苗床亭に人間が泊まると色々バグる
「うんしょ、うんしょ」
額に汗かきながらスコラとインテルのための料理の準備から寝床の調整までをルームは行っている、早速外に調査に出て行った2人が戻ってくるまでに準備を終えることを目標としていた。久しぶりの客であるので張り切っているのだ。
「大変なことになりんした」
屋根裏でヨツヤ、ヒュープ、ロサ・ロサ、スィンが集まっていた。会議の議題はもちろんこれから先一週間のことである。ルーム以外の人間が泊っている前にいつものように思う存分ルームを貪ることなどできようか、いやできない。
「あ、ああ、ヒューは、もう駄目、干からびて死ぬんだぁ。ははは」
見る影もないというのはこういうことを言う、今にも死にそうなほど憔悴した顔で半分くらい泣いている。いつもの底知れなさは微塵もなく、ただただこれから待ち受けるであろう受難に対して絶望しているのだった。
「だって、睡眠時間が減るんだもん。もう他の夢は食べられない身体にされちゃったのに、寝る時間を減らして人間のお世話をするんだもん、そんなの耐えられないぃいいいいいい」
とうとう泣き出してしまったヒュープ、普段ならばこれほどまでにはならないのだが今回は期間が1週間というヒュープにとっては永遠とも等しい時間であったためにここまでの醜態をさらすことになっているのである。そして、これはヒュープに限ったことではない。
「バクの嬢ちゃんがこうなるのも仕方ないでありましょう、元々人の目につくと角が立つ身分であるのは重々承知しているつもりでありんしたが。これから週が一回りするまでまともにいただけないと思うと身体が勝手に震えて」
怨霊の類であるヨツヤが本当に寒さを感じているわけではない、体温を奪っているのだって熱というエネルギーを人間から奪っているだけであってなんなら火でもお湯でも良いってことである。だが、質という点でルームの熱は他の追随を許さない。ヒュープにしてもそうだが、本来であれば殺す勢いで吸わなければ腹が満たされることなどないはずであるのにヒュープは垂れ流される夢を食う8時間、ヨツヤはある程度の接触で満足するという効率の良さなのである。一度覚えた贅沢は簡単には抜けないと言うが、命に直結する部分での最大の贅沢を知ってしまった以上は今更ちんけな熱、夢を食うなどありえない。これは言わば禁断症状、これから先の1週間を思って恐怖で霊体が震えているのである。
「まだ、分かりんせんが、万が1、億が1、1週間我慢できるならこれからもそれで良いよねだなんて言われたらと思うと、意識が遠くなる思いでありんす」
ヨツヤの目の焦点がずれ、そして髪が一筋口のあたりに垂れる。ものすごくステレオタイプの女幽霊に近いフォルムになってしまった。
「うふふ、ひとおつ、ふたあつ、いとしいひとはまだかえらぬ、みっつ、よっつ、このみにあるのはほねとかわ、いつつ、むっつ、ふるえてふるえて、それでもぬくみはてにはいらぬ、ああ、いっそこのみをほむらにまかせてしまおうか」
今のヨツヤが歌うと本気で洒落にならないトーンで歌を口ずさむ、驚くべき事はこの状態が生み出されたのがまだ1日も経っていない時点で起こっているということである。これで本当に1週間も保つのか甚だ疑問に思わざるを得ない。
「ルーはそんな風に放ったらかしにするとは思わないけどなぁ」
ようやく他のメンバーに慣れたスィンが不思議そうに首をかしげる。その瞬間に他2名から一気に殺気が向けられた。
「そりゃあそうだよねえ!! 蜂蜜ぺろぺろするだけで済むならできるだろうねえ!!」
「人と見分けがつかないのは一緒でありんすのに、この透けた身体が恨めしい……!!」
「そういう事じゃないんだけどな」
絶望の淵にあるものに、希望的観測などは届かないむしろ絶望側からの不況を買うのみであった。そこでとうとう見かねたのかロサ・ロサが動き出す。茨に一輪の薔薇が咲いた。
「そう不安になる必要はないとそこの童は申しているのだ。食事の心配をするのも分かるが狼狽えすぎではないか? 余のように根を据えておれば良いのだ」
咲いた薔薇から声がすると思いきや薔薇が一瞬で巨大化、その中心から赤い目と髪をした美女が姿を現した。何を隠そうこれが暴君薔薇ロサ・ロサの本体である。
「薔薇のお方も水を飲んでいれば良いのでありんしょ? 先の不安はないじゃあらんせんか」
「そーだそーだ!! 不公平だー!!」
ヨツヤとヒュープの言葉に対するロサ・ロサの返答は鼻で笑うというものだった。
「童でも分かっていることを何を今さら、ほとほと呆れるな。それほど甘美な味わいであることは否定せぬが。良いか? この程度で我らを蔑ろにするようならそもそもこんな場所は存在しないのだ。この苗床亭がある意味を思い出せ」
ヨツヤとヒュープを黙らせたロサ・ロサがスィンの近くへと寄ってくる。口を開けたままポカンとしているスィンの頭を撫でる。
「蜂の童よ。お前は賢く、そしてあの方の近くにいることができる二体目だ。どうかあの方を支えてやってくれ。余はあまり多くの人間とは馴染まぬゆえな、頼んだぞ?」
「は、はい」
「うむ、それではな」
薔薇の花が散ると同時にロサ・ロサの姿は消えた。
「なんであの人いっつもあの姿じゃないんだろう」
溢れるカリスマ性に当てられたスィンが茫然と呟いた。
「ああ、それは簡単でありんすよ。旦那さんの顔をまともに見れないのと素顔を見られるのが恥ずかしいと自分で」
暴君と言えどもロサ・ロサの心は乙女なのであった。




