最終戦 ヒュープVSウォーカー
「勇者第3部隊、隊長ウォーカー・アキレリウス。俺の目の前に立つならそれを砕くまで、俺の【突進・改】は一切の区別無く正面にあるものを打ち砕くぞ。覚悟は良いか」
名乗りを行い剣を構えるウォーカー、刻一刻と正面にいる夢喰獣が全く別のものになっていくのを感じていた。歴戦の勘から察するに、少なくともドラゴンよりは強いと見立てていた。冷や汗が少しずつ額を濡らしている。
「人間の流儀なんてぇ、ヒューにはどうでもいいけどぉ。今は合わせてあげる、嫌いな本名はヒュプノス・ニルヴァーナ」
この名乗りに反応したのは勇者部隊の面々である。
「夢喰獣のニルヴァーナって言ったか」
青ざめた顔のスタンダは、先ほどの発言が嘘であって欲しいと願いを込めて他の仲間を見るが欲しかった否定の言葉が届くことはなかった。
「ね、ねえ。まさかとは思うけど夢王メアの」
「十中八九そうでしょうね、夢喰獣であの家名となればそれ以外ありませんよ」
「まずいぞ、ウォーカー死んだんじゃねえのか」
夢王メア、夢の世界に居ると言われる魔王の一角。人間との敵対としているわけでもないのに名前が知られているのは偶に夢の中で遭遇する者がいるからである。その際のエピソードは多種多様であるが、共通しているのはこの世のでは味わえない経験をすることになるということである。
「大丈夫、ウォーカーは強いよ。それにここは夢の中じゃない、現実の夢喰獣にできることなんてたかが知れているでしょう」
「そうであって欲しいですけどね」
「どう考えても一筋縄じゃいかねえだろ。見ろよ、空間が歪んでやがる」
ヒュープの周囲の空間がぐにゃりと曲がる、まるで悪い冗談のようだが。夢の世界の侵食が始まっている様に見える光景である。
「マジかよ。聞いてないぜルーム、王族がいるなんてよ」
苦笑いを浮かべながらルームに視線を送ると、ルームも目を丸くしていた。もれなく大口も開けている、どうみても驚きの表情である。
「知らなかったのかよ……こりゃ本気出しても危ねえぞ」
「ねぇ、もう良い?」
一切の油断はなかった、一切の隙間はなかった、一切の緩みはなかった、それでもウォーカーは背後に回られたことに気づけなかった。ぷかぷかと浮かぶヒュープの瞳は完全に捕食者のそれに変化していた。そして、変化しているのは瞳のみならず。
「待てよ、いつの間に着替えたんだ」
「ああ、これねぇ。本気でやろうとするとこうなっちゃうの」
白金の髪と同じ色の衣に継ぎ目は全く無く、それを飾る数々の宝石はこの世に存在しない色のもの、そして周囲に浮かぶ牙の生えそろった口、どれもこれもがあり得ないもの。夢の中の産物である。今のヒュープを表現するならばこう呼ぶしかないだろう。夢の支配者、不思議の国の双璧、白の女王と。
「うっそだろ……」
「始めるよ」
先に動いたのはヒュープ、以外にもその攻撃方法は拳であった。しかし、その挙動に洗練は全く無い。素人の繰り出す大ぶりの攻撃である。ウォーカーはそれを待ち構える。
「近づいたのは悪手だぜ、進んでいるかぎり俺は止められねえ」
ウォーカーの【突進・改】は突進するかぎり止まらないもの、逆に言えば進んでさえいれば止められない。それがどれほどゆっくりだろうと、前を向いて進んでさえいれば突進の効果は発動し続ける。それに対して正面からなぐりかかることの愚かさは言うまでもない。
「拍子抜けだ」
剣の腹の部分でヒュープを打つ瞬間、その背筋に悪寒が走る。いますぐこの場から離れろと身体が叫んでいた。
「なんだ!?」
【突進】本来の加速を使って瞬時に離脱を行う。
「あれぇ? 逃げるんだ」
「お前、何を仕込んでやがる」
「なんにもぉ?」
にやりと笑うヒュープ、何かがあることは分かるがそれがなんなのか見当もつかない。夢の世界に属する者の厄介さをウォーカーは全身で感じていた。
「ああそうそう、足下に気をつけてね」
「ブラフだな、何にもねえよ」
瞬間、ウォーカーの足に痛みが走る。
「悪い冗談だぜ……まったく」
いつの間にか足下にトラバサミが出現していた、それが深く食い込んでいる。もはや治療なしに歩くことは不可能だろう。
「どう? まだやるの?」
「は、この足でか」
「まだ痛めつけても良いんだよ」
「怖いねえ、でもな。1つだけ言っておくぞ、全く同じ傷ってのは存在しないんだなこれが」
「っ!?」
トラバサミにズタズタにされた筈の足でウォーカーは立ち上がる。
「この痛みはそうだな、確か2年前にやった大蟹の時のか。危うく騙されるところだったな、歩みを止めなくて本当に良かった。お前が殴ってくるのもおかしな話だ、そこらに浮いてる口でも飛ばせば良いだろうに。離れたままだと駄目な理由でもあるんだろうが、俺の【突進・改】は精神干渉も軽減する。これは俺の歩む覚悟なんだよ」
1歩前へ、空間に亀裂が走る、2歩前へ、ヒュープの姿が元に戻る、3歩前へ、もはや夢の侵食の影響はなくなっていた。
「夢喰獣なんだからこっちの路線で来るのは分かってたはずなんだけどな、まんまと術中か。笑えてくるな」
「まだ、終わりじゃないよぉ」
さっきまでとは変わって焦った表情のヒュープ、完全に掌握していた筈の相手が自力で浮上してくるとは思っていなかったのだ。
「いいや、終わりだ。この手のタイプはタネが割れた瞬間に意味をなさなくなる」
「だからぁ、まだ終わりじゃないって」
追い詰められたヒュープの顔に笑みが浮かぶ、手段を選ぶ余裕はない。精神を削れないのならば今度は肉体を削るしかない。その手段もヒュープは持っている、ルームには見せられない醜い姿となってしまうが。
「ああああああああああああああああああ!!!!」
「今度は本当に変身か、どっちにしろ正面から砕いてやるけどな」
冷静さを取り戻したウォーカーは、引き分けを宣言されるための段取りを始めている。向かってくるのならば良し、それっぽく相討ちを演出するのみ。降参されそうになったら煽るなりして引き出してやれば良い。どちらにしろこの戦いの終わらせ方を考えていた。だが、人間の思惑など、風のまえの芥に等しい。
「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
この危機的状況にあってヒュープの肉体に流れる王の血が呼び起こされる、肉体を殺す為の姿よりも更に強く、更に美しい、今取り得る最高の状態へと昇華させていた。白金の髪は更に長く、そしてその先は霧のように変化している。角は更に太くなり白い光を放つ。何より目を引くのは両手にある丸いオーブ、常に色の変化する球体は力を感じさせる。
「ピンチの覚醒は勇者部隊の専売特許じゃなかったんだな」




