王様になったら、真っ先に危険運転の禁止する
王宮から出ると、「眩しい」とエレナが目を閉じた。建物の中、さらには地下にいた彼女にはすでに高く昇った太陽の光が痛いくらいである。アスカとクルセルドは並んで空を見上げた。
「もう朝……、つーか昼過ぎかよ。」
やはりこちらも眩しそうに手でひさしを作ってぼやくクルセルドを、アスカは横目に見た。どうやらこの空が眩しくないのはアスカだけのようである。彼の目には昼も夜もさして変わらず、ゾアゴは闇に覆われて見える。しかし彼はそれを口に出すことはなく、「そうだな、戻るか」とだけ言った。
ゾアゴはその街の中心に城壁に囲まれた王宮を据えており、八か所の城門から外壁に向け放射状に大通りが街を貫き、その街道に挟まれた地区に居住区や商業区があった。とはいえ今は廃墟なのでその繁栄を偲ぶことしかできないが。
アスカたちはウィリアムから借りた四輪で街道のひとつを城門まで突っ走ってきた。魔力を動力源とし、馬よりよほど速く移動する便利な乗り物は城門の傍に置いていたので、来た時と同じように戻るだけなのだが、アスカとクルセルドの表情は穏やかではない。
「おい、お前運転できないのか」
「初めて見たんだよこんなもん……。それに、分かったとしても魔力が限界だ」
「大丈夫ですわ。私、今回魔力を殆ど消費していませんので、帰りも運転できますから」
ミシェルがにこにこと笑って言う。そういう問題ではない、とアスカは思っても口に出さなかった。
「わー、何、これすごーい」
初めて見る魔導四輪にエレナははしゃいでいるようだが、きっと今のアスカやクルセルドと同じように後悔することだろう。ここにたどり着くまで、とんでもないスピードで左右に振り回され、かつてない、また筆舌に尽くしがたい恐怖を味わったことを彼らの身体はいまだに覚えている。
そして、四輪の後部座席にザッシュとともに男三人、窮屈に座ったのだが。
「ねー、君たち何でそんな青いの?乗り物酔い、ってやつ?」
運転席の隣から後ろ向きに座ったエレナが不思議そうに問いかけてくる。往きは、ハンドルを切れば身体が吹っ飛び、喋れば揺れて舌を噛んだものだが。
「エレナさんがいらっしゃるのにあんな運転しませんわ」
うふふ、と運転席のミシェルが笑った。
「タルスは魔導装置の法規制が全くないので、助かりました」
「魔力のある人からしたらこれは便利よね」
「はい」
ミシェルは、セルーゴではエネルギー源の転換や、より魔力消費を抑える装置の研究がなされているのだと話し、エレナはふむふむと興味を持って聞いているようだ。
「……王様になったら、真っ先に危険運転の禁止する……」
「大賛成だ、そうしてくれ」
ぼやく二人にザッシュは笑うが、「それよりこれどうにかしてくれ」と天井にぶつかる頭を指さした。四輪がガタンと揺れて、彼はひときわ強く頭をぶつけた。
「ミシェル?」
運転手は、車を止めていた。不思議に思った後部座席の男たちだが、すぐに気付く。彼らの進路をふさぐように、不気味な影がうごめいているのだ。
「昼間っからゾンビの軍勢とは、流石ゾアゴ」
「どうします?このまま蹴散らせなくもないですが」
「それだと四輪が動かなくなった時に畳みかけられるな」
ははは、と笑ったのはやはりザッシュだった。彼はドアを開けて外に出ると、荷物とともに天井に括っていた剣を取り出した。
「俺がある程度倒そう」
ゾンビはガーゴイルと同じくかつて使役されていた死体たち。斬ってもすぐには倒れないが、動きが鈍いのが特徴で、ザッシュの敵ではあるまい。ただ、数が多い。
「道を開く。合図したら最大速度で出せ」
「ザッシュはどうするの」
「まあ、どうにかするさ」
