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イリウスの空  作者: RUKA
第四章 神と精霊
31/36

妙な男をひっかけるな、面倒くさい

 聖都セルーゴの、他の都市との最大の違い。それは魔導装置により各所が機械化されているところだ。アスカやエレナがウィリアムのところで初めて見た魔導四輪が多数行きかい、また大型の物が巡回をしている。店舗によっては、入店者がドアに手をかざすと僅かな魔力を読み取って自動的に開いた。


「わあ……!」


 エレナは目をキラキラさせて、頬を染める。ねえねえ、とアスカの袖を引くエレナだが、彼は意外にもあまり驚いてはいないようだ。そのことにエレナは逆に驚いたが、アスカは彼女から少し視線を逸らして自由になる右手で軽く頭をかいた。


「まあ、魔力に反応して動く装置自体は昔からあるからな」

「へ?」

「でかい遺跡なんかには普通にある。俺やあんたくらいの魔力じゃまともに反応しないけど」


 元々、限られた者しか先に進めないようにするための仕掛けだ。手順を間違ったり、資格のない者が進もうとしたりすると正しい道は開かず、逆に罠が作動することもしばしば。アスカは何度危険を感じたか知れない。

 その技術を、暮らしを便利で豊かにするために使う聖族は流石だが、原理自体は感動するほどでもなかった。


「でも、魔導四輪や二輪は確かに便利だな」


 動作に膨大な魔力を消費するのが難点で、日々改善されてはいるがセルーゴ以外での普及はまだ先のことだろう。

 そんなことを話しながら華やかな街並みを歩く。幸せそうな親子が歩き、忙しそうな男性が駆ける。商店の構えは立派で、エレナが一瞥した衣服の値段は目玉が飛び出そうなほど高額であった。

 聖都と言うだけあって、イリウス全土から訪れる者がおり、中には王侯貴族クラスもいる。こういった高級品を取り扱う店は彼ら向けのものなのだが、それに驚いているエレナにアスカが驚く。


「あんた、お姫様だよな……?」


 お姫様、の部分は極力小さな声で尋ねる。エレナはぎしぎしと顔を上げて、彼を見た。


「私、自分で服買ったことないのよ……。お父さんとか、皆が持ってくるから……。こんな金額のばっかりだったらどうしよう……」

「……あのさ」


 真っ青な彼女に、アスカは少しためらってから、告げる。


「ビギンで会った時、俺が盗もうとした髪飾り」

「ああ……、うん」

「あれひとつで、俺は一年以上暮らせるはずだった」


 ビシ、とエレナが固まった。あれは、ゼルディスが娘にと気まぐれに買ってきたもので、彼女は普段使いをしていた。流石に目立つからと外していたのだが、そこまで高価なものだとは知らなかった。

 はくはくと口を開閉させるエレナを見下ろし、アスカはくっ、と笑みをこぼした。


「冗談だ。流石にそこまでしない」

「なっ……!」

「そんなもの持っているのはそれこそお姫様だのお嬢様だのだ。下手に盗んで追い回されても面倒だろう。高価すぎるものは盗まない」

「も、もぉお……!」


 吃驚するじゃない、とエレナは頬を膨らませる。その様子を満足そうに見下ろして、アスカは先に歩き出した。そして、彼女に顔が見えないのを分かって、唇を引き結んだ。

 はじまりの町で発動した束縛の魔法。効力は弱くてすぐに切れたが、アスカは逃げ出さなかった。それは、この少女の隣にいた剣士に勝てる気がしなかったからだ。

 アスカはこれまでの経験上、相手と己の力量差を見極めることに長けている。彼はその時、「この剣士とやりあうくらいなら軍や警察に引き渡された後に逃亡する方が楽だ」と判断したのである。

