第296話 大賢者の研究室
それは11月16日の昼時。
桜澤撫子から研究室に勧誘され、僕は快諾した。ただし、それを嫁さんに報告すると、不服そうな顔をされた。
「え、撫子のトコに行くの?」
僕としても嫁さんが彼女を嫌う理由は重々承知なので、ここは柔らかく説得してみたいと思う。
「今、この街で協力を仰ぐなら彼女以外に適任者はいないでしょ。これ以上、魔王や魔族の後手に回りたくないし」
「うん。まぁ、それはわかるんだけど……」
「百合ちゃんがどうしても不満だって言うなら、やめるよ?」
「え……ううん。ごめん。私の個人的感情で決める状況じゃないもんね。行こ」
しぶしぶであったが彼女の許可も得られ、堂々と訪問できることになった。
シスルとプリムラは、前日からの疲れで、この日は講義に臨む気になれないという。そこで、彼らにジャスミンの看護を任せることにし、僕は家族と仲間たち全員を連れて桜澤撫子のいる研究室に向かうことにした。
これでローズを除いた『八部衆』全員が揃うことにもなる。
昼食後に全員で向かったが、指定された住所を見て僕も嫁さんも愕然とした。なんと僕たちのアカデミーの新居の、目と鼻の先だったのだ。
「ご近所じゃん!!!」
「ウソだろ……」
道を100メートル歩けば着いてしまう程の距離であった。これほど近くにいたにも関わらず、昨夜から桜澤撫子の気配や生命反応を捉えることができなかったのだから、やはりこの街はとんでもない場所である。
「いらっしゃい」
「おはよォーー!ミンナァーー!!」
明るく出迎えてくれたのは桜澤撫子だけでなく、山吹月見も一緒であった。彼女はアカデミーでは、このヤグルマギ研究室となっている屋敷で世話になっているらしい。ちなみに昼まで寝ていたようだ。
ちなみに使用人は全員が『魔王教団』の信徒であり、彼女たちが魔王であることも知っているという。これなら安心して秘密の会話もできるというものだ。
僕たちは早速、”大賢者”が研究室としている部屋に通され、そこで各々、改めて挨拶した。
こちらの面々は、嫁さん、牡丹、ラクティフローラ、シャクヤ、ダチュラ、フェーリス、ガッルス、ルプス、ストリクス、カエノフィディアである。
特に魔族は、相手が二人とも魔王であるため、嬉しそうだった。
「人間の達人クラスと魔族の幹部クラスが、こうして仲良くしてるんだから、これは圧巻よね」
「ワタシもォーー、ちょっとこれは感動だなァーー」
桜澤撫子と山吹月見は、人魔混合の我が家の『八部衆』に感激している。また、このタイミングで僕のもとに映像通話の着信が来た。相手はローズだった。
『ダチュラから連絡もらったんだが、みんな集合してるって話じゃないか。あたしも交ぜてくれよ』
彼女の急な登場に一番に反応したのは、意外なことに山吹月見であった。
「あ、ロズロズ、おっはァーー!」
『ああ、ツキミ、もう午後だが、おはよう』
この二人は、前日に僕たちと別れた後、挨拶し合って仲良くなったらしい。さすがは山吹月見であると感心した。
ということで、一人だけオンラインだが『八部衆』まで勢揃いし、僕たち一家とその関係者が一同に会することとなった。これは、なかなかの絶景である。
桜澤撫子が使用人に命じて人数分のお茶を用意させるのだが、ここで僕は彼女から意外な物を勧められた。
「白金くん、コーヒー飲む?」
「えっ!コーヒーがあるの!?」
「うん。こっちの世界だと、まだ流行する前みたいで。品数も少ないでしょ」
「そうなんだよ!お金があっても全然、手に入らなかったんだ!」
これは嬉しいサプライズである。この世界に来て以来、僕はコーヒーに出会うことがなかった。日本で仕事をする時は必ず愛飲していたのだが、こちらの世界では紅茶ばかりが好まれており、全く飲めなかったのだ。
「やば……うまい」
久しぶりに口にした香り高い苦みとコクに、僕は一人だけ恍惚の表情を浮かべた。
不思議そうに見ていた仲間たちは同じ物を催促したが、皆、飲んだ直後に苦い顔をしていた。
「ふふふ……まぁ、生まれて初めて飲んだら、そうなるわよね」
桜澤撫子もそれをおかしそうに眺めている。その中で、ただ一人、ラクティフローラだけは、最初の一口で変な顔をした後、何度も何度もカップに口を付けていた。
「これは……妙に病みつきになるものがありますわね……王家でも採用してみようかしら……?」
