1日目の夜
苗床亭にスコラとインテルが帰還する、今日は視察だけで済ませたのか汚れているようには見受けられない。手には何かを詰めたらしい瓶とメモ書きがあった。
「お帰りなさいませ、首尾はいかがですか?」
「素晴らしいわ、なんでかは分からないけどこの辺りは信じられないような環境よ。まるで誰かに作り替えられたかのようだわ」
「咲くはずのない植物があったり、生えるはずのないキノコがあったり、果ては謎の光源が漂うのも見た。ここは何かの特異点になっているとしか思えないよ」
咲くはずのない植物はロサ・ロサの眷属に等しきものどもであったし、キノコに関してもヴァンシィの影響なのは言うまでもない。謎の光源というのは昼間故に力が弱い怨霊の人魂的なものである。環境の変化の原因は苗床亭にある。しかし、そんなことスコラとインテルには分かりはしない。
「そ、それは良かったですね」
もちろんルームは心当たりありまくりなので見えない場所に冷や汗をかいている。これでこの場所が有名にでもなろうものならあっと言う間にルームのことやら住人のことやらがバレて良くて国外追放、普通に処刑台送りになる可能性がある。いくらルーム達が強いと言っても国家を相手に勝てるわけはないのである。手段を選ばなければその限りではないが、人類の敵として魔王と呼ばれる覚悟が必要となる。
「あー疲れた、ルーム君悪いのだけれどお水をもらえるかしら」
「こちらに」
戻ってきた2人が水を欲しがるだろうことを予測していたので、水差しにいっぱいの水を入れて用意しておいたのだった。その水はいつもはロサ・ロサが飲んでいる井戸の水であり人間が飲んでも別に問題はない。少しばかりロサ・ロサの機嫌が損なわれるだけである。
「おいしーっ!! やっぱり調査の後の水が1番よね」
「ぷはぁっ、この一杯のために生きてるって感じまでするね」
大好評の水であるが、飲んでも大丈夫と言ったのは嘘ではないが。なんの効果もない訳ではない。実は少しずつロサ・ロサが水質改造に取り組んでおり、暴君薔薇の朝露というド級のレアアイテムでもって恐ろしいほど澄み切った水となっている。極たまにダンジョンに湧くという回復の泉ほどではないが、簡単な回復薬を凌駕する効能は約束されている。
「なんだか疲れが吹き飛んだわ!! これなら夜も調査に行けそうなくらい」
故にこの反応は当然である、実際に回復しているのだから。
「駄目だよ、フィールドワークはちゃんと休んで体調管理しないと駄目なんだから」
「はーい、言ってみただけよ」
ここで2人の腹が鳴った、ロサ・ロサ謹製の水のよって回復した身体は栄養をよこせと主調しているのである。
「ご飯の用意もできてますから、少しだけ待ってくださいね」
ルームが厨房から運んできたのは大量の料理、見た目や匂いはあまり特筆すべきものはないが量が圧倒的である。完全に食事の感覚が狂ってしまっているルームは事もあろうに、大人なのだから自分より食べるのだろうと思っていつもの自分が食べる量の1.5倍程の料理を作ったのである。
「え?」
「これは……」
「どうぞ召し上がれ!! おかわりもありますよ!!」
万面の笑み、それはもう光り輝くほどに、というか実際ちょっと光っている。感情の昂りに呼応して光る類の極小のキノコがちょっとだけ出てきていた。
そんなことに気づかない2人は笑顔の眩しさだと素直に思い、この笑顔を曇らせるわけにはいかないと覚悟を決めた。
「分かってるわねインテル、残したら死よ」
「分かってるさスコラ。やってやる」
ロサ・ロサの水というドーピングもあってかみるみるうちに料理が減っていく、こんなに食べられることを少しだけ疑問に思うが子供の好意を無碍にしないために大人の誇りを総動員して立ち向かったのだ。
「ううっ、これ以上は無理……」
「比喩でなく腹がはちきれそうだ……」
2人は勝利した、山脈の如き料理を見事に攻略したのだ。だが、悪夢は終わらない。メインが終わったら何があるのか、それはもちろんデザートが出てくるのである。
「食後のデザートでーす!!」
重たい音がした、それはまさしく内容物の重さをそのまま示している。大量の果物がそこには鎮座していた。
「嘘でしょ……」
「今日が命日かもしれないね……」
ルームはスコラとインテルが真っ青な顔で果物を見つめているのに気づく、そこでルームは何かを察した。
「もしかして、果物お嫌いですか……?」
捨てられた子犬のような上目遣いでおずおずと聞いてくるルームを見た瞬間に2人の中で何かが弾けた。
「そ、そんな事ないわ!! ねえインテル!!」
「もちろんだよスコラ!! 果物大好きさ!!」
限界を超えてなお挑んだデザートを平らげていく、とっくに無理だと脳が叫ぶ、もうやめろって胃が泣き喚く、それでも止まるわけにはいかない。それが大人の責任なのだから。
「やり、きったわ」
「もう、食べ物は一ヶ月いらない」
真白に燃え尽きたスコラとインテルにかつかつという足音が聞こえてくる。そして金属音、何かを運んでいると思われる。それはもはや地獄から響く笛の音のように2人には思えた。
「お風呂をどうぞ、こちらにありますので」
金属音は洗い物の音であり、ルームは風呂の場所を教えただけだった。それだけなのに、涙が溢れるくらい2人は安堵した。
「泣くほどお風呂が好きなんですね、堪能してくださいね」
住人との生活に慣れたルームがまた人の心を分かるようになるのはまだ時間がかかりそうである。




