行、できるだけ遠くに長く逃げなければいけない理由がありまして」
「その理由は詮索しても良いものですか?」
「はい、これはお恥ずかしい話なのですが。拳で姉に説得された父が裏で手を回しまして、姉を無理矢理他の屋敷に閉じ込めてその間に私の神格化を行うようで」
「お父上やることえげつないですね、もしかして大家族ですか?」
「ご想像にお任せしますが、『碧の絹糸』は代々多産の傾向があります。そのなかで当主になるのは相当大変なので色々と手段を選ばないようになってしまったようです。決して愚かなわけでも、冷徹なわけでもないのですが、家の存続のためにはこれが一番良いらしく」
「お父上も色々と抱えてらっしゃるのですね」
「ええまぁ、大変そうではあります。それでも今は少しやり過ぎのきらいがあるので、お灸をすえる為に一回2人で居なくなってやろうと思ったのです」
「なるほど、それで僕に逃避行の手伝いの依頼をしに来たというわけですね?」
「そのような感じです、ご安心ください。足は付かぬようにいたしますから父から咎めが来ることもないでしょう」
「それが1番の懸念事項だったので僕に断る理由はなくなりました。目的地はどこにする予定ですか? それによっては僕の準備も変わりますので」
ペルが懐から取り出したのは地図だった、地図というか地形の情報は最高機密にあたるので詳細な地図を手に入れるのは非常に難しい。だが、貴族ならば話は別らしく細かな地形まで分かる上等な地図であった。
「ここです」
「ここって、海のど真ん中なんですけど」
「実はここに記録に無い島がありまして、そこを先日買い取ったので」
事も無げに言っているが、島を買うことができるというのがどれほど難易度の高いことか。まず土地の保有には国家元首からの承認が要る。加えて目が8つ飛び出すほどの金を積まなければならない、しかも高精度の地図にもない島などという軍事拠点にもってこいの島である。正気の沙汰ではないと言わざるを得ない。
「もしかして、別荘に閉じ込められたお姉様って酷い目に合う予定ですか」
「死にはしませんが、一生を館の中で過ごすでしょうね。そんなことになったら私は家を潰しかねないのですから」
一瞬だけ空気が凍ったのかと錯覚するほどの殺気が空間に満ちる。何が障がいになろうとも成し遂げるという覚悟が滲みだしていた。抑えてるはずの力もまた漏れ出す、それは人の身には耐えられぬ大きさを感じされた。
「一応お聞きしますけどお姉様が何者かに故意に怪我をさせられたとしたらどうします」
「犯人の一族郎党を細切れにします。私には幸いただの人間以上の力があるようなので、たとえ大地の反対側まで逃げたとしても絶対に許しません」
「なるほど」
こっちか、姉じゃなくて妹の方が拗らせてるんだな、ルームの中で結論が出る。この2人のうち優先すべきはどちらかの答えが出た。ドネではなくペルの方であった。こっちが中心にいる存在であるとして話を進めなければならないと理解した。そして同時にスィンの言っていた遺伝の蟲毒という意味も理解する。
「お父上の言っていることは正しいかもしれませんね、確かにあなたは到達点だ。人の心のままでここまでになれるのは確かに貴族の象徴に相応しいです」
「そう見えますか? 私にはあなたこそ人間の頂点の一角のように思いますけど。だってそうでしょう? 肉体の全てを与えること、共に生きることだけに特化させた存在なんて人間の可能性そのものだと思いますよ」
「はは、まさかそんな」
「私の生まれ持ったスキルは2つあります。1つは【蜘蛛身人心】そしてもう1つは【偽神格】です。禁忌スキル持ちは惹かれ合うそうですけど、どう思いますか?」
【偽神格】これは一定の条件を満たすことで発動可能なスキル、発動後は条件が未達成になるまで発動し続けるスキルである。その効果は小規模な神として成立するというもの、信者の数と信仰が許す限りのあらゆる権能が発動可能となる超抜級のスキルである。しかし、そのせいで世界が滅びかけることが2度あった。それは今は偽神戦争と呼ばれるものであるが、そのような経緯でもってこのスキルは禁忌とされた。
「知ってか知らずか分かりませんか、父が私を祀ると条件が満たされてしまうので絶対に逃げなくちゃいけないんです。私は神になるつもりはありません、ただ姉が居て家族が居る今が続いて欲しいだけなんです」
今が続いて欲しい、その願いはありふれたものだ。しかし、それは絶対に叶わないものだ、人として生きるということは変わり続けて死ぬということなのだから。この願いを持つ限りペルはやがて神として権能を振るう時が来るだろう。それが分かってしまうルームは、ここでペルを殺す選択肢が最終的に最も良いのではないかと考える。第3次偽神戦争の火種をもみ消すのは今しかないのではないかと脳裏の誰かがささやきかけている。
「そういう、ことですか」
「はい。私と姉が島に着くまでの護衛のようなものをお願いしたいと思うのですがよろしいですか」
「僕は今、あなたが非常に危険な存在であると認識しています」
「そうですか、ではどうしますか。姉と共に殺してくれると言うのなら私は抵抗しません。それが最も合理的な判断の1つであるということも理解しましょう」
目を瞑るペル、【偽神格】と【蜘蛛身人心】によってもたらされる情報によって完成した精神は完全に死を受け入れていた。いずれ来る終わりならせめて一緒に死のう、そう思っていたのだ。
「殺しません、ですが、安全装置をつけさせてください。どうしても辛くなった時に僕を頼れるように」
酷く痛々しい少女の決意を見てルームが出した提案は1つ。
「僕の肉でも、血でも、水分でも、なんでも良いです。とにかく一部を摂取してください、そして味と匂いを覚えてください。どうにもならなくなった時に僕が救いになれるように」
「救い?」
「僕の【寄生】は共生のためのスキルです。抱えきれないことがあった時、一緒に抱えましょう、どうしようも無いときは頼ってください、そうすればあなたは偽物の神様になんてならずに済む。一生を人間のままで居られるはずです。一生を全うできるはずです」
「ぷっ、それってプロポーズですか?」
「へ?」
ルームが言ったことを簡単に整理すると、苦しいことは分け合い、頼られ、一生サポートします、ということになる。プロポーズと取られてもおかしくないセリフである。
「血が貴重でない方とはちょっと、一応少しだけ味見をしても?」
「いや!? プロポーズじゃないです!?」
多脚を活かした立体的な駆動で無駄なくルームに近づいていくペル。
「それでは失礼します」
「あ、ちょっと」
足先がルームの首先に触れる。
「え、嘘、こんなの、人類の血じゃない、なんでこの血が赤いのか全く理解ができない、型も中身もてんでバラバラ混ざり合ってるのに破綻してない、こんなの、どう考えても、世界に1人レベルじゃ……」
からかい半分だった表情が一気に真剣になる。
「最高の種馬になれますよ、準貴族になる気はありませんか?」
「ないです!」




