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ウチの嫁が最強すぎて魔王すらワンパンなんだが  作者: 東条賢悟
第八章 異世界学園と召喚の真実
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第289話 権威は権威に脅える

シスルとプリムラは、再び震えた。


彼らを目の敵とする5人の貴族学生たちに出くわしてしまったのだ。しかも、殺人事件に巻き込まれた帰りという、最も精神的に弱っている状態で。


そして、近づいて来た貴族学生たちの用件も、その事件に関してであった。


「エニシダ教授が惨殺されたんですってね。どうせ最近出入りしていたアナタの仕業なんでしょ?ワタクシにはわかるんですからね」


「セクハラされた恨みでも晴らしたか?」


貴族令嬢学生マーガレットとその許婚であるバジルが、幾分、楽しそうに歪んだ笑顔で決めつけてきた。


人は、相手の罪状を握った途端、自分が優位に立ったと考える。たとえそれが勘違いだったとしても、自分が正義で相手が悪ならば、何をしても許されると錯覚するものだ。


まして、もともと身分が低いと蔑んできた相手が、犯罪者となれば、それはそれは気持ちいいに違いない。


貴族学生たちは今、偶然見かけたプリムラを殺人犯であると勝手に断定し、共にいるシスルを共犯者ということにしたのだ。


しかし、無実を訴えるプリムラは、震えながらも反論した。


「あ、あれは……魔族が……」


その言葉を聞いた瞬間、貴族学生たちは一斉に噴き出した。


「ぷはっ!魔族だとか本気で信じてるのかよ!この女!」


「このアカデミーに魔族なんて出るわけないでしょうが!ちょっと頭使えばわかることじゃない!」


ゲラゲラと笑った後、前に進み出たジャスミンは、この朝、試験前に掴みかかられた恨みを晴らすべく、プリムラの胸ぐらを掴んだ。


「あんた、今朝はよくもやってくれたわね。でも、ご愁傷様。これであんたは殺人犯。しかも大神官という高位の聖職者を殺害した凶悪犯よ。間違いなく死刑ね」


何の根拠もないのに勝ち誇るその顔は、愚かでもあり、憐れでもあり、しかし、だからこそ醜悪だ。無知なる者の傲慢は、言葉が通じないがゆえに、なおのこと理不尽が極まる。


だが、ここで勇敢に反対意見を述べるのはシスルだ。


「ちっ!違う!プリムラは、そんなことするヤツじゃな――」


バキッ!!


ところが、その言葉を言い切る前に、彼はバジルに殴られた。


「シスル!!」


プリムラが悲鳴を上げ、倒れた彼のもとに駆けつける。

バジルは、そんな二人を見下ろしながら、沈んだ目で告げた。


「お前たち、エニシダ教授の研究室から逃げるように出てきたじゃないか。それが何よりの証拠だ」


「やましいことがなかったら、あんなにコソコソ出てこないわよねぇーー?」


彼にくっつきながら、マーガレットも同意する。


そして、シスルとプリムラの前に立った剣術部員ペンタスが、剣を抜いた。


「教授一人がどうなろうと知ったことじゃないが、たかが農民が大神官を殺したってのは、許せないよなぁ。お前たち、覚えてるだろ?次に身の程知らずのことをしたら、この剣の錆にしてやるって言ったよな?」


「「ひっ」」


シスルとプリムラの顔は恐怖で引き攣った。


倒れたシスルと、それを庇うように座り込んでいるプリムラに、剣の切っ先が向けられたのだ。


「この場でこいつらを始末して、下手人として騎士団に引き渡せば、褒美がもらえたりしてな」


キザな学生エボニーが、カッコつけた言い方で、冗談っぽく提案した。

これに他の4人が口を揃えて楽しそうに同意する。


「いいわね。それでワタクシたち、ますます有名になっちゃうかも」


「ゴミ掃除にもなって一石二鳥だわ」


「やっちまえ!ペンタス!」


「おうよ!」


彼らは以上のことを、冗談交じりでヘラヘラ笑いながら言い切った。人をイジメる人間というものは、相手がそれを真剣に受け止めることも理解できずに、何でも言葉にする。そして平然と言うのだ。「ただの冗談じゃないか」と。


ところが、軽い気持ちで剣を動かし、シスルの顔に少し当てるだけで済まそうとしたペンタスは、思わぬ事態に遭遇した。



カキンッ!!



