叫ぶが良い、これが夢を喰う獣である
「悪いが、これは調整とか言ってられねえぞ」
「これって」
ヒュープが手にあるオーブを見て一気に苦虫を噛みつぶしたような顔になる。嫌悪の感情がありありと見て取れる表情であった。
「あの老いぼれのと同じだ、ヒューはこんなの要らない」
そのまま汚物でも捨てるかのようにオーブを地面に叩きつけるヒュープ、オーブは粉々に砕け散ってしまった。そこに込められていた筈の力もまた霧散する。
「は?」
「これでいい、ヒューはヒューの力で勝つの」
だが、霧散した筈の力は姿を変えただけだった。オーブではなく、霧のような髪の方に移っていた。白金色の髪の毛先の色が変わっていく。白金から極彩色へと変化を遂げた。
「ヒューの手下を見せてあげる、おいでジャバウォック」
ヒュープの髪から現われたのは四足のドラゴンに似た身体を持つ化物だった。しかし、それは酷く歪な姿だった。てんでばらばらの生き物をつなぎ合わせた悪夢的醜悪さである。
「うわ、可愛くない」
「出したのお前だろうが!! うおっ!?」
ジャバウォックがノーモーションでブレスを吐き出す、【突進・改】は発動中であるためにこれは有効打にはなりえない。だが、これは夢幻の類ではないことが確定する。再現ではない、新たな傷がウォーカーに刻まれたのである。
「くそっ、ぶち抜いてきやがるか」
「あ、初めてダメージを受けたねぇ」
見たとおりジャバウォックはこの世の存在ではない、想像上の存在、あり得ない存在が一時的に実体を与えられたに過ぎない。だが、それゆえにこの世のあらゆるものとも合致しない属性を持っていた。言わば夢属性とでも表現すべき新たな攻撃は【突進・改】の隙間に入りこむことに成功している。
「あっはぁ、どんどん行くね」
「ちょっ、やべっ、これは、マジで予想外」
ヒュープの髪から召喚される悪夢の住人は少しずつ数を増やしていく、その全てが夢属性を持っているためにどんなに些細な攻撃であっても少しずつウォーカーを削っていく。
「アハハハハハハハハ!! ヒューの悪夢は奪わせないから!! 早く降参しないと死んじゃうよぉ?」
「それが本音か、夢喰獣らしいな。ルームの悪夢はそんなに美味いかよ!!」
「もっちろん、極上だよぉ」
「そうかよ。そんな悪夢を見せちまったのは俺たちが原因か」
「そうだよ。毎日毎日毎日毎日毎日、お前らみたいな木っ端の人間に裏切られる夢で傷つき続けているんだから。今更仲良くしようだなんて、いくらなんでも顔の皮が厚すぎるんじゃないのぉ? ルームきゅんはヒューが来るまでほとんど寝てなかったんだからね。それがどれだけ酷いことか、辛いことか分かるの?」
「それを言われると痛いな」
傷が増えていく、それでもウォーカーの歩みは止まらない。止まったときが終わるときだと知っているから、止まっていけないと分かっているから。
「それでも、俺は進まなきゃならねえんだ」
「悪夢は絶えず湧いてくるの、ヒューが食べなきゃすぐにでもうなされるくらいに。清算なんてもうできない、ここまで根付いた悪夢はもう消えない。これからお前らと会う度に、話す度にルームきゅんの頭の中で裏切りが再生されるの。一度傷ついた器はね、傷を見えないように繕うことはできても無かったことにはできないんだよ」
「ああ、そうだな。傷つけたことは2度と消えねえ罪だよな。夢を喰うお前は余すこと無く知っているんだろうぜ、ルームの絶望も何もかもをよ」
「そうだよ、何度も何度も繰り返し食べたんだから。美味しい悪夢は大好きだよ、でもね、大好きな人の悪夢は胸が痛くなるの、美味しくても胸の奥が痛むんだ。偶には良い夢だって見ても良いはずなのに、ルームきゅんの夢は永遠に繰り返す地獄の中。ねえ、禁忌ってなんなの、ルームきゅんは【寄生】で悪いことなんて何もしてないよ。なんでこんな仕打ちを受けなきゃいけないの」
「ああ、こんなの間違ってるよな。知ってるさ。だけどな、償うことができるのも罪なんだぜ」
「罪は消えないよ、償いなんてただの自己満足」
「そうかもな、それでも俺たちは償いたい。これは埋めようのない矛盾だ、だから今やりあってるんだろうが」
「そうだね、だからもう終わりにするよ。お前らは負けて2度とここに来ない、それで今まで通り。これ以上ルームきゅんは傷つかない」
「それは停滞だ、人間は止まったままじゃ居られねえ。足を止める時は死んだ時だけなんだ」
ウォーカーの歩みに力が籠もる。【突進・改】に更にもう1つスキルが追加で発動している。
「奥の手まで切るとは思わなかったぜ。まあ、勇者部隊として戦ってりゃこんなもんを覚えちまうこともあるんでな」
ウォーカーの肉体が燃えている、その炎は本物の炎ではない。エネルギーが外に向かって放出されている様が炎のように見えているだけだ。
「我が身は一本のつるぎ、我が身は一かけの薪、我が身は希望を為す偽りの善、されど輝く希望は真実なれば、一時の正義は我にあり」
この詠唱に意味はない、この言葉に意味はない、だが、この言葉は最後の鍵として作用する。身を捧ぐための覚悟を示すために。
「これを耐えられたら俺の負けで良いぜ」
発動せしスキルの名は【一握りの希望】、一撃限りの限界突破である。
「ジャバウォック!!」
悪夢の軍の総勢がウォーカーを迎え撃つ、その様はまるで城壁のごとく。加えて追加で呼び出されたジャバウォック5体が最大まで溜めたブレスを撃つ準備を終えている。
「行くぜ」
ぶつかる瞬間の静寂、永遠にも感じられる一瞬の後、閃光が辺りを満たした。




