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移動苗床亭【白箱】

「それってルームきゅんの作るお部屋の永久保存版でしょー? ヒュー達が入るのは問題ないけど白い部屋に雑魚寝っていうのも味気ないんじゃないのー? それに部屋割りもされてないのはちょっとー」


 この発言の裏も加味して要約すると、移動にゃ便利だけどプライバシーないし、他の奴のイチャイチャなんてあんまり見たくないので乗り気じゃ無いですよという意味になる。


「それがね、この中ちょっと面白いことになってて。誰か入ってみてくれる?」

「それじゃあ私が行くね」

「じゃあ行ってらっしゃい」


 扉が開くようなぎぃという音がした瞬間にスィンの姿はなくなっていた。その起動はルームが【

部屋作り】を発動させるよりも遙かに早い。これを回避するにはコンマ以下の瞬発力、もしくは未来予知に近しい先読みが必要になるだろう。


「とまあ、こんな感じで僕の視界の中なら大きさがオーバーしない限り一瞬で放り込めるすごいアイテムになったんだよね」

「余でもこれを避けることはできまい。すさまじい宝物ができたものだ」

「うん。僕もびっくりしたよ。で、中身を覗いてまたびっくり」


 またしても音がする、するとスィンが出現していた。その顔は今何が起こったか分からないといった風な困惑に溢れている。滅多にスィンの頭が思考を滞らせるということはないのだが、今起こったことは少しばかり認識を越えてしまったようだ。


「え、私今、苗床亭、あれ? でもまた苗床亭に?」

「分かるよ、そうなるよね。スィン、この中で何を見たか教えてくれる?」

「苗床亭があったの、これと全く同じものが。しかも周りの景色も一緒、まったく同じなもの。偽物の匂いとか感触とかで誤魔化してないの。同じものがあった」

「あー、あれだねー。夢の世界と一緒でもう1個の現実がその中にあるんだねぇ? ヒューはなんとなくだけど分かるよ、そこだけ世界がダブって見えるもんねぇ」

「ヒュープの説明がそのまんま正解。まさか僕が説明する前に言われるなんて思ってなかったよ。これは【部屋作り】のキャパシティの分だけの世界を苗床亭を中心に展開しているらしいよ。だから僕のキャパが増えるとこの中の世界も広がったりするかもだって」

「えっと、それはもしや旦那さんが神仏の類の領域に足を踏み入れたということでよござんすか? 世界がどうのと言われても遊女の学ではどうも……」


 スィン以上に頭上に?マークを巻き散らかしているヨツヤがおそるおそる聞いている。たしかにこれだけ聞くと世界創世の権能という創世神クラスの所業に思われる説明である。


「あははは!! そんなんじゃないって。世界の展開だなんて言ってるけど、これはただ単に区切られた空間を拡張してあとは情報を上から貼り付けてるだけだからね。0から何かを生み出すような力じゃないよ」

「そう、でありんすか?」

「そうだよ。神仏の類だなんて、僕がそんなのになるとしたらきっとそれは最後の最後にどうしようもなくなった時くらいじゃないかな」

「分かりんした、実はよく分かってはいやせんが。とりあえず納得しておくでありんす」

「うん、そんな感じで良いと思うよ。アンケさんならもっと詳しく教えてくれるけど3分で何言ってるか分からなくなるからね」


 目を輝かせながらこのマジックアイテムのすごさを語っているアンケは非常に可愛らしかったが、内容に関してはどんなに熱弁されてもそんなに頭に入ってこなかったという難しさである。鏡面存在、平行存在、多重世界観測、揺らぎの収束点、収斂前不確定事象、その他諸々の専門用語のオンパレードであったので無理も無い。


「この中に居てもいつもと変わらないように過ごせるよ。その代わり誰かが外でこれの管理をしなくちゃいけないけどね。まあ、管理と言ってもただこれの存在を認識してるだけで良いから特に意識することはないから大丈夫」

「ねえルー、誰もこの箱を認識しなくなったらどうなるの?」

「アンケさん曰く、中に入った人が出られなくなる可能性が高いって。誰からも知られなくなったこの【白箱】は認識とか認知の隙間に消えるらしいよ」

「……よく分かんない」

「僕も。というかアンケさんが知ってる時点でなんならここの全員がこの中にいても問題はないらしいよ。一応非常装置も付けておいてくれてるそうだし」


 ふわっとした説明しかされないので、ふわっとした理解しかできないのが現状である。しかし、このふわっと感が【白箱】の本質でもあるので問題は無い。


「だから、これからは皆一緒に依頼に行けるよ。誰にも寂しい思いをさせなくて済みそうで本当に嬉しい」


 にっこりと笑いかけるルーム、苗床亭の面々はその背後に日輪の如き後光が差しているのを感じた。その尊さに焼かれかけたが、そこはやはり苗床亭のメンバー。精神的なものが満たされたなら次は肉体的な飢えを癒やしたいという欲求が芽生えてくる。精神が深く満たされた分だけ腹も空くというもの。


『じゅる』

「あれ? 皆の目が怖い、どうしうわああああああああああああああああああ!!?」


 ああ、哀れかな。ルームはこれから約束の日まで貪られることになるのだった、合掌。




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