不安そうなエレナに笑いかけ、ザッシュはその隣のミシェルを見た。彼女は頷き、剣士に瞬発力強化の魔法をかける。
「日に何度も強化魔法を使うのは身体への負担が大きいのですが……、あなたなら大丈夫ですね?」
「ああ」
彼は剣を構え、ゆらゆらと近づいてくる腐乱死体と対峙する。
「今回いいとこなしなんだ。君たち、少し協力してくれ」
にこり、笑った彼は地を蹴ると、大剣を横に振りぬく。刹那ののちに前方のゾンビが三体、上半身と下半身が別れを告げた。相手はただの動く死体のため、返り血はない。左右から襲ってきたものも続けざまに二体斬り伏せて、剣を構えなおす。
「せーの」
ふ、っと息をついてからそう言って、彼は剣を下向きに振った。切っ先がえぐったのはゾンビの身体ではなく地面だ。古い石畳がめくれ上がり破壊され、礫となってゾンビにぶつけられた。
うめいた敵。その間を魔法で速度をあげたザッシュが駆け抜ければ、ばたばたと倒れていく。
「ミシェル!」
言われた通り、ミシェルは最大速度で発車させた。
「掴まっていてくださいね!」
そんな注意の言葉通り、四輪は揺れ、跳ねる。限界速度の上に、地面が最悪だ。ザッシュは壊しているし、倒れたゾンビを踏みつけることになって、車体は跳ねるのを通り越して、飛んだ。
「亡くなった方に私はなんてことを……」
「それ今どうでもいい!」
「ザッシュ!」
アスカは走行中の車のドアを開けて、手を伸ばした。気づいたザッシュが掴む。アスカはもう片方の手で車体を掴んで体重を支えたが、何せ相手はザッシュだ。腕の骨と筋肉が悲鳴を上げた。
「っ!」
身体が外に持って行かれそうだ。奥歯を噛みしめたアスカの腰を、クルセルドが抑える。
「お前、落ちたら殺すぞ!」
「分かってる!というか……、あんたは何笑ってるんだ」
「いやあ」
必死に引き寄せるアスカを見ているというのに、ザッシュはのんびりと答えた。
すべてのことは、一瞬。重力に逆らわない車体は地面へとその足をつけ、ザッシュはアスカと己の力で以て車体にきちんと掴まることに成功した。
「もう、滅茶苦茶ね」
「いやー、本当に何もしてなかったからな」
エレナが振り返り、ザッシュが笑う。その様子を、運転手であるミシェルは車内の鏡越しに見たが。
「ザッシュさん、まだです!」
どうやら、ザッシュ以外のものも魔導四輪にしがみついてしまっていたらしい。ザッシュはとっさに左腕で庇ったが、そこに汚い死体の歯が突き立てられた。
「ぐっ……!」
ザッシュは顔を歪めて僅かに呻く。下手に振りほどけばそのまま肉を食いちぎられるだろう。アスカが飛び出るのは難しく、クルセルドは車内で視界がなく敵の正確な位置が分からない。
全員が対処を迷ったその一瞬。鋭い一閃が空を裂いた。ズドン、と重たい音と共にゾンビの身体は貫かれ、地面に串刺しになった。魔導装置はキキィ、と高い音を立てて停止。アスカとクルセルドは車内から飛び出て、エレナたちも正面から来た新たな集団を見つめた。
三十人程度の、馬にまたがり鎧を纏った集団。その顔は人ではなく、竜。否、顔だけではなく身体も竜や蜥蜴のような硬い鱗で覆われている。全員手には槍を手にし、髭を揺らしていた。
「総員、敵部隊を排除せよ!」
凛とした声に、集団は短く返事をして走り出す。彼らはアスカたちを素通りして、まだ後ろでうごめいているゾンビを各個撃破した。
彼らに指示をした竜人は、馬から降りてひとりゆったりとアスカたちに近づくと、地面に突き刺さっている己のものなのだろう槍を地面とそしてゾンビの身体から引き抜いた。
「久しいな、ザッシュ」
「あっははは……、相変わらずソフィア殿はお強い」
「何、本気で打ち合えばもうお主の方が勝つだろうよ」
