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第17話 ◆鼬鼠狩り。

渦灯港――


青の包み紙に描かれていた地図で、そう記されていた場所には古びた船具店があった。


近くの酒場で、その店の様子を窺える席に座る。

すでに店は戸を閉ざしていたが、裏手へ続く路地へは時折人影が吸い込まれていく。


「――当たりだね。」


軽食の置かれた皿から目線を上げずに、

エドリックは言った。


すでに、どこかから見られているらしい。


余計なことは言えない。


「地下でもあるのかな。」


店の中に収まりそうな人数よりも、

入っていく人影の方が明らかに多かった。


ほとんどが、自分達と同じような二人連れだ。


配下と交わす世間話のように、エドリックは続けた。


「許可証は持っているか?」

「はい。」


ウルリックは、襟元につけた小さなピンを見せた。

三日前に、広場で子供から押し付けられたものだった。


許可証は一人分しかない。


だがエドリック曰く。


買い手側は、それを身につけた従者自体が、入場の証になるらしい。


もし取り締まりの手が入れば、

買い手は許可証を身につけた者を置いて

逃げられるように、だそうだ。


――なんていやらしい仕組みなんだろう。


「荷は、どれくらいの量になるだろうね。」


皿の上のパンをちぎりながら、ウルリックを見る。


「ヴォルフ、君も食べときなよ。」

「……はい。」


「中に入ったら、荷を運び出すための経路の確認を頼むよ。」

「わかりました。」


――逃走経路を確認しておけ、と言うことだろう。


巣穴を潰すだけでなく、

エドリックは鼬鼠を狙っている。


「……いい買い物が出来そうだ。」


《狐》は、楽しそうに目を細めていた。


         ◆


店の裏口には、男が二人座っていた。


木箱の上で煙草を燻らせ、世間話をしているように見えた。


二人が近づくと、気安い仕草で片手を上げる。


「よう、旦那。」


男はウルリックの襟元に視線を向け、

許可証を確認する。


次にエドリックの方に向き直ると、

煙草を持った手でウルリックの腰を指差した。


「剣は駄目だ。預からせてもらう。」


エドリックを見ると、小さく頷かれた。


ウルリックが男に剣を渡すと、

服の上から掌で身体を叩いて、他に武器がないかを確かめられた。


次に、ウルリックが背負っていた、

いかにも重そうな二つの革袋を改めた。


「こっちの袋は?」

「金だよ。」


中には、金貨を小分けにした袋がぎっしり詰まっていた。


男達は目を見張ったが、袋の中に武器が紛れていないことを確認すると、次にエドリックに近づいた。


「おや、僕まで疑うのかい。」


エドリックの視線は、冷たかった。


「ヴォルフ。」


ウルリックは黙って、二人の男に一枚ずつ金貨を渡した。


エドリックは微笑む。

いつもとは違う、傲慢な様子で。


「通っていいかな?」


「……どうぞ。」


積まれた木箱の裏側に、

地下への階段が隠されていた。


          ◆


階段を降りるにつれ、潮の匂いが濃くなっていく。

エドリックは囁いた。


「海へ繋がる水路があるようだね。」


ウルリックは小さく頷いた。

おそらく、そこが搬入口だろう。


入り口前の路地は狭く、荷の積み下ろしをするには不便そうだった。

海に繋がる水路から荷を運び込み、この地下空間で商品を捌くのだろう。


人目につきにくく、合理的なやり方だ。


階段を降り切った先には、

会場の入り口があった。


扉はなく、その奥には広い空間が見える。

その前に、場にそぐわないほど幼い子供が立っていた。


雪のような白い肌。

真っ直ぐな黒髪は、肩口で切り揃えられている。

控えめな灯りに照らされる瞳は、暗い朱色に見えた。


――広場で、ウルリックに許可証を渡してきた子供だ。


「お待ちしておりました、レナール様。」


その声は、見た目から想像していたよりも低かった。


どうやら少年らしい。


丁寧な作法で頭を下げ、二人を入り口の奥へ

促した。


会場に入ると、別の者が案内を引き継ぎ、二人を用意された席まで導いた。


案内されたのは、

最前列――その中央。


エドリックは周囲へ視線を巡らせ、片眉を上げた。


「……やりすぎたかな。」


「どういうことですか。」


「鼬鼠に遊ばれてる。」


ウルリックが周りを見渡すと、

様々な客達がいた。


自分達と同じような金払いの良さそうな主人と、その従者。

娼館の主らしき女と、若い男娼。

老齢の伯爵と、その腕に手を添える若い婦人。

明らかに変装している二人連れ。

大柄な軍人崩れと、帳面を抱えた小柄な商人。

喪服姿の未亡人と、老執事。


そのほかにも、十組近い客が席についていた。

誰もが、互いを見ないふりをしている。


「見てもわからないと思うよ。」


正面を向いたまま、

エドリックは僅かに口元を歪めた。


とても面白くなさそうだった。


「――お集まりの皆様方。」


しばらくして、壇上に小柄な商人風の男が現れた。

静かに席に着いていた客の視線が、一斉にそちらに集まる。


「聚宝商会へようこそ。」


恭しく頭を下げ、両手を広げて見せる。


聚宝商会――


エドリックの言う『鼬鼠の巣穴』は、

自らをそのように名乗っているようだ。


「今宵も皆様の健やかな日々を支える、選りすぐりの商品を用意しております。」


そして、男の口上が始まった。


「眠れぬ夜に、穏やかな休息を。

重い身体に、活力を。若き日に戻れるとは申しません。ですが、今ある美しさを保つことなら出来るやもしれません。

衰えた気力を、束の間、呼び覚ますことも。」


数名の客が、身じろぎする。

あるいは、身を乗り出すように。

皆が、息を呑むように次の言葉を待っている。


「どうぞ今宵も、ご自身に相応しい逸品をお求め下さい。それでは――」


「――まだだよ。」


隣に座るウルリックの耳元に、

エドリックは顔を寄せた。


壇上では、

運び込まれた一つ目の商品の説明が行われていた。


購入した側にも「知らなかった」と言い逃れできるような余地を残した、よく考えられている口上だ。


……エドリックの言う鼬鼠は、人の欲というものをうまく扱う人物のようだ。


エドリックは、品定めの相談をしているように見せかけて声を潜めた。


「初めの数点は、自由に売買させる。

客も品も、外には出すな。」


ウルリックは頷いた。

適当に手を挙げながら、エドリックは続ける。


「競売の開始から一刻後、表は別の者が押さえる手筈だ。」


壇上の商人が、客の一人を指し示す。


軍人崩れの男が、手を挙げた。

少し離れた席で、未亡人が肩を揺らす。


客達の欲を煽るように、

商品の値はどんどん吊り上がっていく。


その様子を見つめながら、

エドリックは薄く目を細めていた。


「…………。」


巣穴を潰せば、それで終わりだ。


狐は、そのまま黙って競りの行方を眺めていた。


だが――


「……もしも、鼬鼠が姿を現したなら。」


狐が、唸った。


「――押さえろ。」

「――承知。」


その時、木槌を打ち付ける音が響いた。


喪服姿の未亡人が、商品を競り落としたようだった。

老執事に付き添われ、別室の方へ移動していく。


商品には番号を振られた札が下げられ、

そのまま壇上に残されていた。


「では、次の商品――」


二つ目の商品が競売にかけられた。

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