 結果として逃げ出しても少女は追いかけてきてしまったし、当然その剣士もいたし、逃げるだけよりも厄介な事態に陥ることになったのだが。

 ここ最近の出来事なのに、なぜかアスカには何年も前の話のように思えた。


「ちょっと君ね!歩くの速いのよ!」


 ブーブーと文句を言って小走りに駆け寄ってくるエレナの傍に、へらへらと笑う男がいない。その事実は薬で引いていた鈍い肩の痛みを思い出させた。


「アスカ?」

「何でもない」


 自分の左側に寄り添うように立ったエレナに軽い自嘲を見せて、アスカは歩幅を狭めた。

 相変わらず、エレナは物珍しそうに街並みを右へ左へと眺めている。


「にしても、さっきの地区とは随分雰囲気が違うわよね」

「こっちは大通りみたいだからな。まあ、大都市ならひとつやふたつ、ああいう場所があっても不思議じゃないだろう」

「でもここ、聖都よ?」


 エレナは難しそうに眉を寄せる。聖都はその冠の通り、聖族の都。女神ライトのお膝元である。生と光、平和と豊穣の象徴たる神の御許にある街としては、あまりにひどい有様と言えた。

 ぶつぶつと何事かを呟くエレナに、アスカは辟易したように息を吐く。エレナやクルセルドは得意なのだろうが、アスカはこういう難しい話は苦手だし好きでもない。


「いくら技術が進んでいても、セルーゴ自体は古い。人が住んでいる気配はなかったから、地区ごと放棄されているんだろ。建物が老朽化したのかもしれないし、昔に病が流行ったのかもしれない」

「そうだけど……」

「で、言えるのは、俺にもあんたにも関係ないってことだ」


 ばっさりと切り捨てて、アスカは自分たちが歩いている通りの反対側を見た。若い女性が列をなしているのは、どうやら移動式の販売所だ。掲げられた簡易な看板には見たことのない絵と「アイス」という文字があった。

 アイスなどと言えばどこぞの少年魔導士が巨大な三叉槍を降らせるだとか細く鋭い氷柱を矢のように放つとかいう光景しか思いつかなくなっていて、彼は首を傾げた。

 しかしながら、エレナの意識を逸らすにはちょうどいい。「おい」と声をかけて示すと、彼女はみるみるうちにその宝石のような瞳を輝かせた。彼女はアスカにはやや理解しがたいところで怒ったり落ち込んだりもするが、割とお手軽に持ち上がるのだとは、僅かに感じていることだ。

 馬車や魔導四輪などが来ないのを確認して、通りの反対側へ渡る。列から出てきた少女たちは、手に白いクリームの入った紙でできた丸い箱を持っていた。

 屋台の屋根には巨人と妖精が並んで描かれている。周囲をひらひらとせわしなく飛んでいるのは妖精族で、その鱗粉がキラキラと舞っている。

 その様子を不思議そうに眺めているアスカとエレナに「観光?」と声をかけてきたのは屋台からふわりと飛んで来た妖精だった。エレナに負けず劣らずの美しいブロンドをなびかせる彼女は、ドワーフよりもさらに小さい。

 遠慮など欠片もなくエレナの肩に座った彼女を見下ろし、アスカは「ああ」と頷いた。


「テメから来たんだが……、聖都にもこういう屋台の店があるんだな」

「最近始めたのよ。でも、もう若い女の子に人気なんだから!」


 妖精はえっへん、と胸を張る。


「巨人族のステラさんとこの牛の乳を加工して、冷たくて甘いお菓子にしたのよ」

「へえ」


 アスカは適当にうなずいたのだが、ちらりと見ればもうエレナの顔がそれはそれは輝いている。しかしながら、困ったことに彼も彼女も唐突に大聖堂を出ているので、金銭は持ち合わせがない。


「今は列に並ぶほどの時間がないんだ。滞在中にまた寄るよ」

「あらそう。じゃあ待っているわね、お姉さん」


 ふわりと妖精が飛び立ち、エレナも苦笑して手を振った。


「ああー、気になる……」

「その辺で財布盗んでもいいなら」

「駄目に決まってるでしょ」


 アスカは冗談のつもりだが、実際この大通りを行きかう人々から財布を盗むことはたやすいだろう。誰も彼も浮かれたような、「そんなことをする者など存在しない」と思っているような、そんなガードの緩さである。

 それは、それだけセルーゴが安全で平和な街だということだ。きっと、この街の誰も、狂った魔王が近く侵攻してくるなどとは思っていないだろう。

 今気にしたところでどうにもならないと分かってはいても、見慣れぬ街に夢見心地になるとすぐに現実に引き戻される。思わず吐き出しそうになったため息を飲み込んだアスカの左手に、ゆるりとエレナの右手が重なった。


