【悪食】
「避けたか、お前ただのガキじゃねえな?」
「(あっぶなかったぁ……あの変態くらいではないけど、このグウェイとかいうこの人も相当やるな)」
急所を狙ったグウェイの正拳は空を切った、すんでのところでルームが回避することに成功していたのだ。それでも拳がかすった頬が裂けている辺りは相当危険な攻撃であったことは間違いない。まともに当たればタダじゃすまない事は容易に想像できる。
「まぐれはそう何度も続かねえぞ、今度も避けられるかな」
「いや、そう何度も先手は取らせないですって」
「あ?」
ルームの頬の裂けた部分から胞子が噴出する、予想もしていなかった攻撃をグウェイはまともに当たる。武人である以上初見の攻撃にも対処できる腕前はあるのだが、流石に少年の身体からいきなり胞子が出てくるのは予想外が過ぎた。ある意味最強の初見殺しに近いノーモーション攻撃なのである。
「うわっぷ、なんだこりゃ!?」
「あなたがまだ人間であるのなら、これで終わりです。段々と身体が動かなくなっていくでしょう」
「こりゃ、毒か、俺に毒なんざ効くはずがねえのに」
「毒じゃないです、寄生したキノコの菌糸が背骨に浸透して動きを縛るんですよ。毒なんかよりよっぽど早くて確実な拘束ですよ」
一気にグウェイの身体から力が抜ける、どうやら完全に身体の支配権を奪われてしまったようだ。動かそうとする意思は手足に伝わらない、一時的に首から下は全く動かない状態へとなってしまっている。こうなってしまってはいかに強力な武術を使えようが意味は無い。
「おまえ、なんてえげつねえことしやがる」
「これが一番早いので、それで【悪食】のお姉さんが武界から指名手配された人食い鬼で良いんですね?」「は? 何言ってやがる。武界に入るのが嫌だからこんなところで武者修行してるんだろうが」
「え?」
一瞬で白けた空気が展開される、なにか致命的な勘違いがあることを感じつつ震える声でルームは問い直した。
「あのう、つかぬことをお伺いしますが。人を食べたことはありますか?」
「あるわけねえだろ、そんなことしたら修羅じゃなくて畜生だろうが」
「人を殺したことは」
「ねえよ、あっても半殺しまでだ」
「ええ!? だってさっき腹の中で溶けるまでとか死ねとか言ってたじゃないですか!!」
「ああでも言わねえと人は死ぬ気で向かって来ねえだろうが、本気で食ってるわけねえだろ。頭おかしいんじゃねえのか」
「えー」
鬼だと思っていた相手に常識を説かれるという奇妙な状況に混乱しつつ、まだ問うことがあると思い直して問いを続ける。
「じ、じゃあ【悪食】っていうのは」
「ああ、禁忌スキルってのは便利だよな。一気にこっちを殺す気で攻撃してきやがるからな、脅しとセットで名乗れば100パーセントの力でやりあえるってもんよ」
「うわぁ、なんてこった。こんなことあるかな……」
「あ? さっきから何言ってやがる。さっさと犯すなり殺すなりしやがれ」
「しませんよそんなこと、人違いですし」
「舐めてんのかてめえ!! ここまで完膚なきまでに負けて何もなしって訳にゃあいかねえだろうが!!」
「困ったなあ、そうだその角と牙はなんなんですか」
「そんなの自前に決まってんだろうが、俺は猪と牛のダブルなんだよ」
「まーじーかー、なんでここまで紛らわしいかなあ」
本気の本気で無関係の猪武者、もしくは牛武者であることが確定してしまったのでグウェイの扱いをどうしたものか決めあぐねていると遅れて降ってきたスィンが到着した。ルームとは違って軽やかな着地を決めると今の状況を見てこういった。
「ルー、もしかして人違いした?」
「理解が早くて大変助かるよ、この人どうしようかな」
「え? 食べちゃだめなの」
「だめだよ、それをすると最後の砦が崩れちゃうからね。僕にもいくつかルールがあるんだ、それを破るとたぶん僕は討伐対象になっちゃうから」
「そっかあ、じゃあ逃がすの」
「今逃がしても定期的に襲ってきそうな気しかしないんだよねえ、なんか宿敵みたいな目で見られてるし。困っちゃったよ」
「2度と襲ってこられないようにもっとコテンパンに叩きのめすのはどう?」
「うーん、今は初手で倒せたけど次も当たってくれるかは分からないからできれば拘束は解きたくないんだよねえ」
「じゃあ私がやるよ」
スィンがグウェイを見て言い放つ。
「この人弱そうだし」
「はあああああああ!? 上等だコラ!! やってやんよガキ!! かかってこい」
「大丈夫? 手加減できる?」
「大丈夫だよ、人の強度はなんとなく分かったから」
「じゃあお願いしようかな」
身体の支配権が戻った瞬間にグウェイは一瞬でスィンの胴体に向けて掌底をたたき込んだ。さっきまで無様に倒れていたとは思えないほどの鋭さである。
「見たかオラ!! これが俺の武だ」
「ふぅ~ん、これが武術なんだぁ」
スィンが吹き飛んだ先に発生していた土煙が一気に晴れる、それはスィンの踏み込みによって成されたものである。
「な、嘘だろ」
「こんな感じかな」
酷く堂に入った構えをするスィンがそこには居た。




