17話 人形師の情報
刃物を持った男の人が家の中に入ってきた時、足が震えた。
闘う、なんてものは強者の考えだ。
弱者はただ何も出来ずに「恐怖」を抱えて殺されるのを待つだけなんだ。
この「恐怖」を何度も経験してきた。
両親を失い、友を失い、怖い人間たちに暴力を振られる日々。
逃げても逃げても終わることのない無限地獄。
あの時感じた血の気が引く感覚も、またかぐらいに思っていた。
でもあの日、スダチさんが刺された時私は。
私は新しい「恐怖」を経験した。
私に生きる意味をくれた恩人が私を庇って刺された。
このまま目を覚まさなかったら・・・。
そう考えただけで呼吸が出来ないくらい動揺した。
苦しくて、苦しくて、苦しくて――。
あの日私は、「大切な人を失う恐怖」を体験したんだ。
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翌日の早朝。
リンゴ達は外に出ていた。
リストには被害者の情報も載っていたことから、
まずは事件現場に足を運んで情報がないかを調べようということになった。
殺害場所は被害者記録の写真裏に書かれおり本屋で購入した地図を広げながら向かう。
最初に向かう場所は第三病院から少し離れた商店街。
早朝であり閑散とした一本道を歩きながら203号は寒さで身体を震わせていた。
「やっぱり深夜から朝方にかけては人気がないっすね」
「店も開いてないのにワザワザくる場所じゃないからな」
足下に転がる観光パンフレットを横目にスダチは応えた。
時折足下を確認してはぎこちない歩き方をする。
スダチの右足元にはリンゴがいつもより近く添って歩いていた。
その姿はまるで親を見つけた迷子のように、
たしかにそこにいるという安心感を求めているようだった。
203号はリンゴに親を失った自分を重ねたのか、朗らかな笑顔を作る。
「まさか1日で刺し傷が治るなんてビックリすよ」
「自分でも驚いてる。人間じゃないみたいでなんか、自分が怖えわ」
「医者いらずでいいじゃないっすか。お金もかかんないし」
冗談めかすとスダチはブッと吹き出して違いないな、と笑った。
その後暫くすると、203号は地図から顔を離してすぐ目の前の地面を指さした。
「あ、ここっすね」
道のど真ん中。
血を吸い込んで広範囲に赤黒く染まる地面は事件の凄惨さを表わす。
そしてその凄惨さを祀るように
鉄の棒が囲みロープが張られ【立入禁止】の紙が張られていた。
リンゴはこの場所で何があったのかを想像してしまう。
一方的にただ蹂躙される恐怖が頭の中で流れ胃の奥が気持ち悪くなった。
早くこの場から離れたい。
しかしリンゴは目を背けない。
込み上げる熱いモノを必死に胃に戻し、事件跡に目を配る。
これ以上この街に恐怖を蔓延らせてはいけない。
私と同じ気持ちをさせたくない。
はやく人形師を捕まえるために絶対に情報を得る。
リンゴが過去の恐怖に覚えながらもそこに立っていられるのは
紛れもなく「他者」のためであった。
残忍な人間という種を好きになることはできない。
しかし目の前で困っている人を放っておけない彼女の思いが
逃げぬようしっかりと地面に釘を刺していたのだった。
逃げない。
逃げない。
にげ、ない。
「逃げない?」
ふとリンゴは引っかかるのを感じた。
しかしこれは何かヒントになるかも知れない!
スダチに伝えようと顔をあげると彼の大きな瞳と目が合った。
「スダチさん!あ、あろぉ!」
言いたいことが先走り呂律が追いつかない。
そんな彼女を落ち着かせるために彼は大きな手で小さな頭を荒く撫で
「大丈夫。落ち着きな。ほら吸って~吐いて~」
彼の言葉に従って深呼吸をした。
胸の鼓動は少し静かになり、余裕が出来た。
「スダチさん。なぜこの人はここにいたんでしょうか?」
「ん。なぜって人形師に襲われて逃げてきたんじゃないか」
「でもそしたらおかしくないですか?」
「というと?」
「深夜の商店街、人は皆無です。普通ならもっと人のいる大通りに向かいませんか?」
リンゴの言葉に2人はハッとした。
たしかにそうだ。
「お前ならどこに逃げる?」
スダチが問うと203号は難しい顔で腕を組む。
「間違いなく病院方面すね。あそこは人も多い。・・・じゃあなんでこっちに」
大通りを避けて深夜の商店街に逃げる理由。
気が動転しててまともな判断が出来なかった?
