第293話 共に歩む
バジルたち貴族家出身の学生5人組は、喫茶店で優雅にお茶を飲んだ後、帰るために歩きはじめたところであった。
都合の良いことに、あまり人気のない場所を通っている。人目を憚らずにじっくり話をするには持って来いだ。
彼らは、午後にシスルとプリムラをイジメていたところにローズが介入したことを思い出し、ボヤきあっていた。
「ちっ!今さらながら腹が立つな!あんな農民のせいで、公爵令嬢のボクたちに対する心証が悪くなったかもしれない!冗談じゃないぞ!」
「ていうか、どうしてあんな所にローズマリー様がいらしたのかしらね?間が悪いったら、ありゃしないわ」
「せっかくご令嬢とお近づきになれるチャンスだったのに、あれじゃ、こっちが悪者みたいじゃないか!それもこれも、全部、あの虫けらが悪いんだ!」
彼らとしては、理事長の息女であり、絶世の美女であるローズに近づくことは、高いステータスである。しかし、そのタイミングがあまりにも悪かったことをシスルとプリムラのせいにしていた。
ところが、ちょうどこの時である。
彼らの道を塞ぐように当の二人が立っていた。
いつもとは違い、シスルとプリムラの方が彼らを待ち構えていたのだ。その姿を発見した貴族学生たちは、呆気に取られながらも嘲笑した。
「……ん?なんだ、お前たち?」
「さっきの続きをやろうってのか?もうローズマリー嬢はいらっしゃらないぞ?」
不機嫌なバジルとエボニーが、真っ先に彼らに喧嘩を売りはじめる。今し方、呟いていたばかりの恨みをここで晴らしてしまいたいのだ。
「まーーた二人だけでワタクシたちに会いに来るなんて。バカなのかしら?」
「よっぽど、わたしたちにイジメてほしいのね」
「可哀想に。身の程知らずは体に教え込まないとわからないと見える」
さらにはマーガレットとジャスミンも憐れむように決めつけ、剣術部員のペンタスはニヤニヤしながら剣を抜いた。
そうして、彼らの態度を現実に確認した上で、僕と嫁さんは、シスルとプリムラの背後から姿を見せた。
「やぁ、バジル」
これに彼らの筆頭であるバジルは仰天した。
「シロガネくん!!ユリカ嬢!!ど、どうしたんだい?」
「君たちと話があってね」
見られたくない場面を見られたことで、貴族家の学生たちは激しく動揺している。僕と嫁さんは、シスルとプリムラの前に立った。
「彼らは、僕たちの友人だ。君たちは、彼らに何をするつもりだったんだ?」
「い、いや……別に……」
言葉を濁すバジルに嫁さんが問う。
「バジルくん、みんな。私たち、友達になったわよね。でも、それはあなたたちだけを友達にするってことじゃないの。そうでしょ?」
「な……何が言いたいのかしら。ユリカさん?」
バジルにくっついているマーガレットが必死に笑顔を作りながら逆に尋ね返す。その白々しい態度が嫁さんを苛立たせた。
「ねぇ、私たちと仲良くしたいなら、それだけでいいじゃない。私たちは誰も拒まない。なのに、どうしてシスルとプリムラちゃんをイジメるの?」
やんわり言っても通じないと悟った嫁さんが本題を突き付ける。
これを聞いて、キザな学生エボニーが平然と白を切った。
「イジメる?何のことかな?」
「とぼけないで!!!」
一喝した嫁さんに、今度はジャスミンがなだめるように聞き返した。
「ユ、ユリカさん?どうしたのかしら?そんな目くじら立てて?」
「ダチュラに色目使うな、ですってね。好きだったら、まず自分から告白しなさいな!この意気地なし!」
「なっ……!!」
急に図星を指されたジャスミンは、絶句して怯んだ。
彼らの態度に呆れながら僕も一歩前に進み出た。
そして、あくまで友人の一人として、助言するようにバジルに告げた。
「バジル、僕たちに近づきたいなら、普通に来れば良かったんだ。それなのに、邪魔者と見なした彼らにイヤガラセをして排斥するなんて……醜いにも程があるぞ」
「なっ!なんだとオイ!」
