第14話 ◆ウルリックは僕の侍従なんだけど。
「ねぇ、二人とも。」
勤務六日目の朝。
エドリックの不満そうな声が、
訓練場に落ちた。
「ウルリックは、僕の侍従なんだけどぉー?」
「知っている。」
「知っています。」
ひたすら素振りをしているイーサンとエリオットに向かって、つまらなさそうな視線を向けていた。
木剣を振り続ける二人に呼ばれ、
ウルリックは朝から訓練場に来ていた。
三兄弟の間に挟まれて、
なんだか少し居場所がないような気持ちになる。
隣にいるエドリックは、今日の訓練に参加するつもりはなさそうだった。
椅子まで持ち出して、その上で足を組んでいる。
「今日は、ウルリックと髪型をお揃いにしようと思ってたのに。」
ふいに木剣を振る手を止め、
二人はエドリックの髪型をちらりと見た。
長い髪の上半分だけを取り、
軽く団子のようにまとめている。
「そんな髪型じゃ戦えん。」
「掃除もしにくいです。」
二人は、すぐに素振りに戻った。
「いいんだよ、僕専属なんだから!」
エドリックの声は、
心なしか拗ねているようにも聞こえた。
「君も、何でやる気になっちゃってるの。」
「……そう見えますか?」
「見える。」
隣に立つウルリックは、訓練着姿で両手に短い木剣を携えていた。
「僕のいない間に、何があったの。」
「別に何もないです。」
「……隠し事はずるいよ。」
エドリックは頬を膨らませる。
確実に拗ねている。
結構面倒くさい人みたいだ。
「隠し事は、あなたの方が得意では?」
「君も、なかなか言うようになったね。」
返すと、なぜかちょっとだけ嬉しそうだった。
「ウルリック。準備は出来たか?」
「はい。」
イーサンに呼ばれて顔を上げる。
「僕も準備が出来ました。」
エリオットは笑顔だった。
「今日はエリオット様が?」
「はい、お相手させて頂きます。」
――昨日はたしか、騎士になるのは何か違う、って言ってなかっただろうか。
「エリオットは長剣の基本攻撃だけだ。
それ以外はするな。同じ動きを繰り返せ。」
「はい。」
「ウルリックは……まず、やってみろ。」
「はい?」
「何も考えず。」
「……はい。」
これでは、ギャリックの「来い」と変わらない。
ウルリックは、両手に収まる木剣を見た。
探りながら、構え方を探す。
順手。いや、逆手か?
重心は……低めだろうか。
身体の向きは、左をやや前に。
顎を引いて……こうだろうか。
悩みながら、姿勢を整えた。
「それでいいのか?」
頷く。
「やってみます。」
対するエリオットは、
木剣を正面に構えている。
騎士の手本のように。
「では。」
「始めろ。」
エリオットが踏み込んだ。
型どおり。
正面から、真っ直ぐに振り下ろされる一撃目。
左の木剣で受け流し、
ウルリックは身を反転させた。
同時に一歩踏み込み、右を下から突き上げる。
エリオットの二撃目。
横から流れる剣筋を跳ね上げる。
空いた胴へ打ち込む、左――
「――っ!」
木剣が、落ちた。
「そこまでだ。」
半身を引いて左の剣撃を躱し、
そのまま踏み込んだエリオットの三撃目が、
ウルリックの手首を打った。
「すみません。」
なぜか、謝られる。
「いえ。」
ウルリックは首を横に振る。
一本を片手だけで扱うとなると、
思った以上に握力が要るらしい。
「もう一度だ。」
「はい。」
今度も、正面からの打ち込み。
一撃目を流し、一歩踏み込む。
続く二撃目。
ウルリックは重心を落とした。
――その後、何度も短い試合を繰り返した。
やがて、イーサンは二人を止めた。
「やはり、左が速い。」
そう、ウルリックに告げる。
「だが同じだな、俺の時と。」
「……涼しい顔して、意外とせっかちなんだね、君。」
ずっと見ていたエドリックが、
何かに気づいたように目を細めていた。
イーサンも、深く頷いた。
「なぜ、三手で決めようとする。」
「……?」
言われている意味がわからなかった。
「上段からの攻撃は右に受け流す。
中段は上へ弾き、潜る。
下段には、受けるより先に懐へ入ろうとする。」
「…………。」
心当たりがあった。
ギャリックは右利きだ。
しかも攻撃のパターンが
上から潰す。
正面へ潰す。
下から潰す。
以上。
そして、左手には槌矛を持っている。
それを遅らせるために、一撃目を右へ流す。
二撃目は、左から飛んでくる。
上へ流すか、潜って躱す。
そして、三撃目――
だいたい、三手で全てが決まる。
「そして、三手目で必ず左を使う。」
――速さで、勝てる方の手だ。
それでも、勝てる確率はほとんどなかったが。
そういう意味か……。
それが、俺の癖らしかった。
「……父とばかり稽古してました。」
「――なるほど。」
イーサンは苦笑しながらも、納得していた。
「両手を使う戦い方と腕力はギャリック殿譲り。だが、その動き――ギャリック殿への対策なのか。」
「エリオットとは、やりにくそうだね。」
エドリックに言われ、
エリオットは困ったように、
首の後ろに手をやっていた。
「ウルリック。」
イーサンがウルリックに近づく。
「双短剣を使いこなすには、一つの型にこだわるな。この武器に決まった構えなどない。」
「狭い場所での戦闘は両方逆手。
空間が広く、間合いをとる時には両方順手だ。」
「戦闘中に持ち替えるのは慣れるまではするな。取り落とす危険がある。」
そうして。
武器の持ち方。
重心の取り方。
対面の向き。
一つ一つを確認していく。
「エリオット、次は槍に持ち替えろ。」
「槍ですか!?」
イーサンは、エリオットにも指示を出した。
「お前もついでに、それぞれの武器の基礎攻撃を覚えろ。」
傍を見ると槍だけでなく、斧に大剣、槌、片手剣――
あらゆる武器が用意されていた。
もしかして、全部やるのか。
「…………。」
「…………。」
すでに疲れていた二人は、顔を見合わせた。
「――ふーん。」
なおも続いている稽古を、
エドリックは見続けていた。
「鞘は……邪魔だな。刀身は革で保護して……。前腕の防御も……鍔は……」
誰にともなく呟きながら、
何かを考えるように目を細めた。
ウルリックは目の前の稽古に必死で、
まったく気づいていなかった。
「……腕のいい鍛冶屋を探さなきゃ。」
そして、口元を緩めながら、
今度は訓練着へ視線を移した。
「服の調整、まだ間に合うかな?」




