12話 面白い男
『人形師が出た』
街はその話題で持ちきりだった。
一歩外に出ると「号外だ号外だ」の声と共に大量の新聞紙が宙を舞う。
大衆は落ちた新聞を拾い上げ驚愕する。
ただの驚愕ではない。
まるで背後から刺されたような不意打ちで衝撃的な驚きだった。
街は人形師に慣れていた。
1ヶ月前の事件を皮切りに、3日に1回は人形師の事件が新聞に出る。
初めこそは猟奇殺人鬼の出現に街は戦慄した。
「号外だ号外だ」と大量の新聞紙が宙に舞い、大衆は恐怖した。
しかし日を重ねるごとに号外は消え、一面には載るものの以前より騒がなくなった。
最近では「魔物ではないか」と冗談を言う者も増え、街は落ち着いた。
街は慣れてしまったのだ。
人形師という言葉に、事件に。
きっと政府やギルドがなんとかしてくれる。
私は医療従事者じゃないから狙われない。
そのうち人形師は街から消える。
心のどこかでそう大衆は感じてしまっていた。
感じていたからこそ今回の新聞の一面に彼らは戦慄する。
『薪の館が負けた』
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「アリスさん、大丈夫かなぁ・・・」
リンゴが細く呟く。
カバンの持ち手をギュッと力強く握りしめている。
「アリスさんは大丈夫だ。新聞にそう書いてあったろう」
「いやそうじゃなくて・・・。心の方と言いますかなんと言いますか」
「確かに心配だがな。でも気を配るべきなのは今だ」
新聞によると昨夜、人形師と接触したのはレストランで会った2人。
マスターのアリスと側近のアイクだったようだ。
時刻は深夜の2時ごろ、場所はここウォータル西区メインストリート。
奴がひとりで徘徊しているところを捉え戦闘へ。
結果は惨敗。
側近のアイクがアリスを庇い、重傷を負うことで幕を閉じる。
死者は出なかったが、街へ残した衝撃は凄まじいものだろう。
何せ、銘持ちが負けたのだ。
それも2対1の数のハンデを持ってして。
当分街は騒がしくなるだろう。
政府は今回の事件、どう切り出すのかね。
・・・ん?
服の裾が引っ張られている。
見るとリンゴが目の端に少し涙を浮かべている。
しかし目は強く強く俺に対し訴えかける。
こんな顔、以前も見た気がする。
どこだったか。
「どうした?」
「あの、その・・・お願いが」
思い出した。
ヴィーバ村へ向かう途中だ。
仲間になってすぐ「残酷な世界」について語った時、
彼女が怒った時と同じ決意の目をしている。
「いいよ」
「えっ・・・私まだ何も言ってないんですけど・・・」
「いいよ。相棒のお願いなら何でも聞くさ」
「あ、ありがとうございます!」
たまには相棒のお願いも叶えてやらんとな。
いい歳こいて子供好きなだけ連れ回すだけとか客観的に不憫すぎるしな。
俺はおとなだから!
と言うのは冗談。
ただ彼女のあの目に俺は弱いらしい。
・・・俺はイエスマンの素質があるのかもしれん。
「お願いのことなんですけど!」
「うん」
「アイクさんを治してくれませんか?!」
「構わないよ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「はは。君は本当に優しい子だな」
可笑しい子だ。
アイク君とは昨日知り合っただけなのに。
それを助けてくださいだなんて。
その献身的な性格、医者向きだなこの子は。
っと危ない危ない通り過ぎるところだった。
「ここだな」
到着した場所は高さ10メートルのレンガ超のアパートメント。
1フロアに3室の3階建て、合計9部屋を持つ建物だ。
ただかなり古いようで板の上を歩くと悲鳴を上げる。
ギイイイィィィィイ
「ヒイイィイィィ!」
「ちょっリンゴさん煩いよ」
「仕方ないじゃないですかだって音なるんですもん!」
音に敏感な獣魔には苦手な音らしい。
俺の裾を握りしめながら追従する。
それだけなら「まだまだ子供!可愛らしいなぁ」で済むのだが、
何せ彼女、服の上から俺の肉まで握っているので正直すげぇ痛い。
何度も言うが彼女は獣魔。
獣魔には鋭利な爪がある。
もう俺が言わんとしていることが分かるだろう。
横腹に穴が空きそうです。
「こ、ここ、ココデスヨ。リンゴチャン」
痛い痛い痛いもうホント無理。
声抑えるので必死なんだが!?
「あっ!すいません!服握ったまんまで・・・」
「イインダヨ」
やっと解放された。
結構取り返しのつかないぐらいまでいきかけた。
大丈夫だよな、俺の横腹?全っ然感覚ないけど?
