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無情なりし幽世の刃

「ここか……」


 グウェイが匂いを頼りに苗床亭にたどり着く、この時点で既に住人の索敵範囲に引っかかっているので先制攻撃を受けてもおかしくないのだがルームのハンカチを持っているために判断をしかねている。ここにロサ・ロサが居たのならば問答無用で拘束してそこから尋問なのだが、それは今はできない。


「どこから入るべきか」

「お晩でございます、ここに何のようでありんすか」

「ひぃっ!?」


 突然現われたヨツヤに驚いて1メートルほどグウェイが飛び上がった。猫のような反応であるが、グウェイは牛と猪のダブルである。


「な、ななな、何者だ!?」

「それはこっちの台詞でありんす、こんな夜更けになんのご用で?」

「そんなのお前に関係ないだろ!!」

「いんやぁ、それが関係大ありで」


 ぬるりとした動きで大太刀を引き抜く、その所作は洗練されたものでまるで身体を伸ばすかのような自然さで構えた。一部の隙も無い見事な構えである、この段階に行くまでにいったいどれほどの年月が必要なのかは想像もできない程の厚みが見て取れる。それがどれだけ凄まじいかと言うと、ヨツヤの動きはスィンがコピーできない。厳密には真似事はできても再現・発展には至らないのだ。


「お前、一流の剣士だな。おもしれえ」

「こんなもんでそこまで褒められるとは、面映ゆいでありんすなぁ」


 コロコロと笑いながらも一瞬たりとも緩まない、怨霊であるので疲れなどが存在しないのを抜いたとしても余裕で1日以上今の状態を維持できるであろう力量を隠しもしない。ようやくヨツヤの脅威度を認めたグウェイが拳を握る。


「しかし面妖な身体でありんすなぁ、そういうのをなんて言ったか。ああ、混合獣きめらとか言うんでありんしょ」

「誰が混合獣だコラ、俺は誇り高きダブルだ!!」


 混合獣という呼び名は二種の血を受け継いだ者に対する最大級の侮蔑にあたる揶揄である。わざと怒らせるようなことを言ったのは、ヨツヤが人の本性は激怒した時にこそ現われるという時論を持っているためである。案の定グウェイの顔には青筋が浮かび、怒りを今にも爆発させそうである。ここで苗床亭にとって害だと思えばヨツヤの攻撃が開始されることになる。


「冷静にだ、冷静に、短絡的な思考は技を鈍らせる。すぅ……はぁ……」

「あらら、思いがけず冷静でありんすね」

「当然だろ、心技体全部揃って初めて武だ。感情のコントロールくらいできる」


 しかし思い出して欲しい、半日前グウェイはルームとスィンにボコボコにされて号泣している。どの面下げてと思うかもしれないがそれとこれは別の話なのだ。少なくともグウェイの中では。


「目標は昼間の奴だが、お前とやるのも面白そうだ。死合おうぜ」

「うーん、よく分からないでありんすなあ。とりあえず一合、打ち合ってみましょ」

「霊体だからって油断すんなよ、俺は実体がなくても殴れるぜ」

「あら怖い」


 グウェイの拳が淡い光を放つ、【心眼】と呼ばれるスキルが発動した印であった。武術を修める過程にあって心の目とも言われる第三の視点を得た者のみが使えるスキルであり、位相のずれた怨霊や物理的耐性の非常に高い流体に対して攻撃を通すことが可能になるのである。


「ふうんそれじゃあ遊びましょ。郭流・夜遊び灯籠」


 ふらふらと不規則な動きが始まる、動きの起こりと繋ぎの見えないところから無拍子に限りなく近い速さで大太刀の攻撃が繰り出される。回避も防御も極めて難しい攻撃ではあるが、今の所グウェイはその全てを捌いていた。


「ふっ、はっ、お前も、化物かよ!!」

「良く防ぐでありんすなあ、でも守るだけじゃあどうにもならないと思いんせんか?」

「分かっ……てるぜえ!!」


 突きに合わせて一気に間合いを詰める、長大な武器であることの欠点を的確に突いている動きである。懐に入るのと同時に攻撃の予備動作も完了していた。


「うおらあああああああああああ!!」

「丸をあげたいところでありんすが、まだまだ甘い」


 ぴたりとグウェイの動きが止まる、もちろん自らの意思ではない。グウェイは全力でヨツヤの急所を撃ち抜くつもりであったが、その前にヨツヤの手がグウェイの首を掴んでいた。


「く、かか、あ」

「夜の灯籠を信じすぎてはいけないでありんすよ、あの世への道しるべもまた灯籠。重さが関係ない幽霊がなんで両手で刀を振るっているのか疑うべきでありんす」


 片手でつり上げられたグウェイが暴れるがヨツヤは微動だにしない。やがてグウェイは酸欠によって意識を失った。


「悪い人ではなさそうでありんすが……とりあえず旦那さんに聞いてみんしょ」


 特に成果を得られぬままに苗床亭に戻り日課をこなしてから眠りについたルームであったが、起きる時間になった瞬間に違和感に気づいて飛び起きた。何か知っているような気配が漂っているのだが、それが何かまではよく分かっていないのだった。


「ああ、起きたでありんすね。ではこちらの侵入者の裁きをお願いしても? この牛だかししだか分からない子は旦那さんの知り合いでありんすか」

「うーん、知り合いといえば知り合いなんだけどねえ」



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