動く苗床
現在、苗床亭は港町であるヴェーレフィアの外れに移動していた。これはルームがアンケに頼んだ結果である。何が起こっているのかというと、苗床亭が座標移動している。魔方陣を描いた範囲を入れ替える魔法というものが存在するのだ。ぶっちゃけた話をすると普通に禁止魔法の類なのだが、頭のネジが三本ほど外れている魔女にそのようなルールは関係ない。
「海だぁ!!」
ルームの目が輝く、苗床亭から離れずに骨を埋める覚悟をしていた身としては海をまた見られるなどとは思っていなかったのだ。だから、ルームのテンションはいつもの1.5倍ほどにまでブーストされている。しかし、それを危険視するのが苗床亭の面々である。
「ルーがはしゃいでる、これは嫌な予感が」
「う~ん、そうだよねえ。この感じだとまた誰か適当な子を拾ってくる可能性があるよね~」
「甲斐性があると言えば聞こえがいいでありんすが、際限なくここの住人が増えるのは阻止したいでありんすなあ」
どっかに行って帰ってくるときに誰かを拾ってくるというのは結構あるパターンであり、居着くかどうかは結構ランダムではあるが常駐している人数が増えると問題が生じるというのが常駐組の意見であった。実際今まで拾ってきたものは数知れずなのだ。
「てことでぇ、スーちゃん頼んだよ」
「順当に行けばそうでありんすな、普通について歩けるのは身体が近い者だけ」
「うん、頑張る」
今回はロサ・ロサは来ていない、というよりルームに虐められたので顔を合わせにくいというのが本音であった。
「気をつけるのはねぇ、あー、全部」
「全部!?」
「うん、ヒューもそのクチだから人のことは言えないんだけどねえ。ものすごい勢いで引き寄せちゃう体質だから気を抜いたらたぶん誰かしらに食べられそうになってるか、もしくはヒュー達みたいに餌付け完了してる可能性があるよぉ?」
「なる、ほど。心当たりがありすぎて」
「目に見えない可能性も十分にありんすから、第六感もちゃんと研ぎ澄ましておくと良いでありんす」
「目に見えない……」
つまりは一瞬たりとも目を離すなということであった。【寄生】がもたらす問題についてはルーム自身も重々承知しているのだが、それでも防ぎようの無い事態は発生する。今はテンションのせいで避けられるものも避けられない可能性があるのだ。それはそれとしてはしゃいでいるルームを止めるのも気が引けるというのもあった。
「そろそろ外に繰り出すころでありんす、くれぐれも気をつけて」
「うん、行ってくる」
そう言ってスィンはソワソワしてるルームのもとへ向かった。実はスィンも初めて見る海にウキウキしているのを隠しきれていなかった。
「ふふ、可愛らしい」
「え? ヨッツーにそんな感情あったんだぁ」
「む、失礼な。これでも女としての情はありんす」
「いや、そうじゃなくて。母親としての気持ちがあったんだなあって、だってヨッツーって子ども作れない身体だったでしょ?」
「ふふ、そうだとしても母性に関係はないんでありんしょ? むしろ、そうあろうと出来るだけ真に迫るということもありましょうや」
「そうかなぁ?」
「それだったら、孕みもしないのに旦那さんの子種を望む理由聞かせてくれなんし。その身体は夢と現の狭間にある、繁殖に自分以外なんていらないでありんしょ」
「えへへ~、だって欲しいんだもん。理由はないよ」
「お互い難儀な性を背負ったでありんすなあ」
「そうだねえ、でも幸せだよ」
「それはもちろん、蕩けるぬるま湯に浸かってる気分でありんす」
「うふふ」
「あはは」
何故か気温が下がったような気がする空気を形成しながら、人目に触れられぬ二体の魔物は身を闇の中に溶かしていった。愛しの主人が帰ってくるまでは自らの愛の巣を守る以外にやることも無い、いたずらに時間を使うのも一興ということだった。
「海水浴……は流石にできないから。砂浜でも歩いてみようかな。スィンも一緒にどう?」
「うん、行くよ」
さて、ウッキウキで飛び出したスィンとルームである。流石に海水浴などという愚行は侵さない程度の分別は残っていたようだ。今のルームが海に身体を浸けようものならものすごい勢いで魚が集まってくる、それどころか水棲系の魔物から人魚系亜人、はたまた災害級の大鯨にイカ、最終的には神話クラスの海竜までもが乗り出してくる可能性がある。竜宮城にご招待といけば良いが、海の藻屑になるかもしくは海底に一部になる可能性の方が遙かに高い。砂浜を歩くくらいならば露出に気をつければなんとか安全と言える範囲に収まるであろう。
「この感触も久しぶりだなあ、また感じられるなんて」
「あつっ、熱いよルー!!」
「ははっ、そっかスィンは初めてだもんね」
サンダルを履いているルームに対してスィンは裸足であったために、日差しで熱された砂浜を歩くのは厳しい状況であった。だが、ここ蟲毒姫蜂の能力が発揮された。足の裏が限定的に熱耐性を獲得したのである。
「慣れた!」
「え? すごいなあ。順応のレベルが半端じゃない」
なんとなく町をちらちらと見ながら砂浜を歩くヴェーレフィアの町並みは白一色の建造物でできている。細い道も数多く入り組んでいる迷路染みた場所も多々有るために人を連れ込むことなどは容易いだろうと考えていた。
「人食い鬼か」
ここに来た目的を再確認しながら、日が落ちるまでは遊ぼうとルームは考える。化物が動くのは暗い夜だ、人を食うとなれば尚更。
「できるだけ穏便に終われば良いけどね」




