↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/20

第6話 ◆ ほんとにそれ、侍従?

家に帰ると、

父は居間の長椅子で眠りこけていた。


今日は外で深酒をしたらしい。


「…………。」


昨日より、幾分申し訳なさを覚えた。


だが――仕方ない。


妻と子のためだ。


あくまでも、騎士にはなれない。


居間の机に座り、

ウルリックは書類を広げた。


「明日までに覚えといてね。」


そう言われて渡された、

エドリックの来月の予定。


どうやらその先に、

顔が治ったウルリックを連れていくつもりらしかった。


予定の中には、船旅も外交先の海外もあった。


それらを侍従用の手帳に書き込みながら、

ウルリックは思う。


これって、本当に侍従の仕事なのか……?


今日一日を王弟邸で過ごしてみて気がついた。

本来、侍従は屋敷にいるものらしかった。


外遊先にまで付き従うのは、

おそらく従者の仕事だ。


「だから……エドリック様付きなのか?」


「あら、帰ってたの。」


顔を上げると、

母と姉が居間へ入ってきた。


二人とも、買い物帰りらしい。


「父さん、また飲んでるの?」

「今日は外で飲んできたみたいだ。」

「もー、ホントいい加減にしてよね。」


姉が呆れながら、

長椅子で眠る父を見る。


「…………。」


家ではああでも、

父が騎士団で厚い信頼を得ていることを、

今日初めて実感した。


母へ目をやると、

眠る父にそっと毛布をかけていた。


「この人はどうも、酒癖だけがね。」

「酒癖だけかしら。」


姉は首を傾げている。


「ところでウルリック、新しい仕事先って?」


母に言われてはっと気がついた。


そう言えば。

言ってなかったかもしれない。


「エーレンベルグ家。」

「は?」


二人は固まった。

姉が驚いて声を上げる。


「あんた、王弟家で働いてるの!?」

「まだ二日目だけど。」


母は、ウルリックの手元の手帳に目を落とした。


「……外国にまでいくような仕事なのかい。」

「俺も今日知りました。」


「何やってるの。」

「侍従。」


母は黙った。


「ほんとにそれ、侍従?」


姉は疑いの目を向けた。

懐から契約書の束を取り出し、二人に渡す。


「…………。」

「……本当だ。」


侍従にしては高すぎる給金と、補償。

手厚すぎる労働環境。


多少、怪しくても――


騎士よりは。


「……私も、侍従の彼氏見つけよっかな?」


契約書から顔を上げた姉は、

母から小突かれていた。



          ◆



王弟家の訓練場には、

朝から木剣の乾いた音が響いていた。


勤務三日目の朝。


なぜか侍従の俺は、

木剣で主人と打ち合っていた。


「お二人ともお見事です!」


すぐ傍で、

三男のエリオットがにこにこと観戦している。


「やっぱり動けるね。」

「……ありがとうございます。」


木剣で押し返しながら何とか答えるが、

正直余裕はまったくなかった。


エドリック――

この人こそ、かなり動ける。


ウルリックは父に鍛えられ、

騎士団入団まで漕ぎ着けてはいたが……

エドリックは外交官のはずだった。


なのに。


「そこまで!」


エリオットの声が掛かった。


「ありがとうございました。」


互いに礼をし、下がる。


「あー、疲れた。」


言うエドリックの顔は、

まだまだ余裕そうだった。


「お疲れ様でした。」

「ありがとう。」


駆け寄るエリオットから手巾を受け取り、

エドリックは汗を拭いた。


「外交官には、体型維持も必要なんだよね。」


そうなのか。


だが、その割には随分と楽しそうだった。


「父と、僕と、イーサンとエリオット。」


エドリックは数えるように指を折る。


「四人だけで訓練するのも飽きちゃって。君が来てくれて助かるよ。」


――なるほど。


エドリックの強さの理由はそこか。


そういえば王弟も、

「騎士にはならなかった」と言っていた。


ならなかっただけで、