「203号室、さん?」
「これは部屋番号だな。名前じゃないよ」
目的地はここ。
2階の最奥203号室。
ネームプレートは当然ない。
耳を扉に立て澄ましてみると音がする。
紙のすれる音。
ペンが紙に触れる音。
ガラスとガラスが触れる音。
どうやらこの奥に誰かがいることに間違いはない。
差出人は獣魔。
胡散臭いを体現したかのような獣魔に「面白い」と評される住人。
気を引き締めていこう。
どんな奴が現れても平静に、冷静にだ。
コンコン。
扉を叩くと足音だけが近づいてくる。
その音はだんだん大きくなり、すぐ目の前。
木の扉を挟んで数十センチ向こうに気配がする。
ガタン。
整備なんか全くされていない。
汚く朽ちた茶黒い扉がゆっくりと開く。
さぁ、かかってこい。
現れたのはうねった赤髪の男。
手入れの施されていないクセっ毛は目を覆う。
肌は白く、髭は少しもない。
上下は黒のシャツと黒のスウェット姿で赤いサンダルを履いている。
身長は俺より握りこぶしひとつ分ほど小さい。
見た目は不摂生だが細すぎない。
まさに中肉中背の男だ。
「・・・何か」
声は若い。
見た目の割に幼く透き通った声だ。
髪同様クセがあるぽいけど、人間だよな?
「・・・あの?」
「あ、ああ!これを君に見せるよう言われてね」
いけないいけない。
俺は紙と一緒に渡された拳銃を差し出した刹那-男が変わった。
「うおおお!これはとんだ失礼を!申し訳なあああい!」
「へ?」
男は慌ただしく両手を重ね謝罪し、家の中へ案内される。
さっきまであんなに無愛想な応答をしていたのに、銃を出した瞬間に豹変した。
おそらくこの落ち着きの方が本当の彼なのだろう。
「いやぁ汚くてすいません!片付けるの苦手でしてね~」
と笑いながら机の上に積み重なった本を床へなぎ払う。
そして「飲み物入れますね」と小走りでキッチンへ向かっていく。
何というか・・・雑だなぁ。
部屋を見てみると彼のいい加減さがよく見れる。
まず床には分厚い本やら紙やら何かの道具やらが所狭しと散乱して
足の置き場がない。
電球も、窓も本棚も埃を被っている。
「あの、どこに座ればいいんでしょか」
「俺もそれを考えてた」
するとキッチンの方から男の声がする。
「どこでもいいっすよ。何なら机にでも座っちゃってください!」
「お、おう」
さすがに本の上に腰を下ろすのは忍びないし気持ちが悪い。
仕方がないので机の上にお邪魔することにした。
・・・気持ち悪い。
机は座ってはいけないと母親に言われていたし、ずっとそうしてきた。
それを急に座ってねと言われるとなんかこう、気持ちが悪い。
とはいえ郷に入っては郷に従えともいう。
耐えるんだ俺!
「いやーまさか本当に会えるなんて、僕光栄だなー。あっこれどうぞ」
「ありがとうございます」
これー・・・水だよな。
なんかコップも汚いし。
臭いを嗅いでみる。
「薬の臭いしないでしょ?今日のために奮発して火にかけて蒸留したんすよ~」
「そ、そうか」
男は自慢げに「今日の水」について語る。
久しぶりの客だからより旨いとか最近光熱費がどうとか、あそこの水はダメだとか。
男は金に余裕のある方ではないらしい。
じゃあなんでこのアパートに住めてるんだ。
「あの」
「はい?」
「あなたは一体をしている方なんですか?」
「へ?分かってて融資してくれるんじゃないんですか?いつも手紙に書いてますよね?」
融資?