「うんうん!それがいいよラクティ!王国でも是非、流通させてくれ!」
やはり、この大人の味は、わかる人にはわかるらしい。第一王女が王都に広めてくれれば、いつか王国にもコーヒーが出回る日が来るかもしれない。
その後、砂糖とミルクが出され、それを加えることで他のメンバーもコーヒーをおいしく飲むことができた。
さて、久方ぶりのカフェインを摂取したことで、寝不足気味だった僕は元気いっぱいになり、いよいよ本題に入った。
まずは今後のことを相談するため、僕がアカデミーに来た理由や現在の状況を全て二人の魔王に説明した。また、さらにそこから、昨夜の事件で判明した事実を含め、現状のアカデミーがいかに危機に瀕しているかを語っていった。
桜澤撫子は、何やら感心した顔つきで、僕の目を見ながら、ため息をついた。
「そっかぁーー。ローズちゃんのことも含めて、いろいろ面倒事に巻き込まれてるのね。だから、白金くんともあろう人が、わざわざ学生をやってたんだ。本来なら講師をやるべき人なのに」
「ありがとう。それ言ってくれたの、桜澤さんが初めてだよ」
思わぬ賛辞につい嬉しくなった。すると、コーヒー派ではないためにミルクティーを飲んでいる隣の嫁さんが、口を尖らせて僕にくっついてくる。
「……私は口にしなかっただけで、最初からそう思ってたからね?」
「いや、別に対抗しなくたっていいよ。一緒に学生できるってテンション爆上がりだったくせに」
どうにも嫁さんとしては、僕がほんのわずかでも桜澤撫子と仲良くするのが気に障るらしい。何かあるたびに、いちいち張り合おうとしてくる。僕の嫁は君しかいないのだから、もう少し悠然としていてほしいところだが。
一方で、桜澤撫子は真剣に話を続けようとしている。そこで、彼女はまず引っ掛かった単語を口にした。
「うーーん、でもね、私的にちょっと気になるのが、その……『超魔王』なんだけど……」
「ぶふっ!!!」
と思った矢先、ここで彼女の横にいる山吹月見がいきなりミルク入りコーヒーを噴き出した。何かがツボったらしく、彼女は体を小刻みに震わせている。それを桜澤撫子が訝しげに見た。
「ツッキー、どうしたの?」
「だ、だって……ガネくんってばァ、王国で”聖賢者”とか大それた二つ名で呼ばれてるくせにィーー、魔族の間では『超魔王』とかァ………てか『超魔王』って!……『超魔王』って!!」
ほら来た。やはりこうなる。『超魔王』などという呼称は、普通の人の感覚ならネタでしかない。かつて名付けた嫁さんを僕が叱った時の予感は的中し、案の定、『超魔王』は笑いものにされた。
「うん……そう何度も連呼しないでくれるかな……」
もはや僕は諦め気分でツッコミを入れる。それを後押しするのは桜澤撫子なのだが、彼女もまた、山吹月見と似たり寄ったりであった。
「ダ、ダメだよツッキー。私だって……我慢してたんだから……」
「うん。笑いたかったら普通に笑って。プルプルしないで」
顔を引き攣らせながら僕はツッコんだ。すると、隣にいる嫁さんがニヤニヤしながら謝罪してくる。
「……ご、ごめんね、蓮くん」
「名付けた本人が一番笑ってんじゃないよ!」
ちなみにラクティフローラまでも含め、魔族以外のメンバーは全員が僕に謝りながら笑いを堪えるのに必死だった。
まったくもって心外である。自分で名乗ったわけでもないのにバカみたいな二つ名が魔族の間で流行しているのだから。そもそも僕はその呼称を禁じたはずなのに、どうして出回ってしまったのだ。これに関しては、後でしっかりと調査せねばなるまい。
ひとしきり、このネタで皆が笑いきった後、ようやく真面目な本題に話を戻すため、桜澤撫子が仕切り直してくれた。
「……てなわけで、まず最初に白金くんがアカデミーで困ってるのは、研究室に入るツテが無いってことよね。だったら話は早いわ。この『ヤグルマギ研究室』に入ればいいのよ。教授が不在だけど、助手の私がいれば、手続きは問題ないから」
「それはありがたい!」
入学以来、僕の頭を悩ませていた問題は、たった一言で解決されてしまった。まさか、こんな形で彼女に頼る日が来ようとは。
そして、彼女は次の課題へと話を移行した。
「問題は『百獣の魔王』ね。正直言って、そんな猟奇的な魔族が忠誠を誓う相手ってことは、よっぽどヤバいヤツが魔王をやってることになるわ。人間を殺すのが最大の楽しみとか危なすぎるわよね」