これに激昂したのは剣術部員のペンタスだ。彼は剣を収めていたが、再びその柄に手を掛けた。
しかし、それをバジルが止めた。彼は、額に青筋を立てながらも平静を装い、なおも笑顔を向けてきた。そして、お節介にも、僕たちに向かって貴族の価値観で苦言を呈してきた。
「な、なぁ、シロガネくん、よくよく考え直してみたまえ。そこにいるのは虫けらだ。なにも王族と行動を共にするようなキミたちが、一緒にいる意味は無いだろう。品位に関わるというものだよ」
「だから、どうした」
「え……?」
平然と言い返した僕に、彼は目を丸くした。
身分の上下に固執する彼らに、僕と嫁さんは悠然と言い放つ。
「彼らを蔑むなら、僕たちも一緒に蔑むといい」
「私たちは逃げも隠れもしない」
そう。これが僕たち夫婦が下した結論。この異世界で様々な辛酸を味わてきた僕たちだからこそ出すことができる決断であった。
公爵令嬢であるローズマリーが、彼らの前に立ち、頭ごなしに叱りつけたとして、それは所詮、格上の身分をもって制裁するに過ぎない。それでは、彼らがシスルとプリムラにやって来たことと似たり寄ったりになってしまう。
今、僕たち夫婦が、特に嫁さんが望むことは、水戸黄門のように家紋の付いた印籠を振りかざし、権力をもって罰することではない。その逆だ。
ゆえに僕と嫁さんは、地位も肩書も使わず、平民の立場で、二人の友人として、彼らと戦うことにしたのだ。
それは、僕たち自身も、シスルとプリムラと共に、迫害される側に立つということだった。
「平民を舐めるんじゃない!!!」
「私たちは!同じ人間よ!!!」
力強く言い切った僕と嫁さんに、貴族学生5人組は、唖然としながら固まった。
「「………………」」
しばしの静寂の時間が流れる。
やがてバジルが、呆れ返ったような顔で口を開いた。
「やれやれ……バカげてるな。なにをそんなにムキになってるんだ。たかが平民のことで……」
そこに間髪入れず、僕が質問する。
「君たちは、彼らの名前を知っているのか?」
「は?……ははは。必要ないだろ。そんな虫けらのことなんて――」
「シスルとプリムラだ!!!!」
「「………………」」
せせら笑う彼に憤激し、僕は声を荒げて叫んだ。こちらの剣幕に驚く貴族学生たちは一斉に沈黙する。黙り込んだ彼らを睨みつけながら、僕は重い口調で宣言した。
「いいか。もう一度言う。彼らは僕たちの友人だ。次に何かしてみろ。今度は僕たちが許さない」
面と向かって告げられたことで、この時、バジルは完全に開き直った。急に声色も変わり、彼は僕と嫁さんにも蔑んだ目を向けてきた。
「はんっ!!!飛ぶ鳥を落とす勢いの『プラチナ商会』代表だから、ボクたち侯爵家や伯爵家の人間とも釣り合うと思って仲良くしてきたんだ!だが、どうやら見込み違いだったようだな!残念だよ、シロガネくん!」
「残念なのは、こっちの方だがな」
「そんな虫けらをグループに入れるのが君の生き方なのか!まぁ、そうだろうな!多くの客を相手にするのが商売なんだから、一人でも多く、金ヅルは欲しいよな!そうやって今の立場まで、のし上がって来たんだろうな!」
「……本当に残念だな。君は」
他人を見下すことでしか自分を保てないような彼の言動に、僕は心底、憐れみを感じた。すぐ横にいる嫁さんも僕と同じような目をしている。
そこからはまた、不思議な沈黙の時間が訪れた。
実を言えば、バジルたち貴族学生5人組は、僕たち夫婦とその仲間をとても好きでいてくれている。本当は喧嘩などしたくはないのだ。
ところが、考え方の違いと、彼らの卑劣さを真っ向から指摘したことによる逆恨みとで、収集がつかなくなっている。貴族家出身であるがための自尊心が、僕たちの言葉を素直に受け入れるだけの度量を奪っているのである。
互いに睨み合ったまま、次の言葉に迷っている時、ここで急に一同は自分の顔に当たる水滴に気づいた。
ポツッ……
ポツン……
なんと雨が降ってきた。
しかも、すぐに本格的な雨に変わった。