「何だ?」

「こうしておかないと君、ふらっとどこか行って盗みそうだから」


 にっこー、とエレナは笑うがそのこめかみはひきつっている。いくらアスカでも今の状況でリスクを冒すつもりはないのだが、どうやらエレナの信用はないらしい。アスカは肩をすくめて苦笑し、彼女の手を受け入れた。



 そうして歩くこと暫く。大聖堂は最初から見えているのだが、その大きさ故の錯覚か思ったよりも距離が縮まっていない。


「クールもミシェルも大丈夫かしら……」


 ふと、エレナが零す。二人とも歩くことには慣れているから自分たちの疲労は大したことはないのだが、心配がないわけではない。できることが何もないから、なおさらもどかしいのも確かだ。

 アスカは子供たちが駆けてきた方向に大きな広場と噴水を見つけて、エレナの手を離した。


「あんた、あっちで少し待ってろ。道を確認してくる」

「うん」


 頷いたエレナを確認して、アスカはひとり通りを歩いた。セルーゴの建物は他の町に比べて高さがある。しかも細い路地が多く道が入り組んでいてわかりづらい。それでも街シンボルである大聖堂には大通りをまっすぐに行けば着くようだ。とはいえ現地の住人は巡回する魔導四輪を利用して移動する距離のようで、旅慣れている二人とはいえ徒歩だとそれなりの時間を要する。

 観光客向けに立てられた看板の前でアスカは悩んだ。少々の小銭をどこかで盗むことができればこの循環四輪を利用できる。だがそれをした場合のエレナの説教を想像するに、歩くよりも面倒くさい。

 腕を組み、心の中で唸ってもう一つの選択肢を浮かべる。アスカはこれまで無一文になったことがないわけではないし、多様こそしていないがまったくその手段をとったことがないわけでもない。よし、と気配を消してから通りを行く人々を観察した。

 ぱたぱたと忙しなさそうな者は却下。あまりに大人しそうな者も却下。物おじせず、かといって気が強いのとも少し違う、若い女性。ちょうど、店じまいを始めている花屋の軒先にいた店員を見て、決めた。

 赤茶の髪を揺らしてエプロンをつけた彼女に、仲間にも見せたことのないような笑顔を張り付けて「すみません」とこれまた誰も聞かないような柔らかな声で言葉をかける。


「いらっしゃいませ」


 もう閉店をするのに嫌な顔をせず営業スマイルを浮かべた女性。背中に小さな白い羽があるということは、天使族だろう。聖族の中では最高位に位置する部族である。

 アスカはいける、と踏んだうえで眉を下げて見せた。


「申し訳ない、客ではないのです。テメから友人を訪ねて来たのですが、途中で荷物を盗まれてしまって困っているのです」

「は、はあ……」

「いきなり不躾ですし恥ずかしい限りなのですが、少しお金を貸していただけませんか?大聖堂の病院に勤める友人に会えれば必ずお返ししたします。病持ちの妹をこれ以上歩かせるのは忍びないのです」

「なるほど……、それは大変ですね。ここからだと結構距離がありますから。わかりました、少しお待ちくださいね」


 最初は不審がっていた店員は、手にしていた鉢を置くと店の奥へと引っ込んだ。


「……流石慈愛と寛容の天使様」


 アスカはぼそりと呟いてしまったが、誰も聞いてはいない。そして戻って来た店員は、アスカに紙幣を数枚渡したのだが、これにはアスカは素直に驚いた。大聖堂まで行って釣りがある、程度の額ではない。


「い、いえ。こんなに必要ありません。病院に着ければそれでいいので」

「いいんです。妹さんがご病気なら他に入用なものもあるでしょう。代わりに今度、妹さんにうちでお花を買ってあげてくださいね」


 にこりと、天使は微笑む。アスカが礼を言えば「ライトのご加護があらんことを」と返ってきた。その女神のご加護とやらを一身に受けているはずなのにこの有様なのだが、などとは思っても口にも顔にも出さず、アスカは何度か頭を下げて店を後にした。

