魔女が移動するときに使うものと言えばもうお分かりでしょう
「馬だ」
「馬ですね」
「馬だよ? まさかとは思うけどねえ、ホウキにまたがって空を飛ぶなんて言うおとぎ話を信じているんじゃないだろうね」
ウィズダムの里へと向かうことになったのでそのための足を用意するという話になった、そこでアンケが移動手段を用意することになったのだ。始祖の魔女の一人であるアンケの移動手段として空飛ぶホウキを想像していたルームは普通に連れてこられた馬に少しばかりがっかりしていた。
「まあ良いんですけど、気をつけてくださいね。誰かにバレたりなんかしたら教戒が何をしてくるか分かりませんから」
「ん? 何言ってんだい、あんたも来るんだよ」
「え? 無理ですよ。僕は苗床亭から離れる訳にはいかないんですから」
「へえ、その苗床亭を動かしてやったのが誰だか忘れたのかねえ。もしかして恩を仇で返す悪い子になっちまったのかね」
「いや、それはそうなんですけど。ロサ・ロサの埋め合わせもしなきゃいけないし」
「ああ、それならこれで良いね」
「うわっ!?」
ルームの手が光に包まれる、するとそこには茨の指輪がはめられていた。ロサ・ロサの茨によく似た形の指輪からは恐るべき事にロサ・ロサの気配まであった。というか、ロサロサの一部が指輪になったものであった。
「いやこれ何ですか」
「ああ、あの暴君サマは言わなかったのかい。まあ言える筈もないか。実はね、あんたが居ない間に頼まれたのさ。肌に触れていても血を吸わずに済む方法はないかってね。あたしも暇だったからね、一部を切り取ってその指輪をこさえたのさ。それがあれば暴君薔薇に必要以上に血を吸われずに済むよ」
「あ、ありがとうございます。でもなんで今それを……」
「こういうことさ」
アンケが悪い顔で笑った瞬間にルームの左手にはロサ・ロサの茨が絡みついていた。
「びっくりしたあ……」
「埋め合わせに連れてけってこったね、他の奴らは海辺の町でバカンスを楽しんでいたんだろうからこれくらい良いだろうって感じか」
茨が丸を作ったの見るとアンケの言ったことは間違ってはいないようである。しかし、どれくらいかかるかも分からない旅路である。無断で苗床亭を開けるのは下手をすれば苗床亭の崩壊につながりかねない。主に空腹に耐えかねた仲間が原因となるだろうが。
「時間なら気にしなくて良いよ。連中に気づかれないうちに少しばかり体感時間を弄っておいたからね。解除したときにいつも以上の空腹に襲われるかもしれないがあの連中だって雑魚じゃない、軽く年単位で食事をしなくても大丈夫なくらいはあんたから絞り取っているから平気さ」
「そんな無茶苦茶な……」
「おいおい、魔女が強欲だって言ったのはあんただろう? これがあたしなりの二択の両立さね。じゃあ行くよ」
「あっ」
一気に老婆の皮を脱ぎ捨てたことによって伸びた腕にルームは絡め取られた、そしてあっという間に馬に乗せられてしまった。動こうにも何をどう支えているのか身動きがほとんどできない。
「う、動けない」
「流石ですアンケ様、まさかそのような若々しい姿になれるとは」
「ははははは、流石に老婆の姿で馬に乗るのは骨が折れるんでね」
自分の腕の中にルームを抱えるようにして2人乗りになった馬の異常性にルームは気づいた。触れて初めて分かったことだが、この馬は生物ではない。どちらかと言えばゴーレムなどの魔法生物に近いような存在である。
「スレイプニルに乗るのも久しぶりだからねえ、少しだけ早すぎるかもしれないけどそこは勘弁しておくれよ。あ、もう一頭いるから早く乗りな。取り巻きは勝手に帰しても大丈夫だろうからその分は用意しないよ」
「分かりました、指示をしておきます」
テキパキと指示を出して信者の統率をとりながらウィズダムがもう一頭のスレイプニルにまたがると、まるで歯車がこすれるようないななき声をあげた。
「道案内は任せたよ、さあ行こうか」
「えっと、操作はどうしたら」
「ああん? そんなの魔女なら分かるだろう」
「分かりました、『教えてもらえると思うな、勝手に学べ』ですね」
「まあ、そんなもんだね」
ゴーレム馬スレイプニルの足に火が灯る、急速に温度を上げながら走る準備をする様はもはやジェット機の離陸準備のごとく。
「解除キーだけはオリジナルだから教えてやるよ、あたしに続けて言いな」
「はい」
「RUN!!」
アンケとウィズダムがほぼ同時に言った。その瞬間に、全ては後方に吹き飛んだ。
「あーっはっはっはっはっは!!!! これだよこれ、風になるってのはこういうことだよねえ!! きんもちいいいいいいいいいい!!!」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」
「なんだい、煩いねえ。この程度で悲鳴を上げてちゃ何にもできやしないよ」
「早すぎ!? 今どこ!?」
「落ち着きな、意識上の時間制御なんて初歩の初歩じゃないかい。早く慣れな」
「うわあああああああああああああああ!!?」
なお、今の段階でルームは速さについて行けず目を回している。ウィズダムがまともにスレイプニルを制御できるようになるまでは10分ほどであったが、出発から到着までの間にルームの意識が戻る事は無かった。