「「えっ……」」


その刹那、全員が目を丸くした。

ペンタスの剣が上空に弾き飛ばされたのだ。


しかも、それを実行した人物が意外すぎるため、皆、呆気に取られている。


「ふーーっ!ふぅーーーーっ!」


目を血走らせ、荒くなった呼吸を整えているのは、なんとプリムラである。


彼女は、すぐそばに落ちていた木の枝を拾い、凄まじい速度で振り上げたのだ。素早く身を起こすのと同時に。


それは、剣術部で剣技の基礎を習得しているペンタスにも反応できない予想外の剣速となった。


これに第一に驚いているのは、幼馴染のシスルだ。


「プ、プリムラ……おまえ……」


「剣術部の稽古を!あたい、コッソリ見てたから!」


「いや、見てただけじゃ……」


彼のツッコみたい気持ちは当然である。稽古を見ていただけで、剣術部員を出し抜く動作をできるはずはない。普通の人間ならば。


ともあれ、そうした疑念は、跳ね上がった剣が地面に勢いよく戻り、突き刺さったことで、一時的に忘れることとなる。


ビスッ!


ちょうどジャスミンの目の前に剣はまっすぐ落下し、地面に刺さったのだ。

当然のごとく、彼女はビックリ仰天した。


「ぎゃあぁーーっ!!!ちょっとペンタス!何やってんのよ!危ないじゃない!」


だが、この場で最も驚愕しているのは、ペンタス本人である。

ジャスミンの文句も意に介さず、彼は激昂してプリムラに叫んだ。


「なっ、なんだ貴様!!!農民の分際で!!」


しかし、実のところ、彼以外の貴族学生たちは、これらも冗談の域だと思っている。バジルとマーガレットは、笑いながら彼に言った。


「おいおいペンタス、いくらなんでも油断しすぎじゃないか?」


「そんなんじゃ、また剣術部の部長に怒られるわよーー?」


「え…………ハ……ハハ……そうだな。すまない。気を緩めすぎたよ」


二人から煽られたペンタスは、冷静になって笑い返した。彼は思い直したのだ。いくら隙を突かれたとはいえ、実力で遅れを取ったとは、誰にも見抜かれていない。それをやった張本人を除いて。


そうして、あえて花を持たせてやった、という空気を作り出し、地面に刺さった剣に近づいて行く。


だが、それを拾い上げるために柄に手を伸ばしながら、彼は密かな憎悪と敵意を背後にいるプリムラに向けた。


(この女!よくもオレに恥をかかせてくれたな!ちょっと傷付けて脅してやるつもりだったが、やめだ!剣を拾い次第、間髪入れずに殺してやる!振り向きざまの一閃に対応するのは、しっかり鍛錬を積んだ者でなければ不可能だ!付け焼刃のお前にできることではない!先に木の枝を振り回したのは、お前なんだからな!これは正当防衛だ!)


そんな彼の殺意と攻撃の気配を感知するなど、本格的な鍛錬を積んでいないプリムラにできる芸当ではない。彼女は、自分でも不思議なくらいに自然と体が動いたことに驚嘆し、木の枝を呆然と見つめるだけであった。


そのため、隙だらけである。


(行くぞ!女!死ねぇ!!!)


プリムラの名すら知らないペンタスは、そんな彼女に向けて剣を振ろうと、柄を力強く握り締めた。



「皆様、どうなさったのですか?」



その時である。

遠方から美しい女性の声が響き渡った。


ペンタスをはじめ、一同は、その方角を向き、仰天した。


「えっ!公爵令嬢!!!」


「ローズマリー様!?」


今やアカデミーで知らぬ者はいない憧れの有名人。ローズが通りかかったのだ。


もはや学園内においては、王国の王女を凌駕する程の羨望の眼差しが向けられた理事長の息女。学生ではないものの、スクールカーストのトップ層に君臨するのと同等の扱いを受ける学園の女王。


どういうわけか、彼女の前に立つと、老若男女を問わず、誰もがその美貌と不思議な威圧感に圧倒された。彼女が”女剣侠”であることなど知らぬ人々は、それが権威と人徳による、常人には度し難いオーラなのだと認識した。


このようなローズ。本名ローズマリーの登場によって、学友を堂々とイジメていた貴族学生たちは、慌てて委縮し、居住まいを正した。


「じ、実は……彼らが転んでしまったので、助けようとしていたのです」


必死に笑顔を作りながら、バジルが苦し紛れの言い訳をした。

彼に向け、ローズはニコッと笑う。


「そうでしたか。とてもお優しいのですね……。ところで――」


と、彼女が言った次の瞬間であった。

貴族学生たちはローズの姿を見失った。


そして、背後から、ペンタスの剣を拾い上げた彼女の声がしたのである。


「何やら物騒な物が落ちていらっしゃいましたよ?」


「「えっ!!!」」


全員が度肝を抜かれた。


実を言えば、地面に刺さったままの剣をローズに見られないよう、彼女の姿を確認した直後から、バジルとマーガレットはその前に立って視線を遮っていた。その間にペンタスに剣を回収させ、鞘に収めさせるつもりであった。


