↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/20

第3話 ◆ウルリックがいい。

妻の両親は、

ものすごい形相でウルリックを睨んでいた。


いや、まだ正確には妻ではない。


隣を見ると、

彼女の頬も赤く腫れている。


叩かれたのだろう。


拳で殴られたウルリックよりはマシだが、

それでも十分痛そうだった。


「あなた、娘に何てことを……!」


どうやら、

父親より母親の方が怒りは大きいらしい。


怒った顔は、

彼女によく似ていた。


当の本人は、

ずっと俯いたまま固まっている。


「すみません。」


ウルリックの顔が終始涼しげなのが、

余計に神経を逆撫でするらしかった。


仕方ない。

こういう顔だ。


「――これから、どうするつもりだ。」


父親が、

低い声で尋ねた。


「結婚させてください。」


「順番が違うわ!」


母親が反射的に声を上げる。


確かにそうだ。


「お前は黙ってろ。」


父親に制され、

母親は行き場のない怒りを膝へぶつけた。


申し訳ない。


ちっとも顔には出ていないだろうが、

心の底からそう思っている。


「……騎士団へ入ると聞いていた。」


「はい。」


「騎士は……。」

「なりません。」


ウルリックの隣で、

彼女の肩がびくりと震えた。


「騎士にはなりません。」


今度は、はっきりと言った。

父親が眉を寄せる。


「……なら、職は。」

「決めてきました。」


「何をする。」

「侍従です。」


侍従。


その瞬間。


隣の彼女が、

勢いよく顔を上げた。


「――っ……」


何か言いたそうに唇を開く。


けれど、声にはならなかった。


父親が小さく息を吐く。


「勤め先は。」


「王弟家です。」


今度は、三人が揃ってウルリックを見た。


「……王弟家?」


「イール国王弟、

エーレンベルグ家です。」


「…………。」


怒りより先に、

困惑が勝ったらしい。


やはり王弟家の名前は強い。

母親の顔が、ほんの僅かに緩んだ気がする。


父親はしばらく黙ったあと、

娘へ視線を向けた。


「お前は、こいつでいいのか。」


「…………。」


彼女は答えない。


ウルリックは、

そこで初めて彼女を見る。


俯いた横顔。


腫れた頬。


何か言いたそうで、

でも言えないように弾き結ばれた口元。


……あ。


そうか。


もしかして。


「騎士が良かったの?」


彼女が、

驚いたように顔を上げた。


「……ううん。」


首を横に振る。


それから、

小さく息を吸った。


「ウルリックがいい。」


「…………。」


父親は、

娘の顔をしばらく見つめていた。


やがて、

深く息を吐く。


「――娘を、

よろしくお願いします。」


ウルリックは、

静かに頭を下げた。


「こちらこそ、よろしくお願いします。」



          ◆



「昨日より酷くなってない?」


エーレンベルグ家への初出勤の朝。

会うなり早々、エドリックが顔をしかめた。


ウルリックの顔。


昨日は赤く腫れていたものが、

さらに倍に腫れている。


心なしか、話しにくかった。


「気にしないでください。」

「気になるよ。」


間髪入れず、エドリックは答えた。


「せっかく見た目で選んだのに……。」


呟く。


やっぱり、そうだったのか。


昨日の面接は、

やはり外見が重視されていたみたいだ。


だが、いい。


見た目でも何でも、

安定した給金につながるなら、

存分に役に立ってもらおう。


「……今日は、外出は無理そうだね。」


小さく息を吐く。


「まあ、採寸に顔は関係ないからいいけど。」


そう言って片手を上げる。

側に控えていた男が、巻き尺と布を取り出した。


何をする気だろう。


「失礼します。」


ウルリックにそう言うと、

顔周りに布を当てだした。


次々と布を変え、何かを見ているらしかった。


「……うん、いいね。その色は似合う。そっちはダメだ。印象が冷たすぎる。」


いちいち、エドリックが感想を述べる。


「そうだ、僕の昔着てた服も持ってきてよ。着せてみよう。」


侍女に指示を出し、取りに行かせる。


……ちょっと待て。


それが、俺の仕事なんじゃないか??


