第2話 ◆侍従か。最高です。
「貴様、それでいいと思っているのかぁぁぁーー!!」
自分で書いた紹介状を差し出した。
「署名だけください」と父に頼むと、
今度は先ほどとは反対の頬を殴られた。
勢いを逸らしたが、
おかげで今度は部屋の扉が壊れた。
「妻と子供のためです。」
そう言い、なんとか署名をもらうと、
ウルリックは家を飛び出した。
まるで猛獣だ。
背後で吠えつづける父を、
母と姉が必死で止めていた。
大変申し訳なく思う。
だが。
絶対に、騎士にはなれない。
妻と子供のために。
――あくまでも、妻と子供のために。
「――ギャリック・ファルク殿からの紹介状?」
その足でエーレンベルグ家の屋敷へ赴き、
紹介状を渡した。
約束もなく訪れたにもかかわらず、面会室にまで通された。
さほど期待はしていなかったが、
父の名には、
思っていた以上の信用があるらしい。
「……これは、期待できるな。」
呟き、辺りを見渡した。
広い面会室。
品よく整えられた調度品。
うちみたいに壁にひびは入っていないし、
扉も壊れてはいない。
優美で静かな時間がそこにはあった。
心なしか、出された紅茶まで輝いて見える。
さすが――
「お前、ウルリックか!?」
その静寂を破るかのように。
突如、扉が開かれた。
「あの、ギャリックの息子のウルリックか!?」
「王弟殿下、お声が大きすぎます。」
「――っと、すまん。」
執事に言われ、その男性は口を押さえた。
父の騎士団での旧友。
すでに騎士は引退している、
イール王国王弟、エイモン・エーレンベルグ。
本人だった。
ウルリックは慌てて立ち上がり、深く頭を下げた。
「ご無沙汰しております。」
「ああ、大きくなったなぁ!今、確か……」
「十八になりました。」
「そうか!」
「……ごほん。」
執事の咳払いに、エイモンは気まずそうに声を落とした。
「……すまん。つい、懐かしくてな。」
うちの父も同じだが、
騎士というのは興奮すると、
どうやら声が大きくなるらしい。
「今度、お前が騎士団に入団すると聞いていたのだが……何があった。」
王弟の声が、少しばかり低くなった。
こちらの事情を探るような声音だった。
「――妻と子供ができました。」
「……は??」
「ですので、騎士にはなりません。」
「ちょっと待て。」
そこまで聞くと、
王弟はウルリックの顔をまじまじと見た。
両頬が赤く腫れている。
「……その頬は。」
「父に殴られました。」
「――そういうことか。」
王弟は、苦い顔をしていた。
「ですので、お仕事を頂けないかと。」
「……騎士では駄目なのか?」
「妻の両親が、できれば他の職をと。」
嘘だった。
だが、おそらく言うに違いない。
「それはそうか……まあ、娘を嫁に出す親としてはそうかも知れないが……だが、ファルク家だぞ。それでいいのか、本当に……」
王弟は、何か考えこむように小さく呟いた。
「一応聞くが、剣は?」
「使えます。」
「馬にも。」
「乗れます。」
「読み書きはもちろん。」
「できます。」
「だろうな。」
仮にも、騎士団入団が決まっていた。
「それで、何故。」
「妻と子供のためです。」
だが、ウルリックは一切ブレない。
「念のためにもう一度聞くが、騎士には――」
「なりません。」
「……そうか。」
王弟の声には、どこか落胆が滲んでいた。
「それで、お仕事は頂けるでしょうか。」
ウルリックは、もう一度尋ねた。
貰えないなら、残念だが次を探すしかない。
早急に。
「まぁ、ギャリックの息子ならいくらでも仕事はあるだろうが……。」
王弟は、ちらっと執事の方に視線をやった。
執事は胸元から手帳を取り出して、
確認する。
「今空きがあるのは……庭師、調理担当の侍女、馬番。あとは、侍従くらいでしょうか。」
「侍従か。」
「最高です。」
「え?」
思わず口をついて出た言葉に、
王弟が顔を上げた。
ウルリックは、
涼しい顔でそれをなかったことにする。
「侍従か……ちょうど、長男付きの侍従を一人探していたんだが。」
期待する。
それ。
まさしく、それだ。
それしかない。
「侍従だぞ?」
「はい。」
