16話 リスト
最悪の事態が起きた。
狭い室内に侵入者。
ナイフをギラつかせる悪夢が目の前にあった。
「人形師・・・!!」
「えらく有名だなぁ!おい!」
赤髪の短髪に鋭い目。
興奮状態にありハァハァと息を漏らしながら弛んだ口から涎がぼとりと落ちる。
理性なんぞ持ち合わせていない青年がガラスの破片を踏みならして距離を詰めてくる。
背後から武装した兵士がこちらに駆けてくる。
しかし人形師は逃げる素振りを見せない。
にへらと笑う顔は諦めと愉悦が入り交じっている。
コイツ、まさか!
青年が見つめる先――リンゴだ。
「ギャハハハ! ここで俺と死ねェ!」
「させてたまるかこの野郎!」
自分の命が大切だとか、死ぬかも知れないとか、
そんなことは一瞬も考えられなかった。
気がつけば刃を突き立て猛獣の如く突っ込んでくる直線に立っていた。
重心を前に傾け、腰を落とし身体で人形師を受け止める。
ナイフが右腹部にずぶりと突き刺さる。
皮膚を、臓器切り裂いて奥へ奥へと抉る。
「スダチさん!」
痛ってぇぇ・・・・・・。
失禁しそうなほど痛てぇよお。
身体が熱いのに震えるほど寒い。
呼吸が辛い、視界が霞んでいく。
今気絶できたらどれだけ楽だろう。
でも気絶するわけにはいかない。
ナイフを抜かれたらリンゴが危ないんだ。
動く体力なんぞあるわけがない。
それでもコイツの手を握ることが出来たのは興奮状態ドバドバだからだ。
「離せェ! 離しやがれ!」
「ばっか。お前は、ここ、で、終わり、なんだ、よ・・・」
「まだ終わらねぇ! もう1人この手でェ!」
「ここで終わりだよお前は――」
瞬間、青年の動きがピタリと止まった。
そのまま床に力なく倒れる。
助かった。
消えゆく意識の中、
そこに立っていたのはクロックだった。
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目を覚ますとリンゴの顔が見えた。
「スダチさぁん!よがっだあああああああああ!」
「うぎゃあああああ!」
飛んできたリンゴを受け止めると腹部の激痛が走った。
また意識が遠のくのを根性で耐える。
ふん!
リンゴは「すすすいません!」と謝罪をして上から降りる。
身体を起こすと見覚えがある場所だった。
「ウォータル第三病院か」
そう呟くと側から声が飛んできた。
「いかにも」
見るとこれまた見覚えのある人物たち。
白い髭を蓄えた老人。
たしかウェイグルとか言ったか。
加えてお馴染み203号とクロック、とアリスとアイクもいた。
これはこれは勢揃いだな。
とリンゴの頭を撫でていると気絶前の光景が蘇り慌てて問う。
するとクロックは顔をゆっくりと横に振った。
「別人でした。 人形師の風に当てられた若者の犯行でしょう」
「チッ。殺人鬼の真似事なんて馬鹿じゃねぇの、ぶっ殺すぞ」
「いや彼はクロックにざくっと槍で逝かれたじゃないっすか」
「うっせぇ!」
アリスは青筋を立てて203号の腰を殴った。
仲いいなこの2人。
にしても不味いことになった。
人形師の真似をするヤツが現れるなんて。
これはますます人形師を早く見つけ出さないと偽物の情報と
混じって捜索がより困難になる。
それに2度も3度も刺されてたまるかよ!
「クロック、お前に協力して欲しいことがあるんだ」
俺は人形師についての考えを彼には話した。
人形師の戦闘能力から戦闘職であること、
医療従事者をピンポイントで狙うことから病院内部に詳しいこと。
そのため人形師は病院職員と関係のある人物かもしれないので、
軍部で調査した職員リストが欲しいことを伝えた。
「うーん・・・」
クロックは暫く腕を組み、眉間に皺を寄せて考える。
「やっぱり厳しい、か?」
「厳しいですね。理由は2つです。1つはリストは個人情報のため閲覧できるのは軍部の幹部以上であること。2つめは仮にリストを手に入れても効果が薄いことです。そもそも人形師が職員関係者だというのは憶測でしかない。それに職員関係者なんてこの街に数え切れないほどいます。職員ひとりひとりの両親・親戚・友人を全て調査するなんて到底無理です。以上の理由からリストの入手は困難であり、リスクの応酬が薄いため厳しいです」
うぐぅ・・・ぐぅの音も出ない反論だぜぇ。
何か進展に繋がるかも、
なんて曖昧な理由で高リスクな仕事引き受けないよなあ。
情報は確かに集まってきている。
しかしどれも曖昧で憶測に過ぎない。
何か、何か決定的な情報がないと人形師は見えてこない。
まーた振り出しだなこりゃ。
別のアクセスを考えないとな。
「スダチさん」
「クロック、俺が間違っていた。謝罪するのはこっちだ」
「俺、リスト取ってきますよ」
「ああ。こっちもすまな・・・・・・お前今なんて?」
俺の聞き間違いだよな?
目でそう問うと、クロックはにやりと少年のような笑みを浮かべる。
「可能性その1、軍部が何か情報を握っているかも。そう、思いませんか?」
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数時間後、病室で待っているとクロックが戻ってきた。
胸には分厚いファイルが抱えられている。
「お待たせしました。どうぞ、コピーですが」
「あ、ありがとう」
ファイルを受け取りパラパラとめくると確かに職員リストだ。
写真、名前、性別、住所、家族構成、調査結果が書かれていた。
「クロック、ホントにいいのか?」
「ええ。原本は戻してきたんでたぶんバレないです。それに何故かは分からないですけど、スダチさんなら人形師を見つけてくれるって思うんですよね」
彼は陽気にそういうとハハハと笑って見せた。
「ありがとう。恩に着る」
そういって手を差し出す。
クロックは「いえいえ」と握り返した。
彼の手は大きく、訓練の跡か出来たばかりの肉刺が出来ていた。