「うげっ!こんな所で足止め食ってるうちに降ってきたじゃないか!」
「嫌よぉ!わたし、傘持って来てないわ!」
エボニーとジャスミンが悔しそうにボヤいている。今にも走って帰りだそうとする彼らに、僕は最後の言葉を投げかけた。
「見ろ。雨は誰にでも平等に降り注ぐ。そこに身分は関係ない」
そして、ただ一人、僕のことを未だに睨み続けるバジルに、僕はもう一度近づき、忠告した。
「いいかバジル、どんなに身分や肩書で自分を飾ろうとも、抜き差しならない現実に直面した時、頼るべきは、一人の人間としての自分の力だ。あるいは、ピンチにすら駆けつけてくれる本当の友人だ。生まれた環境に満足して、あぐらをかいてる君に、それがあるのか?」
これは僕がこの異世界で生き抜いてきた経験から来る、心からの実感だ。だが、問いかけられた彼は、僕のことを嘲笑った。
「はっ……何を言ってるんだ。それは持たざる者の”やっかみ”だろう。ボクたち貴族家に嫉妬してるだけの、負け犬の遠吠えだ。せいぜい平民らしく、現実と向き合って、汗水流して働いてくれたまえ。領主の家系であるボクたちのためにね」
そう言い残して、雨に濡れる頭を押さえながら、他の面々と共に駆け足で去って行った。その後ろ姿に向かって、最後に嫁さんが大声で呼び掛けた。
「バジルくん!!陰でコソコソ他人を陥れようとしてる時点で、自分に自信が無いのがバレバレなのよ!その情けない自分自身と向き合ったらどう?」
さすがは嫁さん。こちらはこちらで、さらに痛烈だ。
彼女の良く通った声は、雨音の中でも彼と彼らに届いたことであろう。それをどう受け止めるかは、まさに自分次第であろうが。
さて、こうしてシスルとプリムラを迫害し続けてきた貴族家の学生たちに、言うべきことを言い切った嫁さんと僕は、非常に満足した。
「ふぅ、これでスッキリしたね、蓮くん」
「うん。それと……雨は平等に降るなんて言っちゃったけど、僕にはコレがある。圧縮空気の壁で巨大傘を作ることくらい簡単だ」
実は、僕たち4人は大して濡れていなかった。僕の上方を空気の塊で覆い、透明の屋根を作り上げていたのである。
充実した笑顔で頷き合う僕たちを見て、愕然としているのは後ろにいたシスルだ。彼は、半ば動揺しながら言った。
「レン、ユリカ……い、いいのか?あそこまで堂々と喧嘩を売るとは思ってなかったんだけど……おれたちなんかのために……」
「全然、構わないさ。あの程度のヤツら。何でもない」
「き、貴族が怖くないのか?おれたちみたいな、ちっぽけな存在なんて、どうとでもできる連中なんだぞ?」
「ちっぽけな存在が負けるとは限らないさ」
かつては、王国から指名手配され、命までも狙われた僕たち夫婦である。今さら、家督も譲り受けていない貴族の子弟に睨まれたところで、何を恐れることがあろうか。
「すごいです……カッコいいです。レンさんもユリカさんも」
プリムラは頬を紅潮させて僕たちを賛嘆した。
ところで、僕としては、今後の彼らの身の上こそ心配である。僕たちに対して逆恨みした貴族学生たちが、腹いせで、この二人に制裁を加えないとも限らない。
武力的にも社会的にも彼らは完全なる弱者なのだ。このまま彼らの住む学生寮に帰すのは忍びない。
そこで、二人にはこう提案した。
「シスル、プリムラ、実は僕たちも一つ、困ってることがあるんだ。友人として助けてもらえないだろうか?」
「「……え?」」
僕は、二人をアカデミーで購入している新居に招いた。
この屋敷は現在、地下室の転移魔法でベナレスの本宅と行き来するためだけに使用しており、日中にガッルスに留守番してもらっているのみで、夜間はもぬけの殻になっている。
もしも誰も住んでいないことが近所にバレると、あらぬ疑いを持たれかねないと懸念していたのだ。
そこで、今まで彼らの窮地に気づいてあげられなかった償いも含め、ここに住んでもらいたいと考えたのである。
「おかえりなさいませ!レンさん、ユリカさん、本日は遅かったですね!ボタン様は一足早く、向こうに転移されましたよ!」