「……剣も、馬も使わない。」
「承知しています。」
「いいのか、本当に……。」
「もちろんです。」
「…………。」
王弟は、どうも納得していないようだった。
しまった。
ウルリックは、
ほんの少しだけ視線を落とした。
「……致し方ありません。」
「だろうな。」
エイモンは深く頷いた。
よし、通った。
「……エドリックを呼んでくれ。」
執事に指示を出す。
「リック?」
思わず、ウルリックは反応した。
エイモンがこちらを見る。
「長男のエドリックだ。」
リック。
自分の名前と、同じ響きがあった。
「昔から、ギャリックの名前が羨ましかったんだ。」
エイモンは、懐かしそうに話し出した。
「ファルク家の男子には、代々リックの名前をつけるだろう?」
「ええ、まあ……」
父も、祖父も、その祖父も。
代々リックの名前だった。
呪いのように。
「格好いいじゃないか。英雄、リック。」
そうだろうか。
「それで、私も息子にはリックの名前をと。」
嫌な予感がした。
「エドリック様は、騎士なのでしょうか?」
ウルリックは内心焦った。
それだと、話が違う――
安心、安全、安定。
騎士付きの侍従など、
騎士団とそう変わらない。
いつ雇い主に死なれるかわからない。
主人の死は、そのまま解雇だ。
だが、エイモンは首を横に振った。
「外交官だ。」
ため息を吐く。
「エドリックは、騎士にはならなかった……。」
「…………。」
それは、気が合いそうだ。
そんなそぶりはおくびにも出さず、
王弟に合わせて視線を落とす。
「それは……。」
「まぁ、次男は騎士になったんだが。」
なんだ、いるのか。
危ないところだった。
扉を叩く音がして、王弟が振り返る。
「エドリック。」
「父上、お呼びでしょうか。」
ウルリックは立ち上がり、礼をとった。
王弟家長男――
整った顔立ちの青年が、小さく会釈を返す。
ウルリックと同じように、
長い金髪を後ろで一つに束ねている。
かなりの長身だったが、
優雅な立ち姿と美しい所作のため、
まったく威圧感がない。
それどころか、どこか親しみやすささえ漂わせていた。
年の頃は、ウルリックより少し年上だろうか。
「君がウルリック?」
青年が、ウルリックを上から下まで眺めた。
「ちょっと、その窓際に立ってみて。」
言われるがままに、
日当たりのいい窓際に立つ。
「回ってみて。」
「はぁ……。」
「そっちから歩いてみてくれる?」
「はい。」
「そこで止まって。」
「…………。」
何を見られているんだろうか。
ウルリックは、
黙って指示に従い続けていた。
侍従は、外見が大切だと聞いたことがある。
おそらく、それだろうか。
「――見た目がいい。」
「――背も高い。」
「姿勢、合格だ。」
どうやら姿勢は合格らしい。
「ちょっと、顔は腫れてるけど……。」
「すみません。」
「……治るよね?」
「おそらく。」
「なら、いいね。頼むよ。」
――やった。
「ありがとうございます。」
何だかわからなかったが、
採用らしかった。
ウルリックは深々と頭を下げた。
息子の言葉に、エイモンは頷いた。
「基本の給金は王弟家から出そう。」
「その他は僕から。」
――その他?
少し引っかかった。
だが。
安心、安全、安定。
『イール国王弟――エーレンベルグ家の侍従』
王家の一門に仕える。
潰れもしなければ、
給金が途絶える心配もない。
これ以上にないほどの安定職に、
ウルリックは大満足だった。
「明日から来てよ。」
そう言うエドリックの微笑みは、
華やかだった。
外交官か……。
騎士よりは、ずっとましだ。
少々移動は多そうだが、
それも許容範囲だろう。
何より、危険は少なそうだ。
「よろしくお願いします。」
ウルリックは、もう一度深々と頭を下げた。
「ところで。」
エイモンが、
ふと思い出したように尋ねた。
「子供はいつ生まれるんだ?」
――そういえば。
子供って、
どれくらいで生まれるものなんだろう。
「……さぁ、いつでしょうか?」
「え?」
「今日、知ったので。」
表情ひとつ変えずに答えるウルリックを見て、
エイモンとエドリックは顔を見合わせた。




