日が沈むと鬼が出る
「暗くなってきたね、何かあるとすればこれからだ」
母なる光が水平線に姿を隠し、娘の光が顔を出す。青ざめた光が冷たく水面に映るころには昼間には出てこられない日陰の存在が表に出てくるものだ。それは幽霊かもしれないし、もしくは後ろ暗い人間かもしれない、もしかしたら、人を食う鬼かもしれないのだった。
「さてと、まあすぐに誰かが襲われるってこともないと思うんだけど。スィンは何か気づくことはあるかな? 血の匂いとか感じる?」
「んーん、そういう匂いはないよ」
そういう匂いという但し書きがつくのは、物騒な匂いはしないと言う意味であった。ルームに近づこうとするもしくは惹かれそうになっている存在はごまんといるので、それを気づかれないように追い払ってはいるのである。スィンがいなければ恐らくこの時点で少なくとも1人、もしくは一匹くらいは既に苗床亭にいることになるだろう。
「そっかあ、じゃあ見渡せるような場所に移動しようかな」
「必要ないよ、ルーくらいなら抱えて飛べるから」
「え?」
「行くよー!!」
「ちょ、ま」
がっちりと身体を掴まれたルームに抵抗する術はない、フィジカルならばスィンの方が強いのである。加えて不意も突かれているのでなおさら抵抗など間に合う筈が無いのである。もっとも、ルームの待って欲しい理由としては誰に見られているのか分からない状態で羽を出して欲しくないということであった。
「見られたらどうするの!?」
「そんなに遅くないよ」
「そんな高速で行ったら僕の身体がッ!?」
バシュウウウ、という音を立てながら一気に高度が上がる。羽ばたきというよりも射出という方が正しい飛び方をしている。初速を出すために身体構造を改造した結果としてジェット噴射の如き機能を持つ器官を創造していたのだった。
「痛い……!!」
「痛かった!? ルー、ごめんね!!」
「いや別に良いんだけど、それよりもこんな高さまで一気に来られるんだ」
真下にあるヴェーレフィアの町並みは小さな点のようになってしまっていた、ルームの少々の体調不良と頭痛を考えると高山病が発症するくらいの高さまでは一息に上昇したことになる。下手な鳥魔物よりよっぽど機動力がある。
「もうちょっと下がって」
「うん」
ブブブという蜂の羽音を響かせながら高度を下げていく、すると少しずつ町の全貌が見え始めることになった。すると自ずと暗がりなどの襲撃に向いた場所が見え始める、暗闇に慣れぬ目ではそれを見ることはできないがルームは半分くらい人外であるためにくっきりと捉えることができた。
「あそこだ。誰かが襲われそう」
何かが人を襲おうとしている場面を見つけたルームは、指を差してスィンに知らせる。
「行って」
「うん? こっちの方が早いよ」
「へ?」
思いっきりルームを振りかぶるスィン、嫌な予感が全力でルームの全身を貫く。今すぐに止めないと大変なことになると悟ったのは残念ながら手遅れになってしまった後だった。つまりどうなったかと言うと、ルームはスィンにぶん投げられた。
「うおあああああああああああああああああああああああ!!?」
「いってらっしゃーい」
ルームの着弾までの時間はそこまでなかったがなんとか体勢を立て直して、着地ができるところまで持っていくことに成功した。
「やあああああああああああああああああああ!!!」
「ぐがぁ!?」
結果、凄まじい勢いで何かにぶつかった。
「あれ? どう見ても鬼じゃないね」
ルームがミサイルのような勢いでそのまま殴った何かは普通の魔物だった。そこらの森やら洞窟やらに住んでいる猿が魔物化したもので別に珍しいものでもなかったのだ。そして強くも無いその猿魔物はいきなり上空から降ってきたミサイルに殴られたので即死であった。
「まあ、誰かが襲われる前に救えて良かった。大丈夫ですか?」
「余計なことしやがって、せっかく血を啜れるところだったのによう」
「うっそぉ」
目の前のいる女性の姿をきちんと認識した瞬間に思わずルームの口から驚きの言葉が漏れた。いままさに猿魔物に襲われそうになっていた女性の頭からは角が生え、口からは牙がのぞく。ポニーテールにしてある髪はざわめき、目は爛々と輝いていた。道着のようなデザインの服はところどころが破れており色々と際どい感じになっている。
「鬼だぁ」
「はぁ? なに言ってんだガキ。誰が鬼だって」
「あっ」
自らの失言に気づくが既に言い放った言葉は飲み込めない。
「俺はそんなもんじゃねえよ、修羅だ。この世全部飲み込んで頂天に立つ修羅なんだよ。覚えとけ、一回しか言わないからな。【悪食】のグウェイ・シーフーが俺の名だ、腹の中で溶けるまでは覚えてやがれ」
【悪食】これもまた禁忌スキルの1つとして有名なものである。食えないものを食えるようになる力、もしくは食ってはいけないものを食ってしまえるようになる力。これを発現させたものはやがて世界を飲み込むと言われている。
「じゃあ死ね、そして俺の糧になれ」
一切容赦のない拳が空気を裂いてルームへと繰り出された。