これに僕は深く頷きつつ、ついでに自己の見解も述べてみる。
「もしかすると、そいつが『破滅の魔神王』ってこともあるかもしれない」
「ネーミング的には『超魔王』の方が怪しいんだけど」
「話、戻るからやめようね、そういうの」
再び話が脱線しそうだったので、僕は慌てて止めた。
ここで、少し真面目な顔つきで嫁さんが桜澤撫子に尋ねた。
「ねぇ撫子、こっちにも勇者くんがいるって聞いたけど、『百獣の魔王』って、その討伐対象じゃないの?」
「ううん。このアカデミーにも勇者はいるけど、彼は『暴風の魔王』を討伐するために4年前に召喚された『不動の勇者』よ。ただし、この両者は、共に人畜無害と言ってもいいわ」
「どゆこと?」
「二人とも、私が既に引き合わせて、休戦協定を結んでいるの」
「「え!?」」
予想外の情報に僕たち一行は全員が目を丸くした。
桜澤撫子はさらに詳細を語ってくれた。
「イマーラヤ帝国と違って、こっちでは私、みんなに気配を勇者だと錯覚させて、堂々と生活してたから、『不動の勇者』くんとも友達なのよ。そこで、『暴風の魔王』に会ってもらって、互いに悪事も殺し合いもしなければ、いつまでもこっちの世界に滞在できるってことを理解させたの。そしたら、永遠に休戦しようってことになったわけ」
僕は、ここで新たに登場した魔王の情報を詳しく尋ねてみた。
「その『暴風の魔王』は今どうしてるんだ?」
「私たちの隠れ里である『魔王教団』の村で、畑仕事をしてくれてるわ」
「畑!?魔王が?」
「異世界スローライフに憧れてたんだって」
「いろんなヤツがいるもんだな……」
「ちなみに『不動の勇者』も『暴風の魔王』も戦えば、ものすごく強いわ。たぶん私でも勝てない」
桜澤撫子は淡々とそう述べた。
この言葉に最も驚いたのは嫁さんだ。
「えっ!撫子が勝てないの?」
「うん……あの二人の能力は、認識をズラすってことが意味を持たないくらい物理的に最強クラスなのよ。だから厄介なことにならないうちに、二人を先に出会わせて休戦させたの」
この後、その勇者と魔王がどんな能力を持っているのかも詳細に尋ねた。確かに物理的側面において、両者とも凄まじいチート能力を有していた。特に勇者の方は、どうやったら倒せるんだ?と言いたくなる能力である。まぁ、ウチの嫁さんなら問題ないだろうが。
そして、僕は勇者が呼び出された経緯も聞いた。
「『不動の勇者』を召喚したのはエニシダかな?」
「うん。あの人、国から依頼されたわけでもないのに、自分の研究の一環で『勇者召喚の儀』を実行しちゃったのよ。あとでヤグルマギさんがそれを知って、心底、呆れ返ってたわ」
「つまり、『暴風の魔王』の危険性を誰も認識していないうちに召喚してしまったと?」
「それどころか、共和国は『暴風の魔王』の存在すら認知していないわ。人々が噂で囁き合ってる段階で召喚されて、そこで私が休戦協定を結ばせたもんだから、今となっては魔王のことさえも忘れ去られているのよ」
「完全に呼ばれ損じゃないか……」
「ま、あの二人はこっちの生活を楽しんでるみたいだから、問題ないんじゃないかな。私も放っておくことにしてるわ」
これで判明したが、僕があらかじめ想像していたとおり、共和国は勇者の存在を認識していない。まさか魔王の存在すら把握していなかったとは驚きだが、だからこそ、友好国であるラージャグリハ王国も何も知らなかったのだ。
ゆえにこの地は、いつまでも平和ボケした国なのである。
「とりあえず『不動の勇者』と『暴風の魔王』については理解したよ。逆に、その二人に今回の件を話して、味方になってもらうことは可能かな?」
「どうかなーー?ちょっと難しいかも。どちらもそういうタイプじゃないから……」
「そうか……」
取り急ぎ、現状の問題点と手に入る情報は全て出揃った。
長時間の話し合いになったため、一度休憩を挟むことにした。
すると、ここで元気よく窓から飛び出そうとする者がいた。やる気満々になっているフェーリスである。
「ウチ、今日からはこの街の警備を頑張るニャ!これ以上、マントダエに人間を殺させないニャ!絶対にアイツを見つけ出してやるニャ!」
彼女が意気込むのは珍しいため、非常に嬉しいのだが、心配な点も多々あるため、僕は一度制止した。
