客が来た
「ごめんくださーい、やってますかー?」
朝早くルームではない人間の声が苗床亭に響く、無論ここまで近づいて生きているということは敵意あるものでも悪意あるものでもない。2人の人間の装いは大きなリュックサックに水筒、そして大量の紙である。
「はーい、ただいまー」
ヒュープによる8時間睡眠から覚醒したルームがどたどたと音を立てながら入り口へと向かう。
「何のご用ですか?」
「今日から一週間ここに宿泊したいんですが」
「え?」
ルームの目が丸くなる、今まで聞いたことのない言葉だったからだ。この苗床亭に一週間も普通の人間がいたことはないのである。
「あれ? ここって宿ですよね?」
「うん、そのはずだけど。君はお手伝いさんかな? 宿の主人の人を呼んできてもらえる?」
「えっと、僕がこの苗床亭の主人です」
「ええっ!? 君が!?」
男の方が驚いて大声を出す、そんなに驚くかなあと首をかしげるルームを2度見した後にもう1人である女性とこそこそやり始めた。
「聞いたことがある、子供にしか見えない主人がやってる人喰い屋敷があるって。そこは化け物だらけの宿で近づいたら2度と出て来られないらしい」
「何言ってるの、そんなわけないじゃない。あんな子が頑張って切り盛りしてるのよ? 化け物だなんてとてもとても」
そこに音を聞きつけてやってきたのはスィン。寝ぼけながらとてとて歩いてくるのはなんとも愛らしい。
「るー、どうしたのー?」
「ああっ、お客さんの前なんだからそんな格好で出てきちゃ駄目だってば!?」
その格好は全裸に毛布が掛かっているだけというものであった。スィンが気にすることはないが人前に出る格好ではないのは確かだった。
「早く服着て!! ああっ寝ぼけてても力が強い!」
「服いやーっ!! 窮屈らもん!!」
ドタバタと暴れるルームとスィンはなんともコミカルであり思わず笑ってしまうようなおかしさがあった。それによって警戒していた2人も、こんなのどかな場所が化け物の巣窟な訳がないと確信する。
「ふふっ、妹さんかしら? お名前はなんていうの」
「すみませんお見苦しいところを、この子の名前はスィンです」
「そう、スィンちゃんにえっとルー君?」
「申し遅れました、苗床亭主人のルームと申します」
「ルーム君ね、それで一週間の宿泊はできそう?」
「どうぞお泊りください、最上級のおもてなしとはいきませんが誠心誠意もてなさせていただきます」
「楽しみにしてるわね、それじゃあ部屋に案内してもらえるかしら。ああ、その前にお金を払うわね。日ごと? それとも一週間まとめて前もって払った方が良い?」
こう言った場合はどちらでも良いが主人の意向によって決まるのが通例である。
「1日ごとで結構です、見た限り学者様ですよね? この辺りの調査をしに来ているのですから早めに終わることもあるでしょうし」
「それは助かるわ、今日の分はいくら?」
「これくらいでどうでしょう、食事とお風呂付きです」
ルームが提示した金額は相場の半額ほどで、苗床亭が決して高級宿でないことを差し引いても格安と言って良い値段だった。
「こんなに安くて大丈夫なの?」
「ええまあ、なんとか」
ルームが世間知らずであるということもあるが、基本的に貰い物で賄えている食料やらほぼ納める必要のない税金やらが合わさってこれでも十分黒字なのであった。
「駄目よ、せめて5割増にさせて。そうじゃないと私が納得できない」
「え、でもこれで良いって言ってるじゃないか」
男がやんわりと止めるが、女はそれを振り払った。
「こんな子たちがやってる宿屋よ、大目に払っても神は罰を当てたりしないわ。言わばお布施の一環よ」
「お布施って、ここは神殿かなにかかい?」
「ええい、良いのよ。これは社会貢献なのだから!」
小芝居を終えてから言葉通り1.5倍の宿泊料をルームに渡す。ここでこちらが断るとまた小芝居が始まって結局渡されるのを予見したルームは大人しく受け取ることにした。
「ありがたく頂戴いたします。ではお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「私はスコラ、こっちはインテルよ。これからよろしくね」
「はい、苗床亭へようこそ」