ところが、それら全てを見抜かれた上、先にローズに剣を拾われてしまったのだ。


「このような場所で剣を抜かれるとは、少々、お行儀がよろしくないようですわね?」


優雅に告げるローズであるが、その言葉には鋭い棘がある。


想像を絶する早業に愕然としているペンタスは、震える手で、それを受け取った。文武両道の名門貴族アナータピンディカ家のことは聞いてはいたが、令嬢であるローズマリーすら、これほどの実力があるとは思ってもみなかったのだ。


「も……申し訳ありません。公爵令嬢……」


目を泳がせている彼にもニコッと笑顔を向けたローズは、次に貴族学生たち全員に問いかける。


「さて皆様……人が殺されたというのに、何やらとても楽しそうにお話しされておられましたね?そんなに愉快なことがおありなのですか?」


「い、いえ……大したことでは」


「このアカデミーは、誰もが自由に学びの機会を得られる平等の機関。まさかとは思いますが、何の根拠もないのに、ご学友を殺人犯だと決めつけるようなマネはされていらっしゃいませんよね?」


「な、何をおっしゃいますか。当然ですわ」


「そうですわよね。全ての物事には原理があり、それを証明するためには論拠が必要です。殺人犯を特定するからには、それ相応の証拠があってこそ。でなければ、何のためにアカデミーで学ばれているのか、わかりませんものね?」


「も、もちろんですよ。ローズマリー嬢。そ、それでは……ボクたちは次の講義がありますので……ごきげんよう」


「そうですか。ごきげんよう。……午後は全て臨時休講ですけどね」


ローズからの手厳しい指摘に右往左往しながら、彼らは順々に返答していたが、ついに耐え切れなくなり、逃げるように立ち去って行った。


この一連のやり取りをシスルとプリムラは、呆然と見守るばかりであった。よもや学園が誇る理事長の娘に助けられようとは考えもしなかった。


「あ……あの、ありがとうございます。ローズマリー様」


立ち上がったシスルが、頬を赤くして礼を述べた。

すると、ローズは彼に顔を近づけた。


「あなた、怪我をされてるのではありませんか?」


「えっ!あ、いや……これは別に……」


先程、バジルに殴られたために口内で出血していたのだ。シスルとしては、美しいローズにこれ以上、弱いところを見せたくないため、強がってみせた。だが、そう言っている間にも、痛みが引いていた。


「……あ、あれ?痛くない」


「治癒魔法の宝珠がありますので、治して差し上げましたわ」


携帯端末宝珠を使い、さっさと治癒魔法を施してしまったのだ。これにもうシスルはウットリしてしまい、顔を真っ赤にしてローズに魅入った。


「何か、お困り事があるのではありませんか?」


「い、いえ……大丈夫です!大したことはありません!プリムラ!行こう!帰ろう!」


ローズから身を案じられたシスルであるが、ドギマギしすぎて、話を持たせる自信が無かった。もともとプリムラを連れて急いで帰宅しようとしていたこともあり、彼はすぐにその場を立ち去ろうとする。


ところが、今度はなぜかプリムラの方がシスルよりも前に出た。彼女は、頬を紅潮させながら、何やら口ごもっている。


「かっ……か…………かか……かかかか…………」


言葉にならない言葉を必死に口から吐き出すように彼女は叫んだ。


「カッコいいです!!!」


その瞳はキラキラと輝いている。

これには、言われた当人も、背後から見守っていたシスルも呆気に取られた。


ローズはプリムラのことをマジマジと見つめた。

彼女は、武器として使用した木の枝を手に握ったままである。


実は、ローズがこの場を通りかかった理由は、プリムラの奮闘にあった。ちょうど近くを馬車で通った時、耳の良いローズは、剣が弾かれる金属音を聞き逃さなかった。


事件の予感がした彼女は、直ちに馬車を止めさせ、降りて自らの足でやって来たのである。そうしてプリムラとシスルのピンチを目撃したのだ。


(さっきの音は、この子が木の枝で、剣を弾き飛ばしたってことか?だとしたら、とんでもない逸材だぞ?どう見ても素人の彼女が、剣術部員に一矢報いるなど……)


ローズは様々な意味で驚いた。ともあれ、今はプリムラからの賛辞に思わず噴き出したくなるのを必死に堪え、公爵令嬢としての品位を保つ必要がある。なんとか彼女は自然な笑いに変えることに成功した。


「ウフフフフ。ありがとう。カッコいいなんて言葉、初めて言われましたわ(この姿ではな)」


「はっ!も、申し訳ねぇです!ハイ!」


「いいえ。とても嬉しく思いましたわ。ところで、これから事件があったという大神官エニシダ殿のご自宅に伺うところなのです。父も兄も不在なものですから、あたくしが代わりに。もしよろしければ、案内してくださらないかしら?」


