猪武者のケア
「じゃーね、武界の支部にでも寄ったときはあたしの名前出せば悪いようにはされないから。それと、防御と回避の訓練を怠らないこと。良いわね?」
「分かりました、メイ姉もお元気で」
「あたしの心配するなんて100年早いわ」
そう言い残してメイリーは姿を消した。しかしルームは知っている、まだ一言くらいは何か言うことを。
「あ、そうそう。ってアレ? もう驚かないか」
「流石に2回目ですからね」
「なんか教戒がきな臭いから関係者と会う時は気をつけなさいね。もしかしたら教皇選に巻き込まれちゃうかもしれないわよ」
「ははは、大丈夫ですよ。教戒の知り合いなんていませんし」
白々しい笑顔で返すルームであった。実際のところ教戒の幹部クラスから狙われるであろう人物と知り合いだからである。魔女狩りを生き残った最古の魔女の存在が知れたならばそれこそ十字軍もかくやという軍隊が送られてくるのは必至である。
「そう、なら良いわ。あとね、あそこの子豚ちゃんのケアもしといた方が良いわよ。ここのお仲間とあたしの戦闘はちょっと刺激が強かったみたいだから」
「子豚ちゃん……ああなるほど」
猪と牛のダブルを子豚と表現できるかは不明だがルームにもなんとなくピンと来たようである。放心した様子で苗床亭の扉にもたれかかっているのを確認してから頷いた。
「今度こそさようなら。また会いましょう」
「はい」
また消えたメイリーを今度こそ見送ると、そのままグウェイの方へと歩み寄っていく。見る限りではそこまでショックを受けたようには見えないがメイリーが言うほどなのだから見かけで判断できないダメージを受けているのだろうと思いルームは隣に座ることにした。
「大丈夫ですか?」
「へ、あ、ああ。大丈夫だ、ただ少し、抱えきれなくて」
「抱えきれない? 何を抱えきれないの?」
メイリーの稽古から今までの一部始終を見ていたグウェイは当然余すことなく起こったことを理解している。つまり、本気も本気の苗床亭の化物から放たれる殺気やらなにやらの余波をまともに食らっているということになる。一般人なら良くて気絶、下手すれば精神崩壊にまでなりかねない情念と呪いの塊に当てられても放心で済んだのは僥倖であった。
「いや、お前に言うことじゃない」
そして、見たものをルームに話すべきではないことをグウェイは分かっていた。ルームが目覚めた瞬間に苗床亭の面々が元に戻ったのを知っている身として、それを言うことは何かの矜持を汚すことになると悟っていた。それとは別に命の危険も感じていたのだが。実際のところ本当に言ったとしたらルームの目に付かない場所でグウェイの死体が生産されることになるので勘の鋭さで命を拾ったとも言える。
「そう、でも心配だよ」
「お人好しだなお前は、それじゃあメシ食わしてくれ。俺はそれで大丈夫だ」
「分かった、いっぱい作るから待っててね」
ルームが苗床亭の中に入る、それを虚ろな眼差しで追っていく。扉が完全に閉まったのまで見届けてからグウェイは身体の震えを抑えるのを止めた。
「はぁ……はぁ……」
歯の根は合わず、震えも止らず。目に焼き付いた光景が何度も何度もフラッシュバックする。半骸骨の怨霊の放つ一閃、夢を食らう獣が見せた爪と牙、キノコの大樹が放つ猛攻。死と同義の攻撃の嵐に晒されながらも捌ききった筋肉の塊。いずれも自分の至らぬ境地の数々、それを目の当たりにしてグウェイは今までにないほど昂ぶっていた。
「ああ、駄目だ、駄目だ。まだ勝てねえ、俺にゃあまだ勝てねえなあ。上には上がいるもんだ、くふふ、ははははははは!!!」
震えは恐怖によるものではない、抑えきれぬ闘争心によるものだった。今すぐにでもと戦いを求める身体を無理矢理に押さえ込んでいる反動なのだ。もしも、隣にいたルームの匂いがなかったならすぐにでも闘争を求めて勝負を挑んでたかもしれない。死ぬと分かっていても強者との戦闘を敢行していた可能性は十分にあった。結局のところメイリーの言っていたケアとは、死に急ぐくらいの闘争心の手綱を握っておけということなのである。
「あはははははははは!!!」
今にでも走り出しそうな身体に全力で力を込めて抑えつつ、頭の中で戦い方をシミュレートする。ヨツヤと戦うなら、ヒュープと戦うなら、ヴァンシイと戦うなら、スィンと戦うなら、メイリーと戦うなら。どうすればその命に届く攻撃ができるのか、どうすれば打ち負かすことができるのか、何千何万通りの戦い方を考える。その流れで当然ルームも出てくるのだが、どうしてもルームを殴るイメージが出来ない。
「あ?」
何度やろうとしても、何をしかけようとしても、寸前で拳が止まる。厳密には止めてしまう、殴りたくない、蹴りたくない,極めたくない。あらゆる攻撃行為に嫌悪感情が伴ってしまう。なんでルームを攻撃しなくてはならないのかと考えてしまう、どうしてもルームを攻撃することを正当化できない。
「なんでだ?」
それどころか何もせずにのんびりとしている光景ばかりを想像してしまう。闘争を求めているはずなのにどうしても安らぎのほうが先に出てきてしまう。
「意味分かんねえ……」
「出来ましたけど、もう高笑いは十分ですか?」
「き、聞いてたのか!?」
「いや、あんな大声出したら聞こえるでしょう普通」
「わ、忘れろ!!」
「えー」
「メシだ!! メシを食うぞ!!」
グウェイの耳と顔は真っ赤だった。




