武界の変態
「スコラさんとインテルさんにはなんとか納得してもらえて良かったなあ」
地下洞窟より帰還した翌日にスコラとインテルは火急の用事とのことで苗床亭を去っていった。その後に狂喜乱舞したヒュープとヨツヤによってルームが搾りかすとなりかけたが、スィンとロサ・ロサによってなんとか阻止されていた。
「滅多に人は来ないもんな、ちょっと張り切っちゃった」
息を深く吐いた瞬間だった、ルームの全身が粟立つ。気持ち悪さと恐怖がない交ぜになったような複雑な感情が一気にルームを襲っていた。少なくとも普通の範囲内ではくくれないような存在が近づいて来ていることを予感していた。
「皆、何か来るよ」
とはいえここは苗床亭、なんだかんだと言ってこのような事態には慣れっこというものである。変な力場があるのかそれとも因果律的特異点なのか、ある種定期的なイベントとして異常事態というのは起こっているのである。
「どーもー、早速だけど」
空間の歪み、その中から出てくるうさんくさい人物。出で立ちも不審者そのもので袖がビリビリになった胴着にはち切れそうな筋肉を無理矢理封じて、そのうえバタフライマスクをしているという変態である。何度かあった異常事態のなかでも群を抜いて異様であった。空間を歪めて点移動するという魔法使いの技を使いながらもその身体は過剰なほど鍛えられている。
「お茶もらえる?」
「すみません、とりあえず拘束しますね」
「あら、そういうプレイにはまだ早いわよ?」
ロサ・ロサの茨が男の身体を縛り付ける、下手に動けばズタボロになること請け合いである。しかも万力のごとく締め付けているため時間経過でも致命傷になるだろう。
「こんなところに暴君薔薇だなんて、お姉さん怖い」
「お姉さん?」
「ふんっ!!」
「な、ロサ・ロサの茨を腕力で!?」
気合いを入れて力を込めた瞬間にロサ・ロサの茨が弾けとんだ、あり得ない出来事にルームの頭が一瞬空白になる。
「うふふ、自己紹介がまだだったわね。あたしはメイリー・ヌーレンっていうの、武界の3席で~す。メイ姉って呼んでね♡」
「何をしにきたんですか」
ロサ・ロサの茨をちぎれるということは、すなわち身体能力だけでここにいる全員を打倒しうることを示している。霊体であるヨツヤであっても、ある種の体術は位相の違いを無視して攻撃を通すことができる。そして、目の前の化物はそれが可能であるとルームは確信していた。
「そんなに怖い顔しないの、かわいい顔が台無しよう【寄生】のルームきゅん」
「っ!?」
「あれえ? もしかしてバレてないと思ってるの? そんなわけないわよねえ、必死で隠蔽してる人たちもいるみたいだけど。まあ【寄生】程度なら別に放っておいてもどうにもならないから放っておいてるだけ、学会も武界も教戒も上層部なら禁忌スキル保持者の居場所くらい知ってるわ」
「脅し、ですか」
「違うわぁ、依頼をしにきたの。武界でちょっとした問題が起こってね、その解決をお願いしたいの」
「武界の問題なら武界で解決してくださいよ」
「あーら辛辣、口答えできるくらい持ち直したんなら依頼の話をしても良さそうねえ」
メイリーが巻物らしきものをルームに投げ渡す。
「そこに書いてある場所に武界の裏切り者がいるのよ、あたしがやっても良いんだけどめんどくさいからお願いするわ。報酬はそうねぇ、武術の稽古をつけてあげるわ。それじゃあねえ」
それだけ一方的に言うとメイリーは歪みの中に消えた、本当に消えたのを確認するとルームはその場にへたり込んだ。
「はぁ~、なんで問題の方から来るかな……目立たないようにしてたと思うんだけどなあ」
「ああ、それとね」
「うわあ!?」
にゅっとメイリーの顔だけが歪みから出てくる、正直言ってホラーである。
「その相手も禁忌スキル持ちだから、返り討ちに遭わないようにねー」
「心臓が飛び出るかと思った……」
「あらぁ? ドキドキさせちゃったかしら、でも駄目よあたしに惚れると火傷するから。なんちゃって、チャオ☆」
今度こそ居なくなったはずであるが、何度もルームは確認をした。いつでもここに来られる化物がいるというのはかなりの衝撃を与えていた。
「場所は、結構遠いなあ。しかも禁忌スキル持ちの相手なんてしたことないよ、でも受けないと色々面倒そうだしなあ」
書いてあったのは海に面した町の名前であった、そして達筆な筆文字で人食い鬼を探せとだけ書いてある。手がかりを探すところからやれという意味であり、長丁場の依頼になる可能性が高いことを示していた。
「苗床亭からそんなに離れる訳にはいかないんだけどなぁ、アンケさんになんとかしてもらおうかな。でもなー、絶対注射されるんだよなぁ。憂鬱だ」
がっくりと肩を落とすルームの背はいつもより小さく見える。