プリムラに感心を抱いたローズは、必要性も無いのに、あえて道案内を頼んだ。しかし、事件現場に再び舞い戻ることなど考えられないため、シスルはすぐさま断ろうとする。


「い、いえ!すみません!おれたちは――」


「知ってます!あたいがご案内致します!!!」


ところが、なんとプリムラ本人が快諾してしまった。


あれほどショックを受けて倒れそうになり、涙まで流したというのに、またあの現場に戻ろうと言う。それほどまでにローズに心酔しているらしい。既に目の色がローズ一色に染まっていた。


「おい、プリムラ!!!」


「すぐそこです!」


シスルの憎らしげなツッコミも無視し、プリムラは案内を始めてしまった。


「では、連れて行ってください。共に歩きましょう」


ローズはニッコリ微笑み、プリムラと並んで歩き出した。その後ろをシスルが慌てて追いかける。


彼が背後から見ると二人の違いは明確であった。ドレスで着飾った長身のローズと粗末な衣服で背の伸びきっていないプリムラとでは、まさに月とスッポンである。


”令嬢と従者”と表現することすら、おこがましく、どちらかと言えば、”女王に連れて行かれる奴隷”の方がしっくりくる程に、二人のコントラストは鮮明であった。しかもそれは、スクールカーストのトップと底辺という、現実の格差でもある。皮肉なまでに、かけ離れた二人が並び歩いている姿が、シスルには痛々しく感じられた。


しばらく歩くと、ローズを乗せていたはずの馬車が待っていた。降りて立っていた使用人が一礼する。


「お嬢様、お乗りくださいませ」


「いいのよ。ありがとう。こちらの方々が案内してくださるそうだから、あたくしは歩きます」


「かしこまりました。近くで待機しておきます」


言われた使用人は、ローズの気質をよく心得ており、すぐに引き下がった。

一方で、その隙にシスルはプリムラに近づき、小声で苦言を呈している。


「なぁ、プリムラ!何してんだよ!せっかくあの屋敷から離れられたのに!レンにだって、あんな啖呵切って別れたのに!」


「だ、だってローズマリー様が、あんまりカッコいいもんだから!あたい、心奪われちゃったのよ!この機会を逃したくないわ!」


「バカだろ!おまえ、本当にバカだろ!」


また、その後ろでは、彼らが話し込んでいるのをよいことに、ローズも携帯端末宝珠で連絡を取っていた。


彼女が小声で通話する相手は、先程からシスルとプリムラを建物の屋根の上から監視していたフェーリスである。


『ん?なんミャウ?ローズ?』


「おい、フェーリス。君はさっきから彼らを見てただろ。どうして何もしなかった?」


『別に命の危険ってわけじゃないから、しばらく観察してたミャウ。なかなか面白かったミャウ。でも、さっきあの男がプリムラって子に殺意を向けたから、あとちょっとで、ウチが石ころ投げて再起不能にしてやるトコだったミャウ。ローズが来なかったら、そうなってたミャウ』


「本当に、いい性格してるな……君たち魔族は……」


そうなのだ。面白いことが大好きなフェーリスは、白金蓮から護衛を任されたにも関わらず、シスルとプリムラが被害にあっているのを楽しそうに見物していたのだ。本気で攻撃される寸前まで手を出さないことにしていたのである。ちょうどそこにローズが現れたというわけだ。


呆れたローズは通話を切った。

やがて、プリムラが言ったとおり、すぐにエニシダの自宅兼研究室が見えた。


その周囲は、相変わらず野次馬の群衆が詰めかけている。

人が通れるスペースなど全く無い状態だ。


「皆様、道をお開けいただけますか?」


そこに放たれたローズの透き通るような声は、人々の喧騒を突き抜けて、驚くほど鋭敏に響き渡った。彼女の鍛え抜かれた呼吸法からは、常人では出し得ない声量を引き出すことができるのである。


「え!ローズマリー様!?」


「公爵令嬢だ!」


「お美しい!!!」


凛とした彼女の姿を認めた群衆は、慌てて引き下がった。まるでモーゼの逸話のように人混みが真っ二つに分かれ、道が出来上がる。


この光景と、それを成し遂げたローズの貫禄に、シスルとプリムラは圧倒されて声も出なかった。


「さぁ、あなた方も行きますわよ」


「え……」


「は、はい……」


振り返ったローズから優しく促されると、戸惑いつつも従う他なかった。


こうして、不可思議な縁により、白金蓮に悪態をついて事件現場から去ったはずの二人は、ローズに引き連れられて、再び舞い戻ることになった。


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