 金額は予想外だが、簡単なものだ。ひらりと紙幣を揺らしてからポケットに突っ込んだ彼の顔に、それまでの困惑気味な笑顔はなかった。

 盗んだわけではない、ちょっと嘘をついただけだ。エレナに知られたらこれまた説教だが、「親切な天使が貸してくれた」で大丈夫だろう。エレナが感激して一緒に礼を言いに行くなどと言いだしても対応できる。

 そして、アスカが軽い足取りで戻った広場。まったく似ていない「妹」はと言えば、元気そうではあるけれど少々困った事態に陥っていた。


「だから、連れを待っていると言っているでしょう」

「いや、お嬢さんみたいな可愛い子を待たせている時点で駄目でしょ、そいつ。そんなの放っておいて、俺たちと飯食いに行こうよ」


 どこにでもいるような軽そうな若い男二人組。アスカはげんなりと肩を落として額を押さえた。

 すっかり忘れていたのは彼自身にあまり興味がないせいだが、エレナの容姿は美しいのだ、容姿は。これまで彼女が単独行動をしたのはガルーダに襲われ大混乱中のテメでのみ。他はザッシュかアスカが一緒にいた。彼らがおらず一人で黙って座っていれば男の一人や二人、簡単に寄ってくるに決まっている。

 男たちは「ねえねえ」と特に巧さもない言葉で誘っているが、エレナは聞く耳持たず、と無視を決め込んで、ツン、と顔を逸らした。

 アスカは顔に「面倒くさい」と露骨に表すのは控えて、エレナに近づいた。彼女も気付いてほっと安堵したように笑みをこぼしたが、アスカが声をかけるより先に「君たち」と割って入った者があった。


「いい加減にしたまえ、見苦しい」


 男たちの肩に手をかけた別の男。歳は十八、九。栗色の髪を項でひとつに括り、軽装備とはいえ帯剣している。傭兵というには身なりが良く、育ちのよさそうな整った顔立ちである。


「何だお前」


 忌々しそうに振り返った男たちに、彼は実に真面目な視線を向けた。


「確かに美しい女性がいれば声をかけたくなるのは道理だし、礼儀だが、断られたならさっさとひくべきだな」

「お前に関係ないだろ」

「だが、嫌がっている女性を無視することなど私にはできん」


 乱入者に対し、男たちはこめかみを震わせ、エレナはぽかんと口を開けて固まった。アスカはと言えば、少し迷う。ここで出ていくとさらに場が混乱しそうだ。結局彼はしばし様子を見ることにして、集まり始めた野次馬たちの中に紛れ込んだ。


「ひっこんでろ、騎士気取りのガキが」

「よい子はおうちに帰って飯食って寝な」

「……クズどもが」


 青年の菫色の瞳が冷ややかに光った。剣を抜きこそしないが、その気迫たるや、アスカが対峙すればこちらも迷わず抜剣してファストを唱える程度である。

 しかし、得てしてこういった街中の小物は、相手の力量をはかることもできないのが殆ど。格差が開きすぎれば、威圧で蹴散らすのも意外と難しいものだ。

 様子を見ていたアスカはこの時点で出ていかないことを決め込んだが、どうやら目ざといエレナに見つかったらしい。苛立ったような射抜く視線にため息を漏らした。


「私は貴様らとやりあう気はない。去れ」

「こっちは邪魔されて気が立ってるんだよ」


 言葉で諭すことも不可能だった男たちは、拳を握り振りかぶった。しかしそれはひらりとかわされてその勢いのまま押されればよろめいて転んでしまう。それを見た観衆から笑い声が上がって、彼らは顔を赤くした。


「私の見た目で侮っていては、怪我をするぞ。彼女にふられた時点で貴様らは負け犬なのだから、これ以上の恥をさらす前に尻尾を巻いて逃げるんだな」


 挑発的な物言いに男たちは激昂した。彼らは腰のポケットに隠し持っていたナイフに手を伸ばした、が。


「探し物はこれか?」


 それらは黒髪の青年の掌で玩具のように弄ばれていた。つまらなそうな表情のアスカは深いため息を吐く。


「注意力散漫にもほどがあるだろう。こんなものを振りかざすようなことをしているなら、もう少しまともな腕になってからにしたらどうだ」


 相手に剣を抜くつもりがないからいいようなものの、喧嘩を売る相手を見誤れば瞬殺されて終わりだ。呆れ顔のアスカが言えば、その後ろでエレナがうんうん、と大きく頷いた。例えばこれがクルセルドだった場合、「へえ、いい度胸だお兄さん」で氷漬けにされているか丸焦げにされているか。クルセルドを止める方が苦労するに違いない。

 アスカの登場でやっと不利を悟ったのか、「覚えてろよ!」などという演劇や小説で使い古された捨て台詞を残し、彼らは駆け出した。


「そういうのは面倒だから忘れる性質なんだが……、ああ、これはいらないから返す」


 そう言ってアスカが投げたナイフは彼らの足元の地面に突き刺さった。驚いてわたわたと足踏みをした二人は、逃げる速度を上げたのだった。

 野次馬も解散した後、エレナはアスカをきつく睨みつけてから、その前に出た。


「あの、ありがとうございました。助かりました」

「当然のことをしたまでです」


 今何故自分が睨まれたのか理解できず首を傾げていたアスカを一瞥した栗色の髪の青年は、エレナに向かって丁寧に頭を下げた。


「私は聖騎士シラン。それにしてもお美しい方です。あの者たちの気持ちも少し分かるような気もしますよ」

「えっ……」


 ぼふん、とエレナの顔が瞬時に真っ赤になった。それを見下ろし、アスカは呆れる。


「悪い、彼女はあまりそういう挨拶に免疫がない」

「挨拶?本心ですが。稀にも見ない美人ではありませんか」


 こてん、とシランと名乗った騎士は首を傾げた。それまで彼が敵に対して見せていた威圧感は掻き消えているが、アスカはそれでも警戒を解かない。

 はくはくと魚のように口を開閉させているエレナはその可能性すら思いついていないだろうが、こういう場合先ほどの男たちとシランはグルでした、というパターンがあるのだ。だからアスカとしてはもう少しこの男の動きを観察したかったのだが。


「……連れが世話になった。礼を言う。じゃあな」


 アスカは話を切ると、まだ硬直しているエレナの肩を抱いて引き寄せた。


「妙な男をひっかけるな、面倒くさい」

「へっ!?」


 シランに背を向けて、アスカがぼそりと低く囁くとエレナは素っ頓狂な声を上げた。アスカを見る彼女は頬と言わず、耳から首まで真っ赤になっているではないか。アスカは苦虫を噛み潰したような顔で上体を僅かに引いた。


「何だ、照れているのですか?可愛らしい」


 ひょこ、と横から顔を出したシランがエレナを覗き込んだ。アスカはこれまた眉間の皺を深くせざるを得ない。


「まだ何か用か」

「いえ。行く方向が同じだけです。私は王宮に行かねばならないのですが」

「そうなんですか」


 ものすごく嫌な予感がするアスカが口を挟む前に、エレナが「それなら」と言った。


「一緒に行きましょう。私たちも王宮……、というか大聖堂に行かないといけないんです」


 エレナがそう言ってしまえば、アスカに拒否権などない。駄目だと言えば角が立ち、かといって彼女を残して離れることもできない。

 シランは不服そうなアスカを見て、その菫色の瞳を柔らかくした。


「私でよければ。こんなに綺麗な方をひとりにして目を離すような護衛よりは幾分役立ちますよ」


 あからさまに棘のある言い回しであったが、アスカは聞き流すことにした。この反応は意外だったのか、シランは感心したように「ふうん」と頷いた。


「シランさん」


 すっと、背を伸ばしたエレナから先ほど動揺しまくっていた時より少々低い声がした。


「見た目はこれだし態度もあれですけど……、この人、私に何かあればきちんと守ってくれますし助けに来てくれるんですよ。ですから、そういったご心配は無用です」


 ぱち、ぱちり。驚いて、確かめるように瞬きをしたのはシランだけではない。言われた当のアスカも同じである。しかしエレナはそのどちらも気にかけることなく「行きましょうか」と微笑んだ。

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