「それはありがたいんだが、くれぐれも注意してくれ。そいつの話だと『百獣の魔王』がバックにいるんだ。他の仲間もこの街に侵入しているかもしれない。決して一人では戦うな」
「大丈夫ニャ!」
「それと、今は騎士団が警備を強めている。そっちにも絶対に見つからないようにしろよ」
「ウチはそっちも心配だから見に行くニャ!生半可な人間ではマントダエに返り討ちにされるのが目に見えているニャ!」
そう言って、意気揚々とフェーリスは出て行った。
彼女を見ながら、ストリクスも提案してくれた。
「ご尊父、日中はフェーリス殿に任せ、夜間はワタクシが見回りをしたいと思いますが、いかがでしょうか」
「……そうだな。二人で交代で監視してもらえれば、人々もより安全だろう。お前には仕事ばかりで申し訳ないが、よろしく頼む」
「何をおっしゃいますか!全ては我が主のために!」
こうして僕たちも魔族の力を借りて警備を強化することにした。レーダー検索と気配感知ができないこの街では、身軽な魔族たちが頼みの綱である。今は彼らに任せるのが一番の得策だろう。
さて、僕たちはいったん新居に戻った。
そこでは、シスルとプリムラがジャスミンの看護を続けていた。主に女性であるプリムラが面倒を見、シスルは雑用を手伝っている。
憔悴しているジャスミンは、憎んでいたはずのプリムラの顔を見ても何の反応も見せず、逆に時折、発作のように訪れる恐怖体験のフラッシュバックに脅えると、プリムラに抱きついていた。
そうしているうちに次第に落ち着きを取り戻してきたのか、ほとんど喉を通らなかった食事も少しだけ口にすることができたようである。
「シスル、プリムラ、ありがとう。あとはカエノフィディアが引き受けてくれるから交代してくれ。そして、実は二人には朗報がある」
僕は二人に研究室に入ることを告げた。
そして、彼らも一緒にどうかと誘ったのだ。
「えっ!おれたち、研究室に入れるのか!?」
「ウソ!!」
「昨日、会った桜澤撫子さん。彼女がヤグルマギ研究室の助手なんだ。王国で”大賢者”と謳われる人の研究室だぞ。どうだ?」
「「やったぁ!!!」」
シスルとプリムラは諸手を上げて喜んだ。彼らのような農民の学生を受け入れてくれる研究室は皆無だったため、まるで奇跡に巡り会ったかのように歓喜していた。
休憩後、再びヤグルマギ研究室を訪れた。
早速、彼らを桜澤撫子に会わせると、彼女は二人と別室で面談した。しばらくして戻って来た彼女に僕は尋ねた。
「どうかな?あの二人?」
「とてもいい線いってると思うわよ。特にシスルくんって地味に優秀ね」
「え、プリムラじゃなくて?」
「プリムラちゃんは記憶力がすごいわね。この世界でアレは重宝されると思う。でも、シスルくんの場合は、より実戦向きな思考回路をしてると思うわ」
「へぇーー」
「ということで、あの二人には今、ここの代表的な資料を読んでもらってるわ。こっちはこっちで、今後の具体策を相談しましょ」
そうして、また話の続きを行うことになった。
だが、その前にヤグルマギ研究室の一員となったからには、現在、行方不明の教授本人の身が心配である。
「ところで桜澤さん、”大賢者”がいなくなった時の足取りは掴めたのかな?昨日、エニシダの屋敷に行ったのは、それが当初の目的だったはずだけど?」
「それは事件調査の聞き取り後に、使用人の人たちに聞いてみたわ。でも、ヤグルマギさんが屋敷を訪問したことは、この数ヶ月ないって」
「そうか……」
すると、ここで、ウチの嫁さんが今さらながらに、ある疑問を抱いた。
「そういえば、そもそもなんだけど、シャクヤちゃんの占いで、おじいちゃんは見つけられなかったの?」
これは僕も考えたことがあるが、あえて聞かなかった疑念だ。シャクヤは『精霊の祝福』という特殊な術式契約を精霊と結んでおり、占いが百発百中するという特技を持っている。その代わり、恩恵を受けた反動として、信じられないくらいの勘違いを引き起こすというリスクも背負っているのだ。ゆえに僕としては、あまり使ってほしくない能力であり、だからこそ今まで尋ねることはなかった。
嫁さんの問いにシャクヤは、おっとりとした微笑で答える。
「わたくしが家出して旅立つ決意をする前、最初に試したのがソレでございました。しかしながら、どういうわけか、わたくしの『精霊の祝福』が掛かった占いであっても、地図に示されることがなかったのでございます」
