14話 依頼の先払い
「そんで?なんでお前は元ザックと一緒なんだ」
アリスは鼻で笑った。
言外には「お前とは変な縁がありそうだ」といわれてたような気がした。
街の中といい今回といい、縁を感じるところはある。
ただそれが嬉しいか?と問われれば首は縦には動かないけどな。
「この馬鹿とは…。たまたま意気投合して行動を共にしている」
案内状のことを言いかけた刹那、背筋に悪寒が走った。
案内状の話をすれば今度は差出人は誰か?と詰められる可能性がある。
差出人の話題になるのは実に都合が悪い。
魔物と蔓んでるなんて知られた日には俺の首が空を舞うことになる。
そこまで考えが及んで急遽、かなり不自然な嘘を放り投げてしまった。
俺も鼻で笑ってヤレヤレ感を醸し出して誤魔化しながら、
横目でチラリとアリスの方を見る。
「ふーん。どうでもいいけどお前もカビ臭い研究所に居そうな顔してるしな」
「うるせぇよ」
食い気味に言い返すとアリスはケタケタと子供みたいに笑った。
一頻り笑い終えたところで「ただまぁ」と声を落とした。
「あんま研究に精を出さない方がいい。人形師、あいつはマジモンだ」
「人の役に立つことって人形師のことかよ…」
「あ?」
「いや!?何でもない!アハハ…」
口角がひりひりする。
俺は一体どんなぎこちない笑顔をしているのだろうか。
全く嫌気が差す。
今度は神からの啓示があるようだ。
お前は人形師と縁があるぞ。
再度自分に問う。
その縁が嬉しいか?と問われればやはり首は縦には下りない。
ただ興味はある。
殺人鬼と呼ばれる人間を知りたい。
何を感じ、何を思い、何を望んで人を殺めるのか。
常人では決して到達しえない”人に反する人”を知りたい。
そんな感情を抱いてしまう俺は気持ち悪いだろうか。
きっとあの戦争がなければこんな好奇心は沸かなかっただろう。
幸か不幸かは別として、あの戦争は俺の世界観を大きく捻じ曲げた。
『人とはどういう動物か』
そんな途方もないクエスチョンが離れない。
初めて人形師の名を聞いた際に釣られて出てきたコイツをやはり無視できない。
そういう意味でもやはり俺は人形師と縁があるのかもしれない。
ただ何度も言うようだが決して嬉しい縁ではない。
本能であっても本意ではない。
だが人形師に会うにはヤツを拘束する必要があるわけで。
横に居着く小動物と伸びてる馬鹿に目を移すと自然とため息が出た。
「無理なんだよなぁ…」
「え?どしたんですか急に」
「己と周りの非力さに絶望してた」
リンゴは「はぁ」と首を小さく傾げた後に小さくガッツポーズを作る。
「死ぬ気でやってみな?死なないから」
「…どこで覚えたんだよそんな言葉」
リンゴはふんと鼻を鳴らして自慢げである。
そのどや顔をみると何故か可笑しくて鼻から息が漏れた。
死ぬ気でやれ死なないから、か。
自分流に直すとすれば
死にたくないなら死ぬ気になれ、だろうか。
そんなことを考えながら白衣のポケットから一枚のカードを取り出す。
そのカードを向かいに座るマスターに差し出す。
「依頼がある。俺らとチームを組んで人形師探しに協力してほしい。報酬は先に支払う」
アリスはしばらく俺の眼を睨みつけ、鼻で笑って顔を下に落とす。
顔は見えない。
ただ項垂れながらアリスは恥じるような幽かな声で答える。
「そりゃ無理だ。後衛の私ひとりでお前ら全員を守り切れる自信がねぇ」
「ひとりじゃない。俺たちを守るのは2人だ」
「2人たって私の相棒はコイツしか」
アリスの顔は曇る。
言葉には苛立ちが混じる。
しかし俺は続けて条件を提示する。
「報酬は先払いだって言っただろう」
「だから…!」
「俺がお前の相棒を治す」
アリスの動きが電池の切れた人形のように止まる。
何か反論しようとするが言葉が出ずパクパクと口だけが動く。