鍛えられていない訳ではなさそうだ。


「ウルリックさんもどうぞ。」

「ありがとうございます。」


手巾を受け取りながら頭を下げる。

これでは、どっちが侍従だか分からない。


「なんだ、終わったのか……。」


背後から声がして、ウルリックは振り返った。


訓練着姿のイーサンが、

木剣を手にして立っていた。


心なしか、残念そうに見えた。


「見た目より、重いよ。まだ痺れてる。」


手首を振りながらエドリックが笑った。


どうやら、先ほど受けた一撃の話らしい。


「そうか!やはりファルク家だな。ギャリック殿の剣も重い。受けると、腕がもげそうなほど痺れるんだ。」


イーサンの目は、

これまでにないほど輝いていた。


長椅子に座っていた時よりも、

幾分か声が大きい気がする。


――この人もやっぱり、騎士なのか。


「エリオット、構えろ。」

「えぇ〜……。」


三男は、見るからに嫌そうだった。

あまり剣を握るのが好きではなさそうだ。


片や、イーサンは肩慣らしのように木剣を振り回している。


……俺でも、相手をするのは嫌だ。


「……では、兄上お願いします。」

「うん、いいよ。」


手にした時計をエドリックに渡し、

エリオットは木剣を握った。


時間制限つきの打ち合いらしい。


「はい、始めー。」


向かい合う二人とは対照的に、

エドリックの声には、全く緊張感がなかった。


再び、訓練場に木剣の打ち合う音が響きだす。


エリオットは避けるだけでも精一杯だった。


というより……。


受けると、飛ばされそうだ。


「ところでウルリック。住むところは決まったのかい?」


「まだです。しばらくは、妻の実家にお世話になろうかと思ってますが……。」


「うん、その方がいいと思うよ。」


エドリックは、打ち合う二人から目を離さないまま続けた。


「外交官の仕事は、長期間家を空けることも多い。夜間に女性一人では不安だろう?」


やっぱり、同行が必要なんだ。


「もちろん、遠征中は特別手当がつくよ。」


ウルリックの不安を見透かしたように、エドリックは笑った。


「だからこれ、先に渡しておくよ。」

「何ですか?」

「今月分の住宅補助と、住宅貸付のための書類。」


「住宅貸付?」

「契約書に書いてあったはずだよ。」


イーサンの一撃に、エリオットがふらついた。

エドリックは表情も変えずに話し続ける。


「王弟邸から徒歩圏内の家屋の購入に、エーレンベルグ家から資金を貸し付けることができる制度。担保も利子もないから、いい家が見つかったら買うといい。」


「…………。」


確かに、

契約書に書いてあったような気がする。


だが、あれは確か、

長年勤めた者が使える制度じゃなかっただろうか。


「……要るだろ?」

「ありがとうございます……。」


なぜ、自分が対象なのか。

一瞬、不安がよぎったが、妻と生まれてくる子供のことを思えば断る理由はなかった。


ウルリックは書類を受け取った。


「兄上……!」 


その時、エリオットから悲痛な声が上がった。

 

「何だいー?」

「ちょっと、長すぎませんか……!?」


半ば悲鳴のような声に、

エドリックは時計に視線を落とした。 


イーサンは、なおも容赦なく打ち込んでいる。


なんとか受け流しながら、

エリオットは叫んでいた。


「兄上!」


「……ああ、忘れてたよ。」


「兄上ぇ!?」


「はい、そこまでー!」


礼を終えた途端、エリオットは膝をついた。

肩で息をしている。


「……どうぞ。」


ウルリックは手巾を渡した。


「…………。」


エリオットは、

膝をついたまま軽く頭を下げた。


声も出せないようだった。


イーサンは、汗もかいてはいない。


……化け物かもしれない。

 

逆に、

よくあの時間を無傷で耐えたものだと、

エリオットに感心した。


立ち上がるエリオットに、

ウルリックは肩を貸した。


勤務三日目。


やっと、侍従らしいことができた気がする。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。