13話 ウォータル国立第三病院
「おいどこまで行くんだ」
「うひぃ~・・・もう疲れました・・・」
「ふたりとも若いのに体力ないっすねぇー」
203号はその場で駆け足をしながら呆れる。
しかし俺とリンゴの体力は限界を迎えていた。
脱走してから1時間、橋の下、屋根の上、数十センチ幅の小道。
悪路という悪路を荷物と共に駆け抜け今に至る。
俺はカバンを捨てるように地面に下ろし、石橋を背に倒れるように座り込む。
肩を大きく揺らしながら大きく呼吸をして息を整える。
口の水分は全て消え、込み上げてくる咳に痰が混じる。
これが喫煙者の末路だ覚えておけ。
リンゴの方を見るとカバンに抱きつき完全に伸びていた。
魂が抜けたようにピクリとも動かない。
少し不味そうだ。
重い体を叩き起こしリンゴの元へと向かう。
「・・・リンゴ、大丈夫か?」
「うへぇぇ~・・・」
体を触ると熱い、皮膚も赤みを帯びている。
それに呼吸が荒い割に発汗が少ない。
加えて目を回すほどの疲労と脱力感――間違いない
「脱水症状だ」
「えっまだ1時間ぐらいしか移動してないっすよ!?」
「いやリンゴの歳を考えれば十分に成り得る」
今の時刻は15時、雲ひとつない快晴。
気温こそは暑すぎる事はないが街中を流れる用水のせいで湿度は上がる。
加えてここは中部。
背の高い建物が建ち並び風の通りが悪い。
それだけでも環境が悪いのに更にネックなのはリンゴが背が低い獣魔ということだ。
背の低いリンゴは地面に反射した熱をモロに受ける。
また獣魔は獣の性質を併せ持ち、体内の熱をため込みやすい。
熱を逃がそうにも衣類やカバンで熱が籠もり逃がしきれなかったのだろう。
リンゴのキャパシティを把握しきれなかった俺の責任だ。
すぐに処置しなければ。
「203号水と氷を持ってきてくれないか」
「いやその必要はないっす」
「なに?」
203号はリンゴを担ぎ上げ右肩に背負う。
そしてふふんと自信ありげに空を指さした。
眩しい。
目を細めて指の先を追う。
いち、に、さん・・・5階建て。
白を基調とした建物。
敷地の広さ、立地からアパートではない。
敷地内に簡易な公園、駐馬場、赤いハートのエンブレム。
あのエンブレムは
「ウォータル国立第三病院。俺の研究場所のひとつっす」
「そうか病院で応急処置してもらえば!」
「ご名答っす!」
ニカっと笑うと203号は駆け出す。
慌ててカバンを拾い上げ後を追う。
おかしい。
203号は15キロの荷物にリンゴを担いでいる。
なのに一向に距離が縮まらない。
それどころか差が広がっている。
「あいつ、どんだけ、体力、あん、だよ!!」
病院のエントランスに辿り着いたころには過呼吸状態に陥っていた。
リンゴではなく俺が。
床にへたり込んで息を荒くしていると白の服を着た若い女性が血相を変えて飛んでくる。
「どうしました!?大丈夫ですか!?」
「ぜぇ・・・いえ、だいじょ、ぶ・・・で、」
ダメだ声が出ない!
違うんだ、俺は病人じゃないんだ!
頼む察してくれ・・・!
そうだ、手話だ!手話なら伝えられる。
見ろ俺は大丈夫だ!
血相を変えた看護師の目を凝視し、平手で胸を2回叩く。
(俺は、大丈夫、だ)
瞬間、女性はハッと身を固めた。
そして顔を真っ赤にして震えてる。
ありがとう若きナースよ。
だが恥じることはない誰にも間違いはある。
誇りを持てくれこれからも多くの人を救ってくれ。
君は最高のナースだ。
「・・・む」
(む?)
「胸を押さえてる!心臓疾患かも!みんな急患よ!急いで!」
「いや、あの!ちがッ・・・」
俺の声は届くことはなく、
同様に血相を変えた白の女性達が3人が俺を囲む。
さすがは国立病院に勤める看護師様、完璧な連携だ。
あっという間にタンカーに乗せられ、123のかけ声と共に体が浮く。
一人が指揮を執り、二人が駆け足で俺を運ぶ。
運び込まれた先は個室で4メートル四方の小さな部屋。
部屋には椅子が二つにベッドが一台にデスクが一台。
そこのずっしりと居座る白髭のお爺さん。
ベットに移され上からのぞき込まれる。
「先生!急患です!」
「ん~まぁ・・・軽度の熱中症だねぇ」
「・・・へっ?心臓疾患じゃなくてですか?」
「心臓疾患?誰が?」
なんかホントごめんなさい・・・迷惑かけて・・・。
「塩水を一杯飲ませておきなさい。それで大丈夫だ」
老いた医者は若い看護師に指示するとデスクに向かってカルテを書き始める。
1分もしないで若い看護師から塩水を受け取り補給する。
気づかないうちに熱中症になってのか。
今度から気をつけないとな・・・ってリンゴ!リンゴを探さなければ!