一度深呼吸し彼女の声はようやく響く。
「そ、そんなことできるわけ…」
「できる」
この交渉は相手にとってお釣りしかない。
何せ本来の目的を果たしながら仲間を救ってもらえるのだ。
しかし人形師に接触したい俺からすると彼らに頼むしか当てがない。
決して公平な交渉ではないが、今取りうる最善であろう。
死にたくなければ死ぬ気になれ、だ。
「俺は最強の回復魔法師だ」
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邪魔なので伸びている男ふたりを外の椅子に移動させた。
ふたりを運び終え、帰ってきた熊のぬいぐるみには右側に血糊がべっとりついていた。
「203号さん結構血出てましたもんね…」
と言って小さな手を合わせて何かを念じている。
彼女の頭の中ではきっと203号の葬儀が行われているのだろう。
こっちの方がよっぽど重傷なんだがな。
さて、仕事を始めよう。
椅子から腰を上げ、魔方陣を展開する。
「さっさと始めよう。痛いのは早く済ませるに限る」
緑の魔法文字がフワフワと浮遊しながらアイクの全身を周回する。
「なんだこの高濃度の魔素は・・・!?」
「アリスさん、私はスダチさんのカバーに入りますので備えてください」
「備えるって何をだよ!」
瞬間、浮遊していた文字は光を放ちアイクを包む。
心臓が熱い。
張り裂けそうなほど激しく鼓動し、その激しさは更に増す。
まるで心臓が握り潰されるような痛みが続く。
地獄のような苦痛に体が耐えきれなくなり、
下から熱いモノが込み上げて、口から一斉に溢れ出た。
口から飛び出た黒血を視界に入れた刹那。
地面を足で押し返す感覚がぷつりと消え、
体勢を保てず身体が地面にたたきつけられた。
だが頭は無事だった。
見ると頭の下には小さな足が敷かれていた。
「大丈夫ですか!?スダチさん」
「さすがリンゴさん。俺のことよく分かってるね」
ベットの手すりに掴まり、上半身の力だけで壁にもたれ掛かる。
「おいお前大丈夫か!?てか急に血吐くしどうなってんだ!?」
「俺の回復魔法は最強だが副作用があるんだ」
「副作用?」
「そう。患者を一瞬で治す代わりに身体のどっかが壊れるんだ。今回は下半身の感覚だから得した方だな」
リンゴの時は聴覚と視覚だったっけ。
キツい2つを引いたもんだがそれに比べれば今回は安いと言えるだろう。
リンゴの方が重傷だったから当然と言えば当然だが。
「すまない。この恩は必ず」
ん。
せっかく身体を張って治したというのに浮かない顔をしている。
そんな一生恩返しします見たいな顔されるようなことはしてないんだが。
「・・・あ、ひとつ言い忘れていた」
「なんだ」
「俺の身体は1時間もあれば治る。気に病む必要はな―」
とピースサインをしようとした瞬間、凄まじい鈍痛が脳に響く。
「クマさん何やってるの!?大丈夫ですかーっスダチさーーーーーん!」
「そういうことは早く言え馬鹿野郎!」
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ようやく足の感覚が戻ってきた。
軽く屈伸をしてアキレス腱を伸ばすとしっかりと痛むのを確認していた頃、
アイクが無事目を覚ました。
アイクには人形師を追っていること
そのための依頼のこと
依頼料として治癒したこと
を説明した後、軽く検査をして異常がないことを伝えた。
するとアイクは深々と頭を下げ、地面に膝をついた。
「もう一度役に立てる身体にして頂き感謝します。依頼の件、忠義を持って引き受けさせて頂きます」
「う、うん。頑張ってください」
これが騎士道というものなのか。
深い忠誠の重さにちょっと押されてしまった。
戦う者はどうもオーラからして迫力があるな。
「あれぇ?アイク結構元気そうじゃないっすか」