「エドリック様。」

「何だい?」


「私は、今日から侍従として働くのでは?」

「そうだよ。」


「では、あの方に服を取りに行かせるのは……」

「今日はいいの。」


エドリックは何でもないことのように言った。


「これは……そうだな。

まあ、初期投資みたいなものだから。」


初期投資?


ウルリックが黙っていると、

エドリックはほんの少しだけ微笑んだ。


「君、辞められないでしょ?」


「…………。」


なかなかに、性格が悪いのかもしれない。


妻と子供がいる。


確かに、辞められない。


だが、まだ始まってもいなかった。


「だから、初期投資だよ。」


「まだ、何もしてないのですが……」


「大丈夫。僕、人を見る目はあるから。」


柔らかく微笑んだ。


「…………。」


ずいぶんと自信があるような様子だった。


どうやら衣装係らしい男性に巻き尺を当てられながら、ウルリックは改めてエドリックを見た。


少し、中性的な顔立ち。


背は、長身のイール国の人の中でも

目立つほどに高かった。


青の瞳。

左の目元にある黒子が印象的だった。


明るい金髪を長く伸ばし、尾のように後ろで束ねている。


――英雄、リックのように。


「……君も、切らせてもらえなかったのかい?」


「え。」


一瞬、何のことだか分からなかった。

どうやら髪型のことらしい。


「ああ……そうですね。」


「騎士はみんな、憧れるらしいね。」


エドリックは苦笑している。


何となく、理由はわかる気がする。


長く束ねた金の髪。


海を渡り、

山を割り、

竜を倒した英雄リック。


イール王国では、

リックの英雄譚が至る所に転がっている。


金髪の息子を『リック』に仕上げたい父親達は、髪型までも指定してくる。


「エドリック様、お持ちしました。」

「ああ、ありがとう。」


先ほどの侍女が、大量の服を運んできた。

他の侍従達も一緒だ。


……いや、それが俺の仕事なはずなんだが。


「ウルリック、これ着てみて。」


「エドリック様、これは侍従の仕事ですか?」


尋ねてみた。

他の侍従は、みな揃いの制服を着ている。


「仕事だよ。」


返事はすぐに返ってきた。


なら仕方ない。

給金に含まれている。


他の侍従達に手伝われながら、

渡された服を着る。


……先ほどの採寸は、侍従の制服を作るためのものだろう。


多分。


「うん、似合いそうだね。これ、彼に合わせて仕立て直して。」


着せられたのは、暗い臙脂色の上着だった。


これ、天鵞絨じゃないか。


「……侍従に必要ですか?」


「僕の侍従には必要。」


そう言い、他の侍従達にどんどん着せ替えるように指示を出す。


燕尾服。

深い青の外套。

金糸を控えめに使った正式な場用の服。


かと思えば、市場に紛れても目立たなそうな、灰色の上着や地味な茶の外套まである。


……侍従とは、

こんなに着替えるものなのだろうか。


大きな姿見の前で、

ありとあらゆる服を着せられた。


「まだあるんですか。」


いささか疲れ始めた頃、一着の服が渡された。


「ちょっと、これを着て隣に立ってみてよ。」


「…………。」


もう、声を出す元気もなくなっていた。


着替えとは、

こんなに疲れるものだっただろうか。


エドリックは腕を組みながら、

姿見に映った二人の姿をじっと見ていた。


華やかな主人の後ろ。


白みを帯びた淡い金の髪を束ね、

涼しげな青い瞳のウルリック。


二人とも金の髪と青の瞳を持っているのに、

その印象は正反対だった。


「……いいね、この方向で行こう。」


この姿の、何がいいんだろうか。


ウルリックの表情には疲労が滲み、

両頬は酷く腫れ上がっている。


その後もエドリックは、衣装係に細かい指示を与えていく。


丈がどうたら、裾がどうたら。


ウルリックには、よくわからなかったが。


最後に、着てきた自分の服が返された。


――何だか、くたびれているようにも見える。


「あとは、髪型かな……。」


エドリックが、もう一度姿見を振り返る。


「切りたい?」


ちらっとウルリックを見ながら、尋ねる。


「切ろうと思ってます。」

「そう。」


目を細め、何かを考えているようだった。


「――駄目だ。」


ぽつり。


「特別手当を出すから、そのままで。」


「…………。」


侍従とは、髪型にまで手当がつくらしかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。