「あれ?スダチさん何やってんすか?」
そこには203号とリンゴがいた。
リンゴは意識がはっきりしたらしく自分で氷の入った袋を頭に当てている。
というか俺をほったらかしてどこ行ってたんだ203号。
お前のせいで大変だったんだぞ。
と言う気持ちを込めて睨み付けておいた。
「リンゴ、もう大丈夫か?」
「はい!体も熱くないですしピンピンです!」
良かった。
額を触れてみるとたしかに熱も下がっているようだ。
「ウェイグル先生お久しぶりっす」
「ザックか。最近姿を見せないと思ったら」
「名前売ったから今は203号って名前なんすよ」
「はぁ・・・お前ってヤツは・・・」
こんな深い溜息初めて聞いたわ。
心の底から呆れるとあんな感じになるのか。
それよりこの爺さんと203号は知り合いのようだがどういった関係なのか。
じっと二人の会話を見ているとそれに気づいた爺さんが口を開く。
「ザックはワシの孫だ。ワシの娘の息子にあたる」
「孫じゃないっすよ。血も法律上も繋がってないっす」
「はぁ・・・お前ってヤツは・・・」
また深い溜息。
爺さんは203号に相当頭を悩ませているようだ。
まぁその気持ちは十二分に分かる。
こいつは研究費のために名前を売るようなバカだ。
きっと爺さんとこいつの間にも色々あったのだろう。
だがここで首を突っ込むのは野暮ってもんだ。
「それで。いつものか」
「それもあるっすけど。今日のメインは別にあるっす」
「ああ、なるほど」
爺さんは全てを察したように頷いた。
そして看護師にカルテを渡し席を立つ。
白衣のポケットに手を突っ込み出口に向かって歩き出す。
「アイクなら東館の203号室だ」
「おぉ~俺と同じ名前っすね!」
「はん!馬鹿もんが・・・。ワシは飯に行く。ブツは帰りにでも撮りに来い」
「いつもありがとうっす」
爺さんはそのまま部屋を去って行った。
203号はそのまま数秒間ドアを見つめていた。
彼は今何を感じているのだろうか。
そして爺さんの入った『ブツ』って何だろうか。
気になるような、関わりたくないような複雑な心境だ。
ん。そういやアイクって確か――。
「さっ!行きましょうか!」
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東館へは各階に設けられた通路を通ってゆく。
まず2階に上がり東館へと移動した。
目的地は203号室。
そこは相部屋ではなく完全な個室部屋であった。
真ん中にカーテンで仕切られベットの影が見える。
そこに人影が3人。
ひとりはアイク当人だろうがあとふたりは・・・客人か。
「お邪魔しますっす!」
203号がカーテンを開ける。
するとそこには不機嫌な少女と青年がいた。
「ああん?次から次へと誰だ?」
「ゲ」
ヤベッ・・・!
慌てて口を塞ぐ。
横目でチラリと少女を見ると眉間に深すぎる皺を刻みガンを飛ばしている。
「今お前わたしをみて『ゲ』って言わなかったか?――ってお前」
「ま、また会いましたね、アリスさん」
「おう、久しいな。どうした、依頼か?」
声に以前ほど覇気がない。
やはりあの事件のことを引きずっているのだろう。
いやむしろ引きずるなという方が無理な話だろう。
ベットに横たわるアイク。
今は鎮痛剤をうって眠っている。
「ちょっと診てもいいか」
「ああ。あんたは回復魔法師だったな」
布団を剥がし服を脱がす。
上半身に切り傷12カ所、下半身に9カ所。
場所は両腕と左足に集中している。
左足の切り傷がひとつ股裏を抉って腱が損傷。
外傷は以上だ。
問題は体の内、内臓が潰されているな。
「全治2ヶ月。内臓が治っても歩けるかは保障できない。といったところだな」
腱の傷が思ったよりも深い。
現代の回復魔法の治癒域を超えている。
歩けなくなる可能性の方が高い。
「さすがだな。昨日まったく同じ診断を貰ったよ」
アリスは俯きながら応える。
足に置かれた両手は力強く握りしめ振るわせる。
数分の静寂。
それを破ったのは部屋にいたもうひとりの青年だった。
「スペンズワーズさん、来てくれたんですね」
「君はたしか・・・」
この青年には見覚えがある。
俺とリンゴがこの街に来て一番最初に出会った人物。
「警備隊番課クラフト隊所属、クロック・サンバードです」
「おお。やっぱり君か」
彼は昨日俺の検問をした門番青年だ。
でもなんであのときの青年が?
