真なる姿はとても想い人には見せられぬ
最初に異変が起きたのはヨツヤであった。ルームが抱き潰されたのを認識した瞬間にその目は見開かれ。瞳孔は完全に開いた。
「あぁああああああああああ!!!!!」
絶叫と共に刀を抜くとなんの迷いもなく自らの腹を貫く。
「許さねぇ、たとえてめぇが強かろうがヨォ。首っこ叩き落とす手段の1つや2つ持ってンだ。見晒せ筋肉達磨の馬鹿野郎。これが都を震え上がせた紅髑髏の夜艶太夫サ」
大太刀が赤く染まりそれに合わせて衣装が変化する。鮮やかな赤い着物と髪留めも再現され在りし日の夜艶の姿を再現する、しかし変わっているのはその顔が半分だけ深紅の骸骨であるということだ。加えて恐るべきことにその足が地に接している、一時的とは言え完全に実体を獲得しているのである。あまつさえ身体から分離するように大蜘蛛までもが顕現していた。
「土蜘蛛も一緒にやりてえとサァ、さっさとおっ死にな」
それとほぼ同じタイミングでヒュープにもまた変化があった。
「え?」
騒がしさと胸騒ぎに引き寄せられ覗いた先にあったのはルームが傷つく瞬間である。
「は、はは、はははははははははははは」
わけも分からず狂ったように笑いながら、ヒュープの身体は白金色からドス黒いものへと変化を遂げる。それに合わせて質感もまた変化して刺々しく硬いものへと変わった。口元の牙も鋭利かつ凶悪なものになり、角は正面の敵を貫ける大角へと変形を果たした。これは夢喰獣の滅多にとらぬ戦闘体勢である。精神ではなく、肉体を殺すための姿は真なる殺意を抱いた場合にのみ見せるものだ。
「殺すよ」
殺害予告を出した後、犯人であるメイリーを滅殺すべく距離を詰める。一瞬にも満たぬ時間であったが攻撃にはそれで十分だった。
「待って、すぐ治すから」
だが、メイリーの行動はそれよりもさらに早かった。既に何処かの空間より取り出した金色の瓶から液体を振りかけた後であった。
「ふんぬううううううううう!!!」
ついでやってくる2人分の本気の攻撃をギリギリのところで受け止める。しかし、さすがに本気のヨツヤとヒュープの攻撃を止めきることはできずに傷を負う。ときたま挟まれる土蜘蛛の攻撃も十分にメイリーを傷つけうるものだ。たまらずメイリーも冷や汗をかき始めていた。
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「がああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
2人の分の攻撃と呪いじみた怨嗟の叫びを受けながら傷を最小限にする様に捌いていく。だが、3人目の存在にまでは気づくことができなかった。
「げほっ」
口から大量の血を吐き出すメイリー、内臓を傷つけられた覚えはないはずだが確実に身体は蝕まれていた。悪寒を感じた方向からの攻撃を予測して回避を行う。そこを禍々しい色の菌糸の鞭が通る。攻撃をしてきた存在を確認したときメイリーはダメージの正体を悟った。
「3人がかりとなると、流石に命が危なくなってきたわね」
ルームの身体を守るように大量のキノコを展開しているヴァンシイが出現していた。宿主と寄生体という関係上ルームの意識がない間はその安全を確保するほうに専念するのが通常であるが、今の状態は耐えかねたらしい。
「ククカカ、カカキクカケコカ」
人の言葉を話すことすら放棄し、ただ呪いの音だけを発している。今のヴァンシイはルームに見せるための貴婦人めいた見た目も完全に崩れ本性をむき出しにした姿だ。大樹めいた巨大なキノコの化物としか表現できない真の姿を晒している。
「愛されてるのねえ」
3人の猛攻を傷だらけになりながら受け続けるメイリー、反撃をできないわけではないが防御に専念することで何かを待っているようだ。それでも回避といなしは間に合わず致命傷だけを避けながら全身に傷を負うことになっている。
「そ、ろそろ、起きてくれる、かしら」
小石を弾くことでキノコの盾の隙間を通してルームの頬にあてる、もともと災害のような戦闘音で起きかけていたルームが起きるための最後のピースとなった。
「あ、れ? なんかすごい音が」
「「「っ!?」」」
一瞬で殺意に溢れていた3人の形態が元に戻る。なぜならば今の形態は戦闘以外の能力を排した状態である。ルームがどう思うかは置いておいて少なくとも本人達にとってはルームにはとてもとても見せられないスッピン状態なのである。ルームが起きるのならばこのような姿でいるわけにはいかないという乙女心である。
「僕は、何をされたんだっけ」
「ごめんなさいね、あたしがハグして壊しちゃったの。だからすぐに万能薬で治したんだけどお仲間の怒りを買ってね」
ボロボロのメイリーの姿を見る限りでは少なくとも壮絶な戦闘が行われたことだけは確実であった。
「とりあえず傷の手当てを!!」
「いえ、それは結構よ。少しの時間があれば十分」
深呼吸をするように深く息を吸った後に奇妙な音がする呼吸を繰り返すメイリー、それだけでどんどん傷が塞がっている様子はまるで手品のようだった。
「気功ってやつよ、これでまあほぼ無傷」
「す、すごい」
「自業自得の傷だからすぐに治すのも悪いんだけどね」
そう言いながらも動きは少し鈍い。治ったとはいえ蓄積された疲労とダメージが完全に無くなったわけではないようだ。
「にしても、凄い場所ねえここ。あたしが死の気配を感じる相手なんてそんなにいないのよ」
「すみません、みんな僕が絡むとちょっとブレーキが」
「良いの良いの、それくらい愛されてることを誇りなさいな」
「はい、ありがとうございます」
「でも、あたしが言うのもなんだけどね?」
がっしりとルームの両肩が掴まれる。
「お仲間が討伐対象になりたくなかったら、回避と耐久性をもっと上げた方が良いわ。そうじゃないと、あなたがピンチになる度に屍の山と血の川ができることになる。そして国を挙げた討伐隊が派遣されてみんな死ぬわ」
「ええ? まっさかあ。皆はそんなに酷いことしませんよ」
ルームの前に現われる苗床亭のメンバーは基本的に自分の一番美しい部分しか見せていない、時々欲望が漏れ出ることがあるがそれも一部分のみである。先ほどまでの暴力の発露をルームが見たことは一度も無いのだ。
「くっ、さっきの姿を見たことがないのね」
「さっきの姿?」
「いいえ、良いのよ。それは女の見栄と意地だもの、これ以上は言わないわ。でもあなたは傷つかないほうが良いわ絶対」
「あ、はい分かりました」




