第15話 ◆恋文と機密文書。
訓練の後、エドリックはイーサンと一緒に馬車に乗って出掛けて行ってしまった。
「エドリック兄様は、今日は軍部と会議があるそうです。」
そうなのか。
なぜか主人の予定をエリオットから聞かされ、ウルリックは首を傾げた。
軍部と会議。
――外交官って、そんな事もあるのか。
少々、物騒な予感が脳裏をよぎった。
明日が、港街の店で言われた“三日後”だった。
「ところで、エリオット様はなぜこちらに?」
訓練が終わってから、ずっと近くにいるエリオットにウルリックは尋ねた。
また今日も、
一緒に掃除をするつもりだろうか。
「今日は兄上から、ウルリックさんに部屋の管理を教えるように、と言いつけられています。」
「……エリオット様が、教えてくださるんですか。」
「はい。兄上は自分の部屋を屋敷の者に触らせません。」
そうなのか。
「では、これまでは……。」
「僕がしていました。兄上の仕事は特殊ですから。」
どうやら、知っているようだった。
やはり、この少年も底が読めない。
エリオットに連れてこられた部屋の扉には、
他の部屋よりも多くの鍵が付いていた。
慣れた様子でその鍵を開け、
ウルリックを中に招き入れた。
「ここがエドリック兄様の部屋です。」
部屋は、普通の部屋に見えた。
洗練された調度品はいかにもエドリックの好みらしかったが、これといって特別なところはない。
ウルリックは水桶を床に置いた。
手にしたはたきで、早速高いところに積もったほこりを落としていく。
棚の上の小箱へ手を伸ばすと、
窓を拭いていたエリオットから声が掛かる。
「あ。触ったものは、必ず元の位置に戻してください。」
「…………。」
ちょっと歪んでいた小箱の並びを、
直して戻そうとしていたところだった。
「向きも、位置もです。」
「……はい。」
指でつつき、元の角度に戻す。
「兄上は、必ず気づきます。」
――分かります。
とても面倒そうな部屋だった。
ひとしきり拭き掃除を終えた後、エリオットは机の上を整理していた。
「ちょっとこちらに来ていただけますか?」
山のような手紙を箱に仕分けているようだった。
「こちらが、届いた手紙。
こちらが、これから出す手紙です。」
見ると、届いた手紙のほとんどが恋文のようだった。
「……すごいですね。」
「兄上ですから。」
さも当然のように言って、エリオットは一枚ずつ表書きを確認していた。
「……これは本物。これも本物。これは……ああ、偽物です。」
偽物?
「何ですか、それは。」
「恋文のふりをした、機密文書ですね。」
エリオットはさらりと言った。
「嗅いでください。」
ウルリックの鼻先に、手紙が寄せられる。
少し癖のある、香木の匂いがした。
「この香りと、筆跡で見極めます。」
「…………。」
難易度が高すぎた。
「難しすぎます。」
「分からなければ、開けて構わないそうです。」
……いいのか。
恋文も、機密文書も同じ扱いなのか。
「男性からの恋文は、だいたい偽物ですので。」
エリオットは、男性から届いた手紙を一つの箱にまとめていく。
なるほど、それならわかりやすい。
中の一つを手に取り、ウルリックは表書きを見た。
男性名。
なら――
「あ、それは本物です。」
「…………。」
手紙を偽物の箱に入れようとして、手が止まった。
「たまに、本物も混ざるので注意してください。」
エリオットは、その手紙を“返信不要”の箱に仕分けた。
「次にこちらから出す手紙ですが、これは三つに分けて違う侍従に託します。」
見ると、差出人がエドリックの名になっているものもあれば、まったく違う名前のものもあった。中には、女性名のものまである。
筆致も、全て違っていた。
「一つ、機密性の低いもの。通常の文書や手紙は侍女か他の侍従へ託してください。」
「一つ、偽名を使った手紙や、調査対象へ送るもの。こちらは僕が一旦預かります。」
「一つ、最重要文書。暗号を使ったものや、筆跡を変えているもの。
――こちらは、ウルリックさんが出してください。」
ウルリックは息を呑んだ。
勤務六日目の侍従には、重すぎる。
「俺でいいんですか?」
「ウルリックさんがいいそうです。」
エリオットは苦笑していた。
「兄上ははじめ、僕に手伝いをさせようとしていたんです。でも、僕は顔に出過ぎるから向いてない……と。」
「…………。」
ウルリックは、エリオットの顔を見た。
確かに。
今も、困っているようだった。
「だから、ウルリックさんがいいそうです。」
そう言って、ほんの少し視線を落とした。
「――エリオット様は……」
「あ、別になりたかったわけじゃありませんよ!」
慌てて顔を上げる。
確かに、分かりやすかった。
「……昨日の話の続きを、考えていました。」
そして、再び視線を落とした。
「理由が後から分かるなら、その時に出来ることは多い方がいいかと思ったんです。」
この少年は、
とても素直で賢いようだった。
「ですから僕は、僕が今できることをやることにしました。」
そう言って顔を上げたエリオットの表情は、
どこか晴れやかだった。
「エリオット様は、今おいくつでしょうか。」
「十六です。」
ソニアと同い年だった。
自分とも二つしか違わない。
「……私が十六の時より、よっぽどしっかりされてます。」
「ウルリックさんよりもですか?」
頷くと、ほんの少しだけ嬉しそうだった。
「俺だって、しっかりはしてませんけどね。」
「え?」
独り言のように小さく付け加えた言葉は、聞き取れなかったようだった。
その後も二人で手紙を仕分け続けた。
かなりの量だった。
これ、何日分なんだろうか。
最後の一通を箱に収めた頃には、すでに昼時に差し掛かっていた。
「ただいま。」
顔を上げると、
扉の前にエドリックが立っていた。
「おかえりなさい。」
「……おかえりなさいませ。」
「早かったんですね。」
「今日はね。もう……なんで騎士ってあんなにうるさいのかなぁ。」
エドリックは、
わざとらしく肩を落としてみせた。
外套を脱ぎながらエリオットに渡す。
……それ、俺の仕事だよね。
「エリオット様。」
「ああ、お願いします。」
ウルリックはエリオットから外套を受け取り、衣装室へ運ぶ。
やっときちんと仕事ができた気がした。
戻ってくると、エドリックが弟とウルリックを交互に見ていた。
「……なんかぁ、また仲良くなってない?」
「そうですか?」
エリオットは首を傾げている。
「まぁ、いいけど。」
全然良くない顔で、ウルリックを振り返る。
「ウルリック、昼食にしよう。」
「僕もご一緒してもいいですか?」
すかさず言われ、エドリックは横目で弟を見た。
「……いいよ。」
ぱっと、エリオットの顔が明るくなった。
本当にわかりやすい。
「で、も。」
「――ウルリックの隣の席は、僕の場所だからね。」
エドリックは、また少し拗ねていた。




