マイペース貴族
「救ってくださいってことは命を狙われていたりするんですか? 貴族同士のやりあいになると僕は手出しができなくなります」
貴族同士の争いになった場合、普通の身分の人間その他の存在が手を出したとすると。その場で処刑が確定する。理由は単純である、貴重な一族である貴族は保護されているからだ。
「それは大丈夫ですわ、『碧の絹糸』にそこまで好戦的な人はいません。それに、戦闘力だって高くありませんから傷つけずに制圧するのは簡単です。ただ」
「ただ?」
「他の貴族から手出しをされないと言い切ることはできませんわ、わたくし達は1目見れば分かってしまいますから」
「他の貴族に狙われる心当たりがあるんですね?」
「ええ、だってペルは、ペルは、こんなに可愛いんですから」
ドネがペルを抱きしめる、いつもの事であるのかペルの方も特に抵抗することもなくされるがままで抱かれていた。
「可愛い、ですか」
「可愛いでしょう?」
「ええ、とても可愛らしいです。で、心当たりはありますか」
「いいえ、いつさらわれてもおかしくないとは思っていますが今まで一度もそのようなことには」
「えっと、それじゃあ何から救えば良いんですか」
風向きが怪しくなってきたのをルームは感じていた。アレ? これってもしかして真面目な依頼っていうより与太話の類かな? と思い始めている。
「実は父がペルを御神体にしようとしていました」
「ごしんたい、ってどういう事ですか」
「一族初の完全異形のペルを座敷牢に幽閉して神格化しようと」
「え?」
「その後は種馬をあてがって子を産ませるつもりでしたわ」
思った以上にドロドロしたヘヴィな話が出てきてルームの顔が曇り始める。貴族の価値観なのでこのようなこともあるかなと無理矢理納得しようとしたがまだ話は途中だった。
「きっとペルの子なら同じような完全異形になると思っていらっしゃるのでしょうね。そんなことあるわけないのに」
「待ってください、これ本当に僕が聞いて良い話ですか」
「大丈夫ですわ、こんな話を聞いても誰も信じませんもの。わたくしだって信じたくないのですから。それに、ペルの婿になれるような相手は存在しませんから。もともと血の濃い一族ではありますがその中でも異質も異質の身体に子を産ませられるような者はいませんと何度言っても分かってもらえなかったのです」
貴族は基本的にその希少性の維持のために近親者どうしで血をつなぐことがある。貴族の特質、もしくは希少性は近しい者同士のほうが発現しやすいが、それを続けるとどうあっても遺伝的不具合を避けられないのでなんとか他の血を入れるためにハーレムやら種馬衆のようなものがある場合も多い。その場合はハーレムと種馬は準貴族として扱われることになる。
「つまりお父様を説得して欲しいということですか?」
「いいえ、そちらはもうわたくしが論破済みです。拳の交渉も多少はありましたがわたくしの方が力が強いので割とあっさりと」
「え? じゃあなんで話したんですか!?」
「ちょっとわたくし達のことを知ってもらおうかと思いまして」
「ええ……」
「ここからが本当の問題です」
「はい、できれば最初から本題であって欲しかったですね」
「まあそう言わずに、優雅にいきましょう。できればお茶などあれば嬉しいのですが」
「少し待ってください、いれてきます」
貴族特有のマイペースに疲れながらルームがお茶をいれる、特に指定はなかったがとりあえず一番良さそうなお茶を準備した。
「あら、良い香りですわ。緑のお茶などあるのですわね」
「紅茶の方がお好みでしたか」
「いえ、わたくし達が飲むお茶というのは無色なので」
「それお湯では」
「そんなわけありません、味がちゃんとします」
お茶菓子と共に提供されたお茶を飲み始めてから数分後、ドネとペルの様子が少しずつおかしくなってきた。具体的に言うと顔が紅潮して呂律が回らなくなってきている。
「あ、あるぇ、わてくし、なにか、おかしいですわ」
「え、なんか酔ってるみたいなんだけど。スィン分かる?」
「蜘蛛系のはお茶とかで酔っ払う性質でもあるみたいだね、これはもう今日は話は無理そうだよ」
「貴族を苗床亭に泊めても大丈夫かな……下手に扱うと僕の首が飛ぶ」
「んー、大丈夫じゃない? ルーが襲ったりしない限りはね」
「それは大丈夫だ、流石に貴族の寝込みを襲うほど命知らずじゃないよ」
「苗床亭の誰も襲ってないしね」
ルームは最後の言葉を聞き流した。
「僕はドネさんを運ぶからスィンはペルちゃんをお願い」
「はーい」
ルームが酔って突っ伏してしまったドネを抱えようとするがここで問題が発生する。どう抱えて良いか分からないのである。人間型の部分を持つと蜘蛛の部分を引きずることになる、蜘蛛の部分を抱えれば人型部分が激しく揺れてしまうという具合である。
「え、これどうしたらいいの」
「お困りのようでありんすな、猫の手とはいきやせんが、少しばかり助言をさせていただきましょう」
ぬるっと現われたヨツヤが指示した通りに持つとなんとか安定して身体を支えることができるようなった。
「すごいや、言われた通りにやったら普通に持ち上がったよ」
「蜘蛛の身には少しばかり理解がありんす」
「もしかして知り合いに似たような形の人でもいるの?」
「え? あはは、そんな感じでありんす」
まさか自分も同じような身体になれるとは言えないヨツヤは適当に誤魔化した。一応ルームには土蜘蛛混ざりであることは秘密なのである。
「一応、一応でありんすが、蜘蛛の身体に劣情を催すだなんてことは」
「え? スベスベした足とかは綺麗だなって思うけど劣情とかはあんまり」
「そ、そうでありんすか」
脈があれば蜘蛛の姿で迫ろうと思っていた顔である。あまりにも誰にも手を出さないので、いっそのこと人から大きく離れた方が食指が動くのではないかと仮説を立てていたヨツヤの思惑は外れてしまった。元仲間の一件で苗床亭は今その辺りに積極的になっているのである。ルームの貞操がどうなるかは神のみぞ知る。