ふっと、竜人は笑う。一見して表情や性別が分かりづらい竜人族だが、ソフィアは間違いなく女性で、今は機嫌がいいのだと、ザッシュは知っていた。
助手席から降りたエレナを振り返ったソフィアは、目を細めて軽く頭を下げる。
「お久しぶりです、姫様。随分と大きくなられた。ソフィアのことは、覚えておいでかな?」
「もちろん!でもどうしてソフィアが……。あ、もしかして迎えってあなた?」
「その通り。ウィリアム殿から連絡があったと聞き、いてもたってもおられず志願いたしました」
そこまで聞いてやっと剣を収めたのはアスカだ。ほう、と息をつく彼にエレナが「ソフィアっていうの」と紹介する。
「竜人族の長で、ドレイクの奥さん。で、あっちは竜騎士隊。魔王軍ではなくて、竜人族の義勇兵みたいなものね」
「お主が我らの新たなる王か。竜人族のソフィアだ。予想通り細っこいな」
「……どうも」
最後は余計だと思いつつも、アスカは瞬時に悟る。これは、カトレアと同じく下手に口答えしてはならないタイプの女であると。
ソフィアはあまりアスカには関心がないようで、すぐに顔を上げると何かを探すように視線を巡らせる。そしてお目当てのものを見つけたようで、彼女はずんずんとその足を進めた。魔導四輪を挟んで反対側、運転席のミシェルの近くに身をかがめているクルセルドだ。
「クール」
「ひっ……!」
彼らしくなく、短い悲鳴を上げたクルセルド。青くなったその顔を見下ろしたソフィアは、もう一度彼の名前を呼んで衣服を摘まみ上げた。
「は、離せよ!俺は絶対謝らね――」
「よかった……!」
がっしりと。クルセルドのまだ成長途中である大きくはない身体は、竜人の両腕に抱きしめられた。
「……」
「ドレイクから話を聞いた時にはどうしようかと思った。よく、無事であった。よく、姫様をここまで守りお連れしたな」
ソフィアの目にたまった涙はあふれて、鱗を一枚一枚伝って流れ落ちる。クルセルドは目を見開き驚いていたが、やがて顔を真っ赤にした。
「は、離せよ……!鎧痛い。鱗硬い」
「む、これはすまん。いやでももう少し」
「痛い、痛いっての!」
クルセルドは暴れているが、ソフィアは彼を抱きしめ撫でまわして、離す気配はない。
「……何だあれ。あいつ、魔族じゃ嫌われ者なんじゃないのか」
ぽそりとアスカが疑問を口にすると、エレナが苦笑して答える。
「ソフィアは特別。私もあまり詳しくはないけど、クールを自分の子供みたいに思っているんじゃないかしら」
クルセルドは魔王軍に入ってから、ドレイクの家に住んでいる。ドレイクとソフィアは子供に恵まれず、ソフィアは彼を大歓迎したそうだ。
ソフィアは硬い鱗で頬擦りする勢いで、クルセルドは必死に逃げようとしている。痛いのも嘘ではないが、恥ずかしいのが先だろう。
アスカはその光景をどこかほっとして眺めていたが、ふと腹の奥の方に冷たいものがよぎった気がして目を閉じた。「アスカ?」とエレナが尋ねたのにひらりと手を振り、先ほどまで彼女がいた席に座る。
「とりあえずウィリアムのところに戻ろう。あと、後ろは狭いから嫌だ」
「……アスカさん、そういうのは普通女性に譲るところですよ」
「ザッシュがでかいんだから、馬でも借りろよ」
アスカは座席に深く腰掛けて腕を組み、動く気配はない。ミシェルは呆れたようにため息をついたが、それ以上は批判しなかった。
「クルセルドさんがどうしてあんなに真っすぐなのか、分かった気がします。彼は、優しい世界にいるのですね」
「……どうかな。でもあいつは結構捻くれていると思うぞ」
「だとしても、アスカさん程ではありませんわ」
ふふ、とミシェルは笑う。アスカの言った通り、四輪にはエレナとクルセルドが乗って、ザッシュが竜騎士隊から馬を借りたので、ミシェルはゆっくりと魔力を装置に送り込んだ。




