薔薇の査定は波乱の香り
「どうですか? これは暴君薔薇ですか?」
「え、これなに、見たことないんだけど。インテルはどう?」
「なんだろうこれ……動いているのは確かだし、暴君薔薇に似ているけれどなんなんだろう」
苗床亭に戻ってすぐにルームはロサ・ロサに文字通り根回しをした。菌糸によって地中で意思疎通をしていたのだ。指示は簡潔にただ一言「可愛く誤魔化して」とだけである。それを受け取ったロサ・ロサは瞬時にその巨大かつ長大な体躯を偽装した。鉢植えサイズのうねる薔薇へと姿を変えた。
「ほら、偶に鳴くんですよ」
「ぴきゃー!!」
ルームがノリで言った指示にもアドリブで対応するロサ・ロサ、ルームの前でこんな道化を演じるなど本来ならばのたうち回るレベルで恥ずかしいのだがそれこそルームの頼むであるのでなんとか繕うことができている。
「鳴くって、それもう薔薇じゃなくて植物人の赤ん坊なんじゃないかと思うのだけれど。でも人型の部分もないし」
「見れば見るほどよく分からない、新種なんじゃないのこれ」
「うーん、そうなのかしら」
上手い具合に新種発見というような流れになりかけているのでルームが心中で胸をなで下ろしていると、がさりと動くものにロサ・ロサが反応した。
「い、てて、思いっきりぶん殴りやがって、ん? うおおお!?」
「あっちゃあ……」
敵だと判断したのかランに突き刺さる寸前まで茨を伸ばしたロサ・ロサを見てスコラとインテルが目を丸くしている。さっきまでなんの害もなさそうな鉢植えだったものが瞬時に人を殺しうる化物に変貌したことに思考がついていっていない様子である。
「こ、こりゃあ暴君薔薇じゃねえか!? なんでこんなところに!!」
「一瞬であそこまで茨を、そしてあの鋭利な棘と色、まさか本当に暴君薔薇なの」
「全然見えなかった、あんな速さのものが無数にあるのか」
今の瞬間で一気にロサ・ロサが本物の暴君薔薇である疑いが深まった。そして万が一ルームに危害を及ぼすような対象の排除に動いてくれたことは素直に嬉しいと思ってもいるのだが今だけはやめて欲しかったルームであった。
「僕に懐いてくれてるみたいであんな風に危なそうな人とかがいるとそっちに攻撃しちゃうんですよね、でも攻撃力は全然なくて。ほら見てくださいよ」
無造作に茨を掴む、そしてぐにぐにと握って見せた。もちろん刺さっているし、傷もついている。血が流れないのはひとえに流れないようにコントロールしているだけであり普通に痛いし、ダメージの値で言うなら腕を爆裂させて胞子をまき散らすより上である。
そして、今はこうすることで色んなものを守っていると理解しているのでロサ・ロサはなんの反応もしていないが、反射的に動いてしまったことでルームを脅かしている現状にロサ・ロサは多大なるショックを受けていた。しかしそれ以上にロサ・ロサに傷を与えているのは自分のせいでルームが傷を作ったということである。よりに、よって、自分のせいで、傷つけてしまった、これはロサ・ロサにとって由々しき事態である。下手すれば枯れるほどに。
「この通り」
手を見せる、そこに再生力を集中させたおかげで見かけ上の傷は全て無い。ただしそれは見かけだけの話である。見るものが見ればなんの治癒もしていないことが分かってしまうであろうが、幸いここに医者の心得があるものはいなかった。
「暴君薔薇の茨なんて握ったら手がズタズタなるだけじゃ済まない傷を負うはず、でもそんなに手が綺麗ってことは本当にただの近縁種なのかしら。突然変異で弱くなった暴君薔薇、名付けるなら小君薔薇ってところかしら」
「へ、なんだ驚かせやがって」