と、ガッルスがニワトリの姿で出迎えてくれた。これに心臓が口から飛び出るかという勢いで仰天しているのは、シスルとプリムラだ。
「「えっ!!!!」」
ガッルスもまた、僕たちが部外者を連れて来ていることに愕然とし、今さら誤魔化すこともできず、気まずそうに、そそくさと無言で奥に戻って行った。
「い……いいい……今、ニワトリがしゃべった?」
「あはは……あとで説明するよ」
転移魔法のことも魔族のことも含め、僕は、シスルとプリムラには全てを打ち明けるつもりでいる。自分たちの秘密を包み隠さず話してくれた二人だ。こちらもそれに応えなければならないと思っていた。
「ちょっと、ここで待っててくれるか?」
嫁さんにお茶を用意してもらい、僕は二人を居間のソファに座らせて、待機してもらった。転移魔法でベナレスの本宅に帰っているはずの仲間たちを呼び寄せるためである。
「す……すんげぇお屋敷だな、シスル」
「プリムラ……驚きすぎて訛りが出てるぞ」
農村出身の二人は、立派な造りの屋敷に面食らい、いささか緊張していた。すると、そこに思わぬ声が届いた。どことなく聞いたことのあるような女性の声であった。
「レーーン、ユリカーー、帰ったのーー?こっちのお風呂使わせてもらったわよーー。庭で稽古してたら雨に降られちゃってぇーー」
と言いつつ、湯上り姿で頭にタオルを乗せた状態のダチュラが、リビングの前に姿を見せたのだ。もちろん服は着替え終わっているのだが、薄着なため、女性としての胸のラインもハッキリと判別できる。
「!!!」
彼女は、そこにシスルとプリムラがいることに気づき、硬直した。これまでずっと男として接してきた相手に入浴直後の姿で顔を合わせる気まずさは、なかなかに尋常ではない。
「「あっ!お、お邪魔しています!」」
屋敷の住人に出くわしたことで、むしろ二人の方が慌てて立ち上がり、挨拶した。どうやらダチュラ本人であることに気づいていないらしい。
「あ……いえ……ごゆっくり……」
それだけ返事をし、ダチュラは目を泳がせながら去って行った。プリムラは感激したようにシスルに言う。
「い……今のは、もしかしてダチュラさんのお姉さんだべか?」
「めちゃくちゃ似てたな……さすがはダチュラの姉さん、綺麗だった……」
シスルなどは完全に別人だと理解し、鼻の下を長くするくらいであった。
一方、よもや僕の知らないところで、このようなエンカウントが起きていたとは知らず、僕はベナレスから仲間たちを呼んだ。
そこで、この夜だけは、こちらの新居で二人を加え、夕食を共にすることにしたのである。
転移魔法の存在。魔族の仲間。ローズがもともとプラチナ商会の専属ハンターである件。僕たちの喫緊の課題はローズの結婚を阻止することであり、最大の目的は行方不明の”大賢者”捜しであること。
さすがにウチの嫁さんがレベル150の勇者であり、娘の牡丹が魔王である事実までは伏せることにしたが、それを除く、全ての情報を僕たちは語った。
食事をしながら、それらを聞いたシスルとプリムラは、頭から湯気が出るような勢いで目を回していた。
「ご、ごめん。レン……なんか、何もかもが、ぶっ飛んでて、おれ、正直ついてけないよ……」
「あ、あたい……今朝から、いろんなことに遭遇しすぎて、頭おかしくなったんだべか……」
彼らの戸惑いに、同席している『八部衆』もラクティフローラもそれぞれ同情しつつ、自己紹介を含めながら安心するよう呼びかけた。
そして、僕は、彼らに真実を語った本当の理由を述べる。
「なかなか受け入れがたいのも仕方ないと思う。この世界の常識では、考えられないことの連続だろう。ただ、これから僕がお願いすることだけは、是非とも理解してほしい。友人としてね」
こうして、夜間に不在となる僕たちに代わり、この新居に住んでもらうことを依頼した。案の定、シスルもプリムラも、いたく恐縮する。
