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イリウスの空  作者: RUKA
第四章 神と精霊
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自然災害の見本市か

 大聖堂を挟んで東側が神官や客人の宿舎、西側が病院。アスカはエレナとともに、それぞれとつながっている聖堂を突っ切った。一階は広いホールになっていて、天井は高く、中央に立派な聖女像が置かれている。

 観光か、それとも祈りを捧げに来たのか。聖族と人間が奥の礼拝室とこのホールを出入りしていた。しかし彼らも先ほどの爆発音は当然聞いており、今は騒然としている。


「な、なんだ?」

「さっきの悲鳴はどういうこと?」


 身なりの良い人間が、不安げに神官たちに尋ねた。神官は「今確認しております」だの「なにか魔法実験を失敗したのでしょう」だのとごまかしているようだ。中には実際に事情を知らない者もいるようで、人々と同じく真っ青になっている者もいた。

 アスカとエレナが犯人であろうクルセルドを止められなければ、魔王が軍を率いるまでもなく、聖都はあっさりと陥落してしまいそうである。アスカは小さく舌打ちをして、綺麗に磨き上げられた床を蹴った。

 西棟病院の治療室。慌てふためく神官をかき分けて、アスカは駆けた。足元が水浸しである原因は想像に難くない。


「ひ、ひい!」

「何だ、あの子供は!」


 転がるように逃げていく神官が、エレナにぶつかった。よろめいた彼女の手をアスカが取る。


「俺はあのクソガキ止める自信なんてないからな、あんたが何とかしろ」

「できればね……!」


 エレナも自信などはほぼ皆無であるが、それでも止めねばならないことは理解している。


「わ、我の息吹は神の息吹、以てここに破邪の壁を築かん――ウォール!」


 神官二、三人が声をそろえて作った魔法の障壁を打ち破り、突風が彼らの身体を吹き飛ばして壁にぶつけた。エレナがせき込む神官を支え起こして、アスカは部屋の入り口に立つ。

 部屋はぐちゃぐちゃに乱れていた。窓ガラスは割れて、隅の方は焦げ付いている。真っ赤に染まった布や包帯が風にあおられて宙を舞った。


「クルセルド」


 アスカは一歩部屋に踏み込んだが、風圧でまともに目が開けられないどころか息をするのもつらい。

 ベッドの上、中途半端に包帯を巻かれたクルセルドが座ってこちらに顔を向けてはいるが、きちんとアスカたちを認識できている様子ではない。


「落ち着け。エレナに心配かけるなと前に言っただろう」

「……な」

「クルセルド」

「来るなァーッ!」


 バシバシバシ!と嫌な音がして、室内を雷撃が駆け抜ける。アスカは何とか二歩分飛び下がったが、あんなもの、普通の人間が当たったら痛いでは済まない。


「おいおい、自然災害の見本市か」


 アスカは冗談で言ったわけではないのだが、彼の後頭部をぺしんと叩いたのはエレナだ。吹き付ける風とビリビリと迸る電流に臆することなく、彼女はアスカの前に出た。


「クール、大丈夫だから。大人しくして、治療を受けて」

「いやだ……、嘘つき……、皆、嫌いだ……!」


 クルセルドの上半身が倒れる。包帯の背中側はもう真っ赤で、布からも血液がしたたり落ちんばかりである。青白い顔で、少年は乱れた橙色に近い赤毛をさらに風に揺らす。


「お願い、いい子だから私の言うことを聞いて。そのままじゃ死んじゃうわ」

「嫌だ、来るな……!皆、皆、敵だっ……!」


 クルセルドの背後に六つの赤い光が浮かび上がる。


「エレナ!」

「……!」


 アスカが腕を引いたが、エレナは彼も驚くような力でそれを振り払って、その場から一歩たりとも動かない。


「おいクソガキ、お前いい加減に……!」

「我の息吹は神の息吹、以てここに破邪の壁を築かん――」


 焦るアスカの目の前を、白い影が駆けた。視界には最後、エレナと対照的な銀色の髪が揺れる。


「全部、消えろーッ!」

「ウォール!」


 放たれた炎の矢。しかしそれは、エレナとクルセルドの前に滑り込み魔力の障壁を編み上げたミシェルによって打ち消された。


「ミシェル!」

「皆さんはお下がりください」


 冷静なミシェルがそう言って、アスカが半ば無理やりエレナを引き寄せる。クルセルドはといえば、数人がかりでも止められなかった魔法をあっさり食い止められて驚いているようだ。


