第1話 ◆できちゃったみたい
「……できちゃったみたい。」
その一言を聞いた時。
ウルリックは、
しばらく何も言えなかった。
淡い金の髪を背中で束ねた青年は、
冷たい青の瞳で少女を見つめていた。
内心では激しく動揺していたが、
涼しげな表情は一切崩れなかった。
目の前の少女は―― 十六歳だった。
気まずそうに俯いたまま、
ウルリックと目を合わせようとしない。
まだ大人ではない。
自分だって、
ついこの間まで子供だった気がする。
なのに、
子供ができた。
「どうしよう。お父さんに知られたら、私……」
少女は、
ぎゅっと両手を握りしめた。
「それに……」
ぐっと、
言葉を詰まらせる。
「あなたの将来が……」
彼女の声は、
震えていた。
ウルリックの父は、
名の通った騎士だった。
祖父も、
その祖父も。
自分の名前だって、
昔の英雄譚からつけられている。
ウルリックもまた、
父の口利きで騎士団への入団が決まっていた。
入団式は、明日だった。
――当然のように、騎士になるだろう。
誰もが、そう思っていた。
が。
「――結婚しよう。」
ウルリックは迷わなかった。
何ひとつ、
迷わなかった。
驚いた少女が、
涙の溜まった目を上げる。
「……え?」
「子供ができたなら、死ねない。」
「え、えぇ……」
「騎士にはならない。」
「でも、ウルリック……」
「大丈夫だ。」
戸惑う彼女の手を握る。
頭の中では、
ものすごい速さで今後の人生が組み直されていた。
結婚。
出産。
――まず、死ねない。
住む場所。
食費。
養育費。
それに、
衣類。
――稼ぎだ。
稼ぎがいる。
それに、
安定。
できれば屋内勤務。
危険が少なく。
稼ぎのいい仕事。
父親の顔も多少は利く。
「……大丈夫だ。働くから。」
ウルリックは、
二度言った。
理想は、
王族か高位貴族の屋敷勤め。
給金は安定。
身元も堅い。
戦場へ出る必要もない。
父の伝手を辿れば、
どこかには引っかかるはずだ。
「心当たりがあるんだ。」
「え、えぇ……??」
「だから、結婚しよう。」
予想外の答えに、
少女の方が狼狽えていた。
◆
「貴様、何てことをしたぁぁぁーー!!」
騎士団入団式の前日。
彼女を妊娠させた事実を告げると、
当然のように親父は激怒した。
ただの激怒ではない。
大激怒だった。
殴るだけでは飽き足らず、身体ごとぶん投げられた。
部屋の窓は割れ、壁にはひびが入っていた。
父の剛腕で殴られた頬を冷やしながら、ウルリックは紙に筆を走らせていた。
なんとか受身を取ったから、
骨までは折れてない。
それよりも、壊れた備品は総額でいくらになるだろう。
「ほんと、怒りっぽいな。」
だから、血の気の多い騎士は嫌なんだ。
話すらできない。
尚も怒りの収まらない父を、母が隣の部屋で必死に止めている。
母は、本当に苦労をしていた。
父は毎日、深酒をする。
帰りも遅い。
任務となれば何日も家を空け、怪我をして帰ってくることもある。
父は重騎士だった。
騎士団の盾役として、
今も誰よりも前線に立っていた。
その上、盾役のくせに盾を好まない。
「盾? いらねぇ。」
そう言い、片手に大剣。
もう片方の手に槌矛を持ち、敵陣に突っ込んでいく。
攻撃は最大の防御らしい。
いわゆる脳筋だ。
死ぬかも知れないとわかっている任務に赴いて、それでも不思議と生きて帰ってくる。
そんな、殺されても死なないような父なのだが、仕事のたびに母は眠れぬ夜を過ごしていた。
――ウルリックには、ちっとも理解ができない。
強いからだと人は言うが、強くても生きて帰ってこられない騎士達もいる。
単に、父は幸運なのだと思う。
そんな幸運が、
自分にもあるとは思えない。
そもそも。
自分のような冷めた性格の人間が、
この家に生まれたこと自体、
あまり幸運とは言えなかった。
「――騎士団。」
却下。
「警備兵。」
却下。
「貴族家の護衛。」
却下だ。
剣が出てくる職は駄目だ。
危険だ。
長年かけて身につけた能力に、
ウルリックはなんの未練もなかった。
剣が使える。
馬にも乗れる。
体力がある。
だから何だ。
安心。
安全。
安定の職場。
こちらの方がよほど大事だった。
ウルリックは、書き出した父の知人達の名前をじっくりと見た。
………ほぼ全員が、騎士だ。
「……給金に期待できないな。」
不安定な職の家に勤めるのは、
安定とは言えない。
いつ、雇い主が死ぬかわからない。
「いないのか、一人くらい……」
安心。
安全。
安定の職場が……。
よく見る。
よくよく見る。
――――いた。
一件だけ。
しかも、超優良物件が。
「――これだ。」
『エイモン・エーレンベルグ』
ウルリックは、その名前に大きく丸をつけた。