いや違う。
こいつは2人殺している殺人鬼だ。
ここ一番で判断を誤るとは考えにくい。
商店街の方に逃げる。
逃げる。
逃げる。
・・・・・・ダメだ全く理由が見つからない。
「スダチさん、わたし分かったかもしれないです」
「理由か?」
そう尋ねるとリンゴは強く首を横に振る。
拳を握りしめ、確信に満ちた目で
「殺しの手口です」
「本当っすか!?」
犯人までは分からない。
でも、どういう人物か今なら分かる。
リンゴは先走る思考を落ち着かせながら、言葉を紡いでいく。
「Cさんは人形師に遭遇する前からここに居たんだと思います。殺人鬼が医療従事者を狙っているという新聞が出回っても、ひとりで人気の無いところを歩く。理由は1つで、Cさんは帰宅中だったんです」
「あーたしかに。深夜に出歩くなんて帰宅中ぐらいっすもんね」
203号は「ああそんなことか」と少し拍子抜けした声で言った。
しかしリンゴの言葉は続く。
「おかしいのは人形師です。みんな人通りの少ない場所で時間もピンポイントで襲撃しています。CさんもDさんもEさんの時も。まるでその人がそこを通るのを初めから知っていたかのように」
背筋が凍った。
筋の通るリンゴの考えに現実味はあったからだけではない。
いや現実味があってしまったからだ。
2代目人形師はただの通り魔殺人鬼などではない。
そうスダチと203号も確信した。
「人形師は被害者の住所を知っているんじゃないでしょうか」
間違いない。
2代目人形師は執着をもった理性の怪物だ。
殺しの衝動本能だけじゃない。
考え、思考し、作戦を練って殺している。
そのことが2人をいやその場の全員を恐怖させていた。
実際にリストでCを探してみると、
この商店街の先に彼の自宅があった。
スダチは慌てて203号に命令する。
地図を広げてD・Eの自宅をチェックさせた。
これでもしD・Eの自宅と事件現場が近ければ人形師の情報が見えてくる。
近づいている、確実に!
リンゴは進展があったことを少し喜ぶ。
「オッケーっす!チェックしたっす!」
「よし、急ぐぞ!」
よし!
この調子で犯人見つけるぞ!
早歩きで商店街を離れるスダチの側に駆け寄ろうとした。
その瞬間、足音が聞こえた。
それも『静かな足音』だ。
相手に気づかれないよう音を消した不自然な足音。
人形師!
リンゴは最悪の事態を想像し、叫ぶ。
「スダチさん!203号さん!」
2人は足を止め、顔を後ろに向けた。
その間にすぐにスダチの白衣の裾に飛び込むようにしがみついた。
「どうしたリンゴ?」
「ど、どうしたじゃなくて!足音です!」
「あしおと?」
聞こえてない?
なんで?
こんな不自然なのに・・・・・・!
そこまで考えてリンゴはハッとする。
人間は耳が悪いからアレが聞こえないのか!!
怖い、怖い、怖い。
目をギュっと閉じ、震える手で白衣を握りしめる。
閉じた暗闇の底。
確実に近づくてくる足音。
リンゴは昨日の記憶が蘇った。
逃げちゃだめだ。
逃げたら今度は、失う。
そう考えると手の力が弱まった。
身体がすこし言うことを聞く。
理性が本能を少しだけ凌駕した。
リンゴは張り裂けそうな心臓をならしながら
腰に差した護衛用の小刀を抜いて2人の前に出た。
彼女のまともでない姿を目にした2人も察し、リンゴの前に出る。
203号は薬品の入った試験管を、スダチは銀の拳銃を取り出す。
すると深い朝霧の向こうから声がした。
どこかで聞き覚えのある声だった。
「お嬢ちゃん、いい勘と度胸だ」
「あ、あれ? あんたはたしか」
現れたのは小太りの中年兵士。
だが筋肉の質はよく訓練の成果がみられる。
全身に均等についた厚い筋肉は小柄でありながら威圧感を与える。
そう、彼はクロックと同じく関所に立っていた男だった。
リンゴは安堵で力が抜け、へたりと地面に座り込んだ。
良かった・・・・・・。
ふぅ、と小さく溜息をつく。
ん?
