第13話 ◆姉がおかしい。
「あ、お帰りなさい。」
王弟邸からの帰り道。
新しい住まいに寄ると、
門も玄関の扉も開け放たれていた。
ちょうどソニアが隣の実家から、
荷物を運び出していたところだった。
慌てて駆け寄って、荷を取り上げる。
「まだ平気よ。」
「それでも。」
荷は、驚くほど軽かった。
中は小物類だろうか。
だが、それでもだめだ。
身重の妻に、荷物は持たせられない。
「あぁ、おかえりー。」
玄関まで荷を運ぶと、
奥から、姉のエマが顔を覗かせた。
どうやら手伝いに来ていたようだった。
「姉さん、来てたの。」
「うん、来てたの。」
……なんだか、いつもと様子が違う。
「エマさん、今日はなんだか元気がないみたいなの。」
ソニアは、心配そうだった。
ウルリックは、
ソニアの実家へ荷物を取りに行った。
実家の奥の部屋では、ソニアの母親が荷造りをしていた。
ソニアの母は膝が悪く、
長く歩くことが難しかった。
こちらに気づくと、
義母はほんの少しだけ唇を噛んだ。
「ただいま帰りました。
急に荷造りをお願いして、すみません。」
「もう、いまさらよ。」
義母の言い方はぶっきらぼうだったが、
それでも冷たくはなかった。
ウルリックは玄関先の荷物を全て、
隣の新居へ運び込んだ。
家具類は前の住人が置いていったものがあったため、荷物はそれほど多くない。
あと揃えるものは、寝具や食器。
それから、細かな日用品くらいだろうか。
「ねえ、ウルリック。」
最後の荷物を運び込んだ時、
ソニアは小声でささやいた。
「エマさん、さっきからずっとあんな調子なの……。」
見ると、エマは運び込んだ荷物の中身を取り出していた。
衣類だな、あれは。
出したものをたたみ。
引き出しへ持っていって。
しばらく、衣装棚の前で立ちつくした後。
元の場所に戻ってきて、また箱にしまう。
「……何やってるんだ、あれ。」
ソニアは小さく首を横に振った。
「姉さん。」
「何?」
「全然、役に立ってない。」
「……え?」
エマは、まったく気づいていないようだった。
「さっきから、同じことを繰り返してる。」
「そんなことないわよ。」
言いながら、また箱の中身を取り出して。
今度は衣類を、台所へ運んで行った。
「…………。」
そしてしばらくして、戻ってくる。
エマの耳が、少し赤くなっていた。
「姉さん。」
「ちょっと間違えただけよ!」
やっと気づいたようだった。
「エマさん、何かあったんですか?」
ソニアは、本気で心配していた。
普段から快活なエマが、
ぼんやりしているところなど見たことがなかった。
「大丈夫よ、なんでもないわ。ちょっと考え事してただけ!」
そう言いながら、別