ランが立ち上がる、そしてスコラに向かって深々と礼をした。粗野な言葉遣いとは裏腹に非常に堂に入った礼である。むしろ今までの振る舞いのほうが演技なのでないかと錯覚してしまうほどにその豹変ぶりは見事だった。
「お嬢様、お迎えにあがりました」
「今更どんな顔をしてそれを言っているのかしらね。普通に拉致しようとしてたくせに」
「あれは旦那様の指示ゆえ致し方なく、回りくどい真似をしなければこうやって会うこともできぬのです」
「で? なんの用なの。私はもう学会とは関わる気はないわよ」
「それが」
なにか大事そうな話が始まりそうな雰囲気を察してルームは退散する、ここで話を聞いてしまうと何かしらの事件に巻き込まれる可能性が高いというのを虫の知らせで感じ取っていた。ルームは表舞台に出るわけにはいかないのだ。
「危ない危ない、なんかロサ・ロサのことも見逃してもらえそうだし。良かった良かった」
そう言って植木鉢の方を見下ろすと植木鉢にいたはずのロサ・ロサが居なくなっていた。辺りを見渡してもそれらしき茨もない。しかし、ロサ・ロサを見つけるのはそのすぐ後だった。
「ええ!?」
「誠に申し開きもできぬ……すまなかった」
ルームも数えるほどしか見たことのないロサ・ロサの本体が目の前で頭を下げていた。その身体はカタカタと震え何かに必死に耐えているように見える。
「余は許されぬことをした。どうか罰を」
「罰なんて、どうしてそんなことを言うの?」
「余の軽はずみな行動がそなたを傷つけた、無二の玉体を誇るそなたを傷つけること以上の罪はあるまい。どうか罰して欲しい」
「僕は気にしないよ、もともと無茶ぶりをしたのは僕だし」
「ならぬ!! 功績には報奨を、過ちには罰を、それがこの世の理。違えることがあってはならぬのだ」
ルームが何かをしなければこのまま何日だって粘りそうな勢いである、ロサ・ロサの頑固な一面は少ない対面でも気づいているのでルームは一番相応しい罰とは何か考えた。そして、一つの妙案にたどり着く。傷つけもせず嫌な思いもしないアイデアが降ってきたのだ。
「じゃあ、罰を与えるよ」
「ああ、なんでも甘んじて受けよう」
「うん、じゃあ顔上げて」
「そ、それは」
「上げて」
「く、くぅ……そなたがそこまで言うのなら」
じりじりとロサ・ロサが顔を上げる、そしてルームと目が合った。本来ならば美的感覚というかそこら辺の感覚が人間とはかけ離れているために人間なんてなんとも思わないはずである。しかし、ルームは別である。極上の餌であるところのルームは食欲と性欲を同時に満たすような規格外な存在であり、なぜか非常に魅力的に見えるのだった。今の状況を言うのなら好みドストライクどころか崇拝するレベルの偶像に超至近距離で見つめられる僕の如き状態である。
「………っ!! そ、そんなに見ないでくれ」
「駄目、目をそらすのも許さない」
「む、むりだ、耐えられぬ、どうか他の罰を」
「だ、め」
紅潮するような身体の構造はしていないはずなのだが、人間の感情表現を学習しているロサ・ロサの顔は真っ赤に染まっていく。それが恥ずかしいという感情を抱いていると相手に伝える術だと知っているのだ。だが、今は意味が無い。むしろ、奥底に眠っているルームの嗜虐性に油を注ぐ結果となる。
「も、むりぃ、やめて、しんじゃうから、かくがはれつする」
「罰して欲しいんでしょ? じゃあもうちょっと耐えて」
絵面としてはただ見つめ合っているだけなのだが、どんどんロサ・ロサの余裕がなくなっていく。時間にして約3分ほどではあったがロサ・ロサの体感時間では永遠に近いものに感じられていた。そして決壊の時が訪れる。
「きゅ~」
「あ、倒れちゃった」
倒れるロサ・ロサを抱えるルーム。
「やり過ぎちゃったかな?」