「……何を今更恐れていらっしゃるのです。さんざんお見せしてきたでしょうに」

「うるさい!お前なんか嫌いだ!いなくなれ!」


 呪文の詠唱などなく、ただクルセルドの混乱と恐怖に応えて精霊たちの力が暴発する。ミシェルは飛んでくる炎と風の刃を押さえ、足元を狙ってきた岩石の槍は蹴り砕いた。


「……これでは部屋がもちません。レックス様、いらっしゃるのでしょう」

「ちょっとおっかないから引っ込んでおきたかったんですけどー」

「さっさとしてください」


 いつの間に来ていたのか、アスカたちの背後からレックスがひょっこりと顔を出した。錫杖を掲げた彼は静かに呪文を紡ぐ。


「地の理、天の理、交わり以て全の理となす。この地、かの地、繋ぎ届けよ――テレポート」


 あたりがまばゆい光に包まれた。アスカもエレナも思わず目を閉じて、次に開いた時には、そこにクルセルドもミシェルもいなかった。


「さて、諸君はここを使える状態に直しておいてくださいね。またすぐ使うことになりますから」


 レックスは放心状態の神官たちに告げてひらりと身を翻す。しかし「レックス」とアスカが呼べば、ちょいちょい、と手招きをしてその場を離れつつ口を開いた。


「魔導士君が多少暴れても問題のない場所へ飛ばしました。私もすぐ行きます」


 病院の裏手まで来て、彼はついてきていたアスカとエレナを振り返る。


「君たちも行きますか?どちらか、最悪両方死んじゃうかもしれませんし?」


 へらあ、とレックスは笑って言った。あまりに軽い物言いにエレナが驚くその一瞬のうちに、アスカの右手が伸びて相手の胸倉を掴んでいた。


「あんた、そうならないように止めに行くんじゃないのか?」

「私は若者を見守るのが仕事ですので。変に口出ししませんよ」

「……何様だ、クソ野郎」

「アスカ!今ここでその人と喧嘩している場合じゃないでしょ!」


 エレナに抑えられて、アスカはレックスを放した。不機嫌甚だしい青年を怒るでなく、レックスは「行きましょうか」とまた空間移動の魔法を唱えたのであった。



 セルーゴ北東の一角、古い町並みが多い地域のとある地区で、魔力の衝突が起こった。この地区にはほとんど誰も住んでいないし、近づこうとする者もいない。ガラクタを寄せ集めて作った小屋のようなものが少々吹き飛んだところで、問題なかった。

 ミシェルは炎の球を打ち消すと、足元から突き出てきた岩石の槍を後方に跳んでかわす。追いかけるように連なる針山の最後は棍で打ち砕いた。平らになった突起の上に着地し、術者である少年魔導士を見下ろす。

 クルセルドはもうミシェルを見ることすらしていない。ただ膝を抱えて震えているだけだ。まるで、小動物が怯えているかのようである。

 精霊魔法は相性の魔法。魔導士の魔力も当然のことながら、精霊との相性によってどの程度の威力が出せるかが変わってくる。クルセルド本人曰く、彼はその相性が良すぎた。精霊たちは彼を守るために、その意思とは関係なく他者を攻撃する。


「困った方です。お友達は選んだ方がよいのではありませんか?」


 悪態をつけば、空から氷の三叉槍が降り注いだ。頭上に障壁を展開、氷は砕けたものの、その破片は渦を巻く風に乗ってミシェルを傷つける。これもまたはじき返すが、クルセルドの魔力は一向に衰えることがない。


「クルセルドさん、いい加減にしないと死んでしまいますわ」


 開いた背中の傷口からとめどなく血が流れている。呼吸も浅いものを短く繰り返し、白くなった肌には大粒の汗が浮いていた。精霊魔法はクルセルドの武器にして盾だが、今彼の命を削り取っているのは間違いなく精霊たちだ。

 ミシェルはひらりと飛び降りて着地すると、手にしていた棍を捨てた。


「我の息吹は神の息吹、以てここに破邪の壁を築かん――ウォール」


 ミシェルは一歩一歩、クルセルドに近づく。炎も水も風も土も、あらゆるものが飛んでくるのだが、彼女の魔法障壁は崩れない。


「……精霊でもなんでも構いませんが、私の……、お友達を傷つけないでいただけますか」


 ミシェルは静かに目を吊り上げ、唇を動かし、言葉を紡ぐ。


「これは破邪の壁、聖なる光を以って神の鏡とならん。聖光の鏡は災厄を祓い滅するものなり――リフレクション!」

「!」


 クルセルドが苦しそうなまま、ハッと顔を上げた。ウォールは魔法を弾き、打ち消す防御の障壁だ。だが、今ミシェルが使ったのはその上級魔法。あらゆる魔法を、術者に向かって反射させる。つまり、ミシェルめがけて放たれた業火は、反転してクルセルドに襲い掛かるのだ。


「ミシェル!」

「クール!」


 驚いたのは、レックスのテレポートで追いついたアスカとエレナである。少し離れた建物の低い屋根に立った彼らは真っ青だが、レックスは「わあお」などと言う割に大して動揺していない。

 アスカは舌打ちして屋根から飛び降り、エレナは祈るように指を組んだ。瞬間、ドォン!と大きな音がして、爆風が吹き荒れた。もうもうと立ち上る白煙で、どうなっているのか分からない。