「そ、そんな……悪いよ。レン。こんなすごい屋敷に住まわせてもらうなんて」
「あたいたち農家の人間が、こげな豪邸に住むなんて!使用人ならいざ知らず、普通に暮らすなんて、ありえねぇですだよ!」
必死に拒絶する二人に僕と嫁さんは諭すように言った。
「そうは言うけど、このアカデミーで、僕が信頼できるのは君たちだけなんだよ。僕を助けると思って、引き受けてくれないか?」
「お願い!シスルとプリムラちゃんしか、頼める人がいないの!ね?」
こうした押し問答を何度か続け、ようやく観念したシスルが、プリムラと相談しながら承諾してくれた。
「……わかった。じゃあ、これからよろしく」
「ああ。よろしくな。それと、今後はフェーリスとカエノフィディアとストリクスにも、こっちで暮らしてもらう。今のアカデミーは危険な要素が多すぎるからね。困ったことがあったら、3人に言ってくれ」
これにて、シスルとプリムラがアカデミーの新居の住人となることが決まった。二人の荷物などは明日以降、現住所から移動すればよい。
「いやはや……なんだか本当にすごいことになっちまったな」
「あたい、まだ夢見てるみてぇな心地だ……」
驚天動地の環境の変化に、二人は放心状態である。そして、次第に落ち着いたところで、プリムラが最後の質問をした。
「あ、そういえば、先程、ダチュラさんのお姉さんらしき方に会ったんですが、どちらに行かれたんでしょうか?」
「……それ、私」
今まで男装したまま、ほとんどしゃべらずにいたダチュラが、観念したように恥ずかしそうに言った。こちらの秘密をほぼ洗いざらい教えてしまった以上、自分の正体を隠す意味も無いと踏んだのだ。
もちろん彼女を一人の男性と信じ込み、好意まで寄せていたプリムラはキョトンとするのみである。
「…………え?」
「だから、私」
「ど……どういう……?」
「ウ、ウン!今まで男のフリしててごめんね。私、本当は女なの」
「えええええぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!!!」
この瞬間、今日一日で最大級の大絶叫がプリムラの喉から迸った。エニシダの遺体を発見した時ですら、ここまでの大音量ではなかったように思う。
可哀想なことに、朝からさんざんな目にあってきたプリムラは、最後の最後で精神的大打撃を受け、倒れるように寝込んでしまった。
「恋が……あたいの恋がぁ…………」
カエノフィディアにベッドまで運ばれる間、彼女は、うわ言のように呟いていたらしい。
こうして僕たちは、新しい友人を半ば家族同然のように受け入れ、共に協力しあう形で、保護することに成功したのである。
とはいえ、今回、バジルたちにそそのかされ、シスルとプリムラの真の境遇に気づけなかったことは、僕たち夫婦にとって痛恨の極みである。そのことを反省し、僕と嫁さんは寝る前に確認し合った。
「蓮くん、人って、自分を褒めてくれる相手を善人だと思い込んじゃうところがあるよね。自分に優しくしてくれる人は、他の全ての人たちにも優しくするんだと考えちゃうところが」
「そうだね。僕もいつの間にか、みんなからチヤホヤされるのが普通になってきて、油断してたと思う。百合ちゃん、人は迫害される側になって初めて、世の中の真実を見渡せるのかもしれないね」
「え?」
「上にいて、人から賛嘆され続けると、本当に苦しんでいる人の姿が見えなくなってくる。真実から遠ざかるんだ」
「確かに。そういえば、ほとんどの主人公って、イジメられる側だもんね」
「この理屈だと、人の心に寄り添う真の勇者は、迫害される側にいることになる。為政者の側や多数派の側にはいないんだ」
「わ。なんかそれカッコいい」
等と、仲睦まじく語り合うのであった。
しかし、この時の僕たちはまだ気づいていない。
満月の夜、15日の事件は、まだ続いているということを。
あの貴族家出身の生意気な学生たちが、この深夜に何と遭遇してしまったのかを。