「僕とアイクとそこのザックは幼なじみなんです」
「おーよクロック!あ、でも今はもうザックじゃないっす」
「は?」
「名前は売ったから今日からは203号って呼んでくれっす!」
「ハァァァァ!?」
「うるせェェェェ!病人が起きんだろうが!」
瞬間、部屋に3メートルを超える熊と兎のぬいぐるみが現れ、
クロックと203号の頭を殴り、地面にたたきつけた。
もちろん意識なんぞ残るわけもなく目を回して伸びている。
床には頭から吹き出した血がほとばしる。
「おぉ~ウサギさんだぁ~!」
リンゴは目を輝かせ3メートルの二足歩行ウサギに抱きつく。
キャッキャと嬉しそうにじゃれている。
先ほど大人2人を殴り寝かせたウサギとクマは何事もなかったように
リンゴを抱きしめコミュニケーションをとっていた。
「これが念動術の魔法ですか」
「まぁな。相変わらず弱点は多いがな」
懺悔のような目で眠る相棒を見つめる。
今回の事件はアリスの弱点を突かれた敗北だ。
人形師はナイフを扱う超近距離型。
反対にアリスは念術で人形を扱う中遠距離型。
念動術士にとって近距離は最悪の相性だ。
「クロックもギルドに引きずりこんでおくべきだった」
たしかクロックはアイクと幼なじみだったか。
彼は番課だから上位兵ということになる。
ボルカ帝国では上位兵士になるには2つのルートがある。
1つ目は軍事学校に入り軍事訓練を2年受け最終試験に合格する方法。
2つ目は定期的に行われる徴兵試験で好成績を修める方法。
ちなみに世間では1つ目を入校組、2つめを一発試験組と呼ぶ。
クロックの配属先の番課は上位兵が配属される。
番課は主に入国者の審査や記録、防衛を果たす。
門は街の要、もちろんそこには『優秀な者』が就く。
そこに配属されたクロックはもちろん上級兵。
戦闘能力において申し分はない。
「誘ったんですか?」
「誘ったさ。アイクをスカウトする時にな」
アイクも元は兵士志望だったのか。
悪いが公務向きの顔じゃないがな。
「でも断られた」
アリスの瞳にクロックとアイクが映り込む。
彼女は過去に巻き戻るようにじっとふたりを眺める。
そして記憶を辿るように彼女は「断られた理由」を話し始める。
その昔、幼なじみ3人は孤児院に生を受けた。
天涯孤独スタートのシビアな開幕だ。
203号は運良く養子として迎えられ10歳で孤児院を出た。
しかし残されたアイクとクロックはこれから1人で生きていかねばならない。
孤児院はある程度働ける年齢になると出て行く決まりがある。
そんな底辺とも呼べる位置から唯一脱却出来る方法がある。
1つは一発試験に受かり上位兵士になること。
一発試験には家出は不問、ただ優秀であればいい。
2つめは労働派遣ギルドの戦闘部に入ること。
これもマスターの許しが貰えればいい。
底辺が中流~上流階級になるにはこのルートしかない。
結果アイクは労働ギルドへ、クロックは上位兵の道を進んだ。
クロックが上位兵に就いた理由は出来高制のギルドと違い、
すぐに安定した金が手に入るからだった。
彼にはとにかく「金」が必要だった。
妹が病に伏していたからだ。
妹の治療費を払うために彼は安定職の上位兵になったのだ。
しかし虚しくクロックの妹は半年前にこの世を去った。
という話だった。
「私も直に見たわけじゃないが、クロックは近接の天才だそうだ」
近接の天才・・・。
一発試験で受かる程の天才。
半年前に妹を亡くしている。
まさかクッロクが自暴自棄になって
「ちげぇよ。こいつは人形師じゃねぇ」
アリスは笑いを含みながら否定した。
俺の思考は読まれていたらしい。
「声も違うしあとクロックは槍使いだ」
言われてみればそうか。
クロックが人形師ならマスターのアリスとワザワザ戦闘しないだろう。
それに幼なじみを傷つけるはずがない。
近接が得意だからって結びつけるのは安直すぎたな。