 ミシェルは、大きく息を吐き、一歩一歩、白煙の中を歩く。やがて目の前に現れたクルセルドは地面に座り込んだまま、呆然としていた。


「……き、えた……?何で……」


 彼は、大怪我を負ってはいるが、それは元々のもので、今反射された魔法によるものではない。反射された高温の炎は、彼の前に瞬間的に築かれた氷の盾にぶつかり、相殺されたのである。


「確証はありませんでしたが……、成功してよかったです」


 これは検証の余地がある、などと頷いてから、ミシェルはクルセルドの前に膝をついた。


「帰りましょう。治療を受けてください」

「っ……!」


 ビクッと震えて身を引いたクルセルドの腕を、ミシェルが押さえた。ミシリと骨が嫌な音を立てたのは気のせいではなかろう。顔をしかめたクルセルドの後頭部に、それとは対照的に優しい掌が触れた。引き寄せられて、クルセルドはぽふん、と柔らかいものに鼻先を突っ込む格好になった。


「あなたまでいなくなったら、私はどうすればいいのですか……?」


 ミシェルの声は震えていた。大事そうに、けれどギリギリ折れないくらいの強い力で、彼女は少年を抱きしめる。


「今ここであなたを救えないのなら、私は死んだ方がましなのです……!」


 ミシェルはクルセルドを抱きしめた胸元が熱く濡れていくのを感じた。法衣を掴む成長中の手は小さく震えている。


「我は神の子、神の使徒、祈り願いて彼の者を癒すべし――ヒール」


 ポウ、と暖かな光がクルセルドの背中を包み込んだ。それは彼の細胞を活発にし、傷口を驚異的な速度で塞いでいく。とはいえ、完全回復までさせるには彼の体力が足りない。とりあえず出血が止まったところで、ミシェルは魔力を注ぐのをやめた。


「クルセルド!ミシェル!」


 疲れ果ててぼうっとする頭。ミシェルは視線を巡らせて、駆けてくるアスカを見つけた。真っ青な彼は、大いに驚き、そして焦っているようである。何だ、そんな表情もできるのかと、ミシェルはふっと緩やかな笑みを浮かべて目を閉じた。

 クルセルドを抱きかかえたまま倒れたミシェルに駆け寄り、アスカは二人を覗き込む。意識こそないが、きちんと呼吸はしている。クルセルドの傷はとりあえずの止血、ミシェルも細かい裂傷と火傷が見られたが、大怪我は負っていないようだ。

 はああ、と深く息を吐いたアスカは、今度はゆっくりと眉を寄せて目を細めた。ミシェルの豊満な胸に顔を突っ込んでいるクルセルドの後頭部を軽くはたく。


「アスカ!」


 振り返れば、エレナが追ってきている。その後ろにはゆったりとレックス。


「大丈夫なの?」

「ああ、いつもの魔法合戦がちょっとヒートアップしただけだろ」

「絶対違うわ……」


 冗談なのに、と肩をすくめるアスカをエレナが睨みつけた。あとからやって来たレックスは、あごに手を当てて「ふむ」とわざとらしく唸る。


「強大な魔力を制御しきれない子供というのはたまーにいますが、彼は特殊みたいですね。こういうタイプは私も初見です」

「は?」

「彼は、精霊に愛されている。これは……」


 ぼそりと呟かれた言葉。アスカとエレナは不思議そうにレックスを見たが、彼はひとつ首を横に振ると、倒れた二人の横にしゃがみ込んだ。

 そっと伸ばされた手は、ミシェルの銀髪を優しく撫でた。苦笑する彼は少女をとても愛おしそうに見つめていた。


「……では、私は二人を連れ帰ります。お二人は少し聖都の観光でもしてきてください」


 レックスがテレポートの呪文を唱えれば、白い光があって、次の瞬間三人の姿はそこにない。金髪を揺らし、エレナは腕を組んでアスカを見上げる。


「ねえ、あの人、信用していいの?」

「……しなかったとして、じゃあどうすればいいんだ?」


 アスカも不服そうではあるが、その通りだ。エレナはふっと諦めたように息を吐いた。


「うじうじしていてもしょうがないし。クルセルドの回復を待って、どうするか決めましょう」


 アスカは小さくうなずいた後、周囲を見回した。


「……で、ここどこだ」

「……確かに」


 テレポートでやってきたアスカたちは、見知らぬ土地に放置されたのである。しかも周囲の光景は「聖都」のイメージからはかけ離れた、まるでスラムのような街。幸いなことに聖都で一番大きな建物である大聖堂と王宮は見えているから、帰るべき方角は分かるが。

 嘆息するアスカの袖を引いたエレナは、彼を見上げて笑った。


「じゃ、聖都の探検しましょ」


 少し、ほんの少しだけ、彼の肩に入っていた力が抜けたのを感じたエレナは笑みを深めたのであった。

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