「あんた達、本当にあの融資者様ですか?」
男は顔を俺のすぐ近くにまで近づける。
目は見えないがきっと訝しい目つきになっていることだろう。
てか髪の毛が目に入って痛い。
「いや実はこの銃は預かったんだ」
「預かった、ねぇ~」
「そんでもって、この住所に行くように言われたんだよ。面白い男に会えるからって!」
何か冤罪にかけられそうな気がして、慌てて男に紙を見せた。
そこには手書きでこのアパートの住所が書かれている。
男はそれを見るや否や謝罪した。
「この字は間違いなく僕の融資者様のもの。疑って申し訳ないっす」
「いやロクに説明もしなかったこちらにも非はある。すまなかった」
「ということはあなたたちは融資者様の使者ってところっすね」
「まぁ、そんなところだ」
雑で荒っぽくて、クセがあって。
でもいい人そうだ。
いい意味で期待を裏切られたといったところだろう。
「俺はスダチ・スペンズワード。で、こっちがリンゴ」
「よろしくっす!」
「君は?」
そういうと男は固まった。
そして手に持っていたコップを机に置き、椅子に片足をかける。
フンと自慢げに腰に手を当て、釣り上がった目をこちらに向けた。
「僕は将来の偉人発明家になる予定の男っす!!夢は僕の発明で多くの人を救うこと!歳は18歳AB型っす!あ、名前?203号君とでも呼んでくれっす!」
興奮で揺れる肩、荒い息づかい。
捲し立てるような早口で堂々とした口調に圧倒される。
「ほら~やっぱり203って名前だったじゃないですか~」
「おっ!使者のお嬢ちゃんは僕名前知ってたっすか~感激だなぁ」
明らかに偽名なんだよなぁ。
てか偽名でもないし・・・。
まぁここで名前を隠すということは言いたくないんだろうな。
理由は分からない。
ただ本人が意図的に伏しているのだからよそ者が根掘り葉掘り聞くのは失礼だろう。
俺は気遣いの出来る男だからな。
「いや~先週までザックって名前があったんすけどね」
「へ~そうなんだ~」
あれ?
自分から言っちゃうのか。
男はクセッ毛の髪を荒々しく掻きながら、
照れくさそうにしている。
そして衝撃的な言葉をいとも簡単に吐きやがった。
「お金ないから名前、売っちゃった!」
「へ~そうなんだ~」
「おおいコイツまじか!?てか名前って売れるのか!?」
「いやー」
いやーって・・・。
名前を売るってことコイツ分かってんのか?
戸籍が消えるってことだぞ?
戸籍を誰かに移したコイツは今は無法滞在者だ。
保険もきかない、街に入れない、捕まれば牢獄行き。
それをコイツは分かっているのか。
「どうして、そこまでするんだ」
「だから夢があるって言ったじゃないっすかー」
夢。
「僕は僕の発明で多くの人を救うんス。それが僕の夢で義務」
「義務?」
「お父さんとお母さんの遺志は僕が引き継ぐ」
そういえばこの部屋に彼はひとりだった。
生活感もありゃしない。
健康的で文化的な要素なんてありゃしない。
こいつはずっとひとりだったのか。
「スダチさん、使者様じゃなくって僕の融資者様にならないっすか?」
「えっ?ああ・・・そうだな。どれくらい金が要るんだ?」
「別に資本はお金だけじゃないっす。スダチさん達は僕に心と体を融資してほしいっす」
「それは発明を手伝ってくれということか」
男は大きく頷く。
髪の隙間から赤い燃えるような瞳が見える。
訴えかける執念の目だ。
参ったなぁ・・・。
「ああ、構わないよ。君に手を貸そう」
「よっしゃ!やった!」
「でも、なんで俺たちなんだ。今日あったばっかだろう」
「それはあなた達が『面白い人』だからっすよ」
「・・・なんだそれ?」
俺はその目に弱いんだって。
クセッ毛の男は「ハハハ」と笑いながらおもむろに荷造りを始めた。
手際よく散らばった大量の紙や本を数冊拾い上げカバンに詰めこむ。
コップを、何かの道具を詰め込む。
「203号、何をしてるんだ?」
「訪問者くるから片付けてるんス」
訪問者?
俺たち以外に?
誰が来るんだろう。
「おっ来た来た」
木の悲鳴が聞こえる。
この音は誰かがこのアパートに立ち入ったときの音だ。
音の大きさ、数からして4,5名。
ギイイイィィィ
その音はだんだんと大きくなる。
それを見計らっていたかのように203号は窓を開けた。
「じゃあ行きましょうか!」
「えっなんで窓?」
瞬間、背後から轟音が響く。
傷んだ木の板を乱暴にへし折る音がすぐ近く―というか背後で聞こえた。
「動くなァ!今度こそお前を牢獄にぶち込んでやる!」
へ・・・?
警備団・・・?
まさか
「まさか訪問者って・・・」
「今は亡きザックこと203号君は無法滞在者なので当然っすね!」
それを聞いた瞬間に俺はリンゴの手を握りしめ、窓に向かって走り出す。
背後で4人の武装した大男が鬼の形相で突っ込んでくる。
その日俺は空を飛んだ。
絶叫しながら。
「お前まじでふざけんなよオオオオ!」
「キャヤヤヤヤヤ!」
「ハハハ!もう遅いっす!僕とあなたたちは共犯者っすから!」
最悪だ・・・。
獣魔に紹介されたモジャ毛の少年は『面白い男』。
親の遺志を受け継ぎ発明家を目指しながら同時に軍に追われる男。
この街でもやはり一波乱になりそうです。




