魔女2人と部外者1人
「アンケさーん、お孫さんが来てますよ」
「まごぉ!? そんなもん作った覚えないよ」
ルームの思いがけない言葉に対してアンケが店から出てくる、するとルームの隣にいるウィズダムに気がつく。途端にうんざりした顔になる。
「はぁ、なるほどねえ。誰かと思えば末裔の子じゃないかい、大分薄いけれどね」
「あ、あああ、あの、あなた様が、いえ、問うのは無粋ですね。私はウィズダム、誇り高き魔女の末席です。この度は大婆様にお願いしたきことがあってここまで来ました」
「ふうん、それは別に良いんだけどねえ。とりあえず大婆様ってのを止めてもらおうかね」
「しかし、あなた様は確かに我らの始祖であらせられる。始まりの魔女の名を持つあなた様を他にどう呼べばよいのでしょう」
「普通に名前で呼んでおくれ、ここじゃただのアンケなのさ」
「畏れ多いです!! そのようなことは!!」
「それじゃあ、あんたの願いは聞けないねえ」
「ぐ……分かりました。ではアンケ婆様と」
「その婆様ってのを止めろって言ってんだ、分からない子だねえ」
どうしてウィズダムがここまで婆様と呼ぶことに拘るのかと言うと、魔女の間柄において師匠兼親である母親の力というのは非常に大きい。それこそ母の母である祖母ともなれば畏敬の対象となる、なので婆様という呼び方は最上位の敬称でもあるのだ。もっとも、魔女狩りが終わった今となってはそのような感じであったと口伝で何とか伝えてきたというのが実情なので黎明期の魔女であるアンケにとってはただただ年寄り扱いされているようにしか思えない。実際年寄りなのだが、それを指摘しようものならばその者も命運は直ちに尽きることになる。
「では、アンケ様と」
「それでいいよ、で? 何の用があってこんな場所まで来たんだい」
「実は、母が悪魔召喚に失敗しまして」
「はあ? 失敗したら、最初からやり直せばいいだけだろう。別にあたしに助けを求めるようなことじゃない」
「それが、失敗したまま成功してしまって」
「1から説明しな、何を言ってるか分かんないよ」
ウィズダムの話の要点をまとめると、第一に悪魔召喚自体は失敗していた、だが呼び出された悪魔が無理矢理成立させてしまった。第二に悪魔はウィズダムの母を人質にしてアンケを連れてくるように言った、その際にこの場所を教えられた。第三に悪魔の力は凄まじく、ウィズダムではどうしようもないほどだった。それでここまで至ったというのが事の顛末だった。
「悪魔の方でねえ、そんなことができるのは契約が得意な悪魔の中でも一握りさ。曲がりなりにも魔女の血を引いているとはいえ薄れちまったならこんなこともあるのかね、それにしてもあたしを名指しする悪魔ねえ。契約してた奴はもう全部どっかに解放した筈だけどねえ。一応聞くけれど名前を名乗ったりしてなかったかい?」
「いえ、聞こうとはしましたが。教えてはもらえませんでした」
「そうだろうねえ、悪魔の名前は簡単に教えてもらえるようなもんじゃない。こっちも同じように悪魔に名乗るべきじゃないしね」
「どうか、どうかお助けください!! 対価に差し出せるものならばなんでもさしあげます、どうか母を助けてください!!」
「なんでも、ねえ? 魔女に向かってその言葉を使うのは関心しないね。本当に根こそぎ持って行かれても文句は言えないよ」
「その覚悟をしてきました」
「そうかい、じゃああんたの子宮をもらおうか」
ウィズダムの腹を指でつつきながら悪意の笑みを浮かべる、今にまで隠れてこれた魔女の子宮がいったいどれほどの価値を持っているかを正確に理解していることは疑うべくもないがアンケがそれを求める理由は分からなかった。
「なぜ、子宮を」
「ん? コレクションさ。木っ端とはいえ同族の子宮、しかも処女だろう。そんなのが手に入るのはもうないかもしれないだろう? 貴重なものは保存しなきゃねえ」
「それ、は」
ウィズダムが苦悶の表情を浮かべる、血の継承を何よりの使命と思って生きてきたウィズダムが子宮を失うというのは生きる意味を失うことに等しい。母の命と自らの使命を天秤に乗せられた形となる、どちらかを選ぶことでかけがえのないものを失うことは確定していた。今の状況こそが悪魔の取引そのものではないかと頭をよぎる。
「アンケさん……」
「黙ってておくれ、これは魔女の話さ」
言葉を続ける前にアンケに釘を刺される、身内の話に首を突っ込むなと言われているのだ。
「分かり、ました。子宮は差し上げます、ですからどうか母を助けてください」
短いながらも必死に悩んだことを示すようにウィズダムの顔はやつれていた、瞳は潤み声は震えている。
「そうかい、それがあんたの答えかい。痛みはないよ、安心しな」
「はい……」
こらえきれない涙が頬を伝う、それでも抵抗はしなかった。
「ウィズダムさん、自己犠牲は魔女の在り方じゃないよ」
「っ!?」
ルームの一言でウィズダムが身体を震わせる、取り繕っていた何かが壊れた。
「魔女の、在り方? それを魔女でもない男のあなたにそんなことを言う資格はない!! 魔女のやり方に口を出さないで!!」
「僕の知ってる魔女はワガママで自由で、強欲なんだ。簡単に何かを諦めたりしないし、二択が出たらどっちも選ぶような人だよ。君はそれで本当に良いの?」
「良いわけないでしょ!! でも、でも、お母さんの方が大事だもん……私の身体で助けてもらえるならそれで良いの……どっちも選ぶなんていうのは強い人だけができるの。私にはそんな強さはない、だから選ぶしかないの」
「本当にそう? 選ぼうとしてないだけじゃむぐっ」
「流石にそれ以上は駄目だよ、まったくおしゃべりな子だね」
ルームの口がアンケによって閉じられる、開けようとしても開かないように封をされてしまったのだ。この行動によってウィズダムの中で1つの考えが生まれる。黙らせたということは、つまりこれ以上言われると困ることがあるのではないか、もしかしたら、2つとも守れる道があるのではないかと思考を再び始める。
「待ってください」
「なんだい、やっぱり惜しくなったのかい」
「違います、アンケ様。あなたに差し上げることのできるものが思いつきました」
「何言ってんだい、あたしは子宮が欲しいと言ったんだよ」
「はい、つまりは。そこのルーム様の子を授かりたいということですよね」
一瞬の静寂が場を支配する、そしてすぐにアンケの顔が真っ赤になった。ついでにルームの顔も真っ赤になった。
「な、ななな、なんてことを言うんだい!!」
「違いますか、そこの男性はどうでもいいとそう言うんですか」
「あ、当たり前だろう!! ただの客さね!!」
「えっ、そう、ですよね。アンケさんは凄い魔女で、僕はただのお客ですよね。ただの、薬の原料ですもんね、そうですよね、はは、僕は、そんなもんですよね……ぐすっ」
わざとらしく傷ついたような顔をするルーム、そこそこ上手い演技はアンケから冷静さを奪うには十分だった。
「あっ、いやその、ちが」
「違うんですか?」
「ちが……ああもう、めんどうくさいねえ。この話はもう終わりだ、終わりにする代わりにあんたのお願いを聞こう。それが交換条件だ、良いかい?」
「はい、ありがとうございますアンケ様」
「はぁ、立派な魔女の顔になったもんだね。来た時はただの箱入り娘だったってのに」
「いえいえ、ご指導ご鞭撻のおかげです」
笑うウィズダムの目線はルームの方を向いていた。