違和感を感じ顔を上げるとすぐ目の前にスダチの顔があった。
彼は私にだけ聞こえる声で「ありがとう」と微笑んだ。
最初なぜ礼を言われたのか分からなかった。
でもすぐに彼を守ったことを思い出した。
本能を理性で押しつぶし前に出た。
あの一歩があれば次も彼を守れるかもしれない。
リンゴは強い意志を静かに秘めるのだった。
「どうして関所のあんたが?」
「いや早朝に怪しい人影を見つけたもんでな。最近物騒だから付けてたんだ」
「え!? 怪しい人影って何なんすか! 怖いんすけど!」
「お前等のことだよ。何やってんだこんなとこでよぉ」
立ち上がったスダチはあーはいはいと適当に男の説教を受け流す。
一通り大人の説教を受けた終わったところでスダチが尋ねた。
「ところでおっちゃん、聞きたいことがあるんだが」
「おっちゃんじゃねぇ、まだ38だ」
「おっちゃんじゃねぇか」
「ふん。サシムだ。そう呼べ」
サシムと名乗る男は不機嫌な声でいった。
気を取り直して再度問う。
「この街でナイフの腕の立つ仕事ってなんだ?」
「ナイフの腕、ねぇ」
サシムは思案の色をみせた。
無い髪を掻くように頭の後ろを撫でる。
「腕が立つって表現が正しいのか分かんねぇけど、軍人だな」
「全員か?」
「ああ、全員だ」
そういうと昔を懐かしみ、口角を上げ自信に満ちた顔を作った。
「軍人は試験に受かったあとすぐに配属される訳じゃない。研修期間があるんだ。3週間ナイフ一本で森に放り出されて支給自足生活!ありゃトラウマもんよ!配属後も護衛術でナイフの訓練があるな、特に弓だとか槍だとか斧だとか間合いに入られたら危険な武器の奴は受けさせられる。あれは辛かったなぁ~」
やっぱり軍人さんは大変なんだな。
リンゴは切れた跡の残った太く毛深い腕を見た。
この毛深さ、彼は本当に人間なのかしら。
もしかすると獣魔の可能性も・・・・・・・?
「そうか軍人全員か。軍人の中で職員の住所を知ることが出来る奴は幹部以上、と・・・・・・あ」
彼は思考をまとめ口に出して整理していたが急に言葉が消えた。
顔を見上げると時間が止まったように目を大きく開いたまま静止していた。
どうしたんだろう。
心配だが何も出来ることはない。
5秒後。
再び動き出したスダチはポツリと呟いた。
「犯人が分かった」
そう小さく唱えた瞬間だった。
スダチは焦った顔で走り出した。
「調べることができた! お前等はアリスを呼んでこい! 第三病院の前集合だ!」
そう叫ぶとあっという間に彼の姿は見えなくなった。
彼は言った、犯人が分かったと。
そしてアリスさん達を呼べと。
その言葉が意味するのは人形師との接触だ。
「リンゴちゃん!」
「はい!」
203号も事態を理解し、アリスのギルド薪の館を目指す。
すいません。
と軽く頭を下げ、サシムの脇を抜けようとしたとき、
「これ、プレゼントだよ」
サシムはそう言ってリンゴの前に出した。
リンゴは止まっている暇はないので走りながら受け取り、
ありがとうございますと言ってから前だけを見て走る。
走る中で握りしめた手を開くと小さい骨で出来た羊山の頭蓋骨だった。
頭の部分からヒモが伸びている。
キーホルダー?
よく分からない。
だけど他のことを考えている場合じゃない。
リンゴはそう思い、貰ったキーホルダーをポケットにしまい加速した。