それを聞いて僕も納得した。
「やはりそうか。ここに来たからこそわかったことだけど、この地にある磁場のようなモノが、”大賢者”の居場所の特定までも阻害し、占いの結果に影響したんだろう。逆に言えば、占いで発見できなかったこと自体が、”大賢者”がアカデミー内にいることを示唆している」
この結論にラクティフローラとシャクヤが深く頷いた。強力な占いを扱えるシャクヤでさえも”大賢者”の行方を掴めず、僕たち夫婦に協力を仰いだのは、これが理由だったのだ。
だとすれば、今、真っ先に解決すべき議題は決まったようなものである。
「結局のところ、最も厄介なのは、この地を覆っている磁場のようなモノだ。コレを取り除きたい。コレさえなければ、僕と百合ちゃんなら、いくらでも先手を取れるはずなんだ。”殺人鬼魔族”と『百獣の魔王』も見つけられる。”大賢者”捜索も容易になる」
これに桜澤撫子が相槌を打つ。
「そうね。それなら、原因と思われる『地の精霊神殿』に行って、術式を確かめるしかないわ」
「精霊神殿か……」
「それと、今、思い出したんだけど、精霊神殿の中にもエニシダ教授の研究室があるのよね。ヤグルマギさん、彼に抗議するために、そっちに向かったのかも」
「目的地が重なったね」
「そうね」
「……エニシダの研究室と言えば、僕も気になってることがあった。彼の自宅の研究室にあった書物や手記を全てスキャンしておいたんだけど、ざっと見た感じ、大した代物は置いてなかったんだ」
「だとしたら、重要な研究成果は全て精霊神殿の方に保管してあるのかもね。警戒心の強い人だったから」
「ならば、その調査も兼ねることができるね」
「うん。ただし、今の私は、昔のように精霊神殿に入れる権限がないの。あのエニシダ教授が大神官になってから仕組みを変えられちゃって。だから、今あそこに入るには、能力を駆使して不法侵入するしかないわ」
ということで、いよいよ方針は決まり、現状のあらゆる課題を打破するため、ついに『地の精霊神殿』に忍び込むことになった。しかし、それを任せられるのが、宿敵だと思っていた桜澤撫子のみというのも皮肉なものである。
「桜澤さん一人だけってのも心配だな……百合ちゃん、行ける?」
「「えっ!?」」
僕は彼女のことをまだ完全に信頼しきっているわけではないため、護衛を装って嫁さんに同行を頼んでみた。ところが、これに仰天したのは、嫁さんと桜澤撫子の双方であった。
「ま、待って、蓮くん……私と撫子を組ませる気?」
「白金くん!私に死ねって言ってるの?」
言われてみれば、以前に本気で殺し合いをした二人を一緒にするのは酷な話かもしれない。そう考えつつも、僕は遠慮がちに再度、尋ねた。
「いや……えーーと……ダメかな?桜澤さんを護衛できるのは百合ちゃんしかいないと思うんだ。百合ちゃんは気配を完全に消して、誰にも気づかれずに行動するスキルを持ってるし」
「何それ!私よりも『幻影の魔王』してるじゃない!」
「「………………」」
嫁さんの秘められた能力に桜澤撫子は愕然とし、二人は見つめ合って沈黙した。どうにも気まずすぎるようである。
「あの、白金くん?私一人で平気だけど……」
桜澤撫子はあくまで自分一人でも十分だと主張するが、僕としては彼女を監視できる者を同行させたいのだ。
「この街では何が起こるか、わからないんだ。万が一、桜澤さんでも勝てない相手に見つかった場合、危険だよね?」
そう言って、あくまで心配する素振りを見せると、彼女は、ほんのり頬を赤く染めて黙った。だが、今度は嫁さんの方が進言してくる。
「私も一人で平気だよ?」
「百合ちゃんは絶対、道に迷うでしょうが……」
彼女の言い分は言下に否定された。
「「………………」」
再び見つめ合った二人は、とても歯がゆそうな顔をしている。しかし、やがて観念した桜澤撫子の方が、一歩大人になって歩み寄った。
「百合華ちゃん、て、帝国でのことは、本当にごめんなさい。私のこと、殺さないでくれる?」
「そ、そうね……。これ以上、蓮くんにちょっかい出さないって誓うなら、許してあげないこともないかな」
「鋭意、努力するわ」
「……じゃあ、今日のところは、それで手を打ってあげる」
二人は引き攣った笑みを浮かべて握手した。