のんきな声で203号が入ってきた。
目を擦りながら大あくびをしている。
寝起きかよ・・・寝起きか。
しかし1人足りない。
「おい203号、クロックはどうした」
「さぁ。どうせいつものところじゃないっすか」
「いつものところ?」
「墓参りっすよ。妹の。心が弱るといつもそこに行くんす」
親友が人形師に襲われて心が弱ったのか。
「アイクちょっと見てくれっす。頭むっちゃ痛いんすけど」
「おいおい目覚めの挨拶がそれかよ~」
「いやマジで。このつむじらへんなんすけど」
アイクに向かって頭を傾けると、
おもむろにアリスが寄ってきて思い切り頭を叩いた。
このロリマジで容赦ないな。
でもよくやった。
「いっつぁ!?」
「るせぇ!んなもん唾付けて寝てりゃあ治んだよ!」
「唾っていつの時代っすか?あれですか?おばあちゃんの知恵袋っすかぁ?」
うわあいつ怖いもの知らずだな。
見た目はロリでも銘持ちの魔法師だぞ。
ちらりとアリスの方を見ると不気味に笑っている。
「いやーちょうどベッドが空いてよかったなぁ~?なぁ?」
「誠に申し訳ありませんでした。自分の浅はかさに痛恨の極みにございます」
なんだあの素晴らしく90度のお辞儀は。
絵に書いたように綺麗な謝罪だ。
「いーや許さんこっち来やがれモジャ野郎!」
しばらくの安堵の時間が流れる。
203号のモジャ髪を引っ張りながらキレるアリスを横目に笑っている。
ひとしきり笑い終えたところで病室のドアが開いた。
そこには白衣を纏った老人。
俺を診察してくれた医者だった。
名前は確か、ウェイグルといったか。
「ん?アイク、どうして立っておる。お前は―」
と言いかけたところでウェイグルと目が合った気がした。
彼はふぅと息を吐いて続けた。
「まぁいい。お前がいつまでも取りに来ないからワザワザきてやったのだ」
「あーっ!すっかり忘れてたっす」
「まったく・・・ほれ」
そういって白衣のポケットから10センチほどの正方形の封筒を取り出し、
それを203号へと手渡した。
さっき診察室で話していたヤツか。
たしか研究に必要なものとか言ってたな。
「スダチさん、リンゴちゃん。得るものは得たのでそろそろ戻りましょうか」
203号はそういうと、アリス達にお辞儀をして病室を出た。
そんな急がなくても。
てかちょっと待てよな。
「てことらしいんで俺等も失礼します。また連絡します」
「おう。いつでも助けになる」
「アリスさんまた後で!」
「うん、リンゴちゃんも気をつけてな」
挨拶を済ませ、病室を出る。
ウェイグルの側を通ったとき小声で声が聞こえた。
「ザックを支えてやってくれ」
返事はできなかった。
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203号の後を追って外を出ると来た道と別方向へ歩き始めた。
「おい203号どこいくんだよ」
「もう一個の研究室があるんす。そっちが本命」
「そういう知識は働くのな」
用意の良さがちょっと癪で皮肉を言ってみた。
するとふんと鼻を得意げに鳴らした。
その顔がまたイラッとさせる。
「203号さんはさっき何を受け取ってたんですか?」
「あぁそういえばまだ2人には何の研究をしてるのか言ってなかったすね」
「人形師だろ?」
ちょっと得意げな鼻をへし折ってやりたくて小賢しく言ってやった。
すると目を丸くして知ってたんすかと素っ頓狂な声を出した。
その間抜けな声が妙に面白くて笑ってしまう。
「正解っす。僕の発明品で人形師を探すんす」
「それと病院が関係あるのか」
「もちろん!」
203号はまた大きく胸を持ち上げ、先ほどの封筒を見せる。
「この袋には事件の被害者と人形師と思われる者の血液が入ってるっす」
「血液?」
「僕の発明は【血液照合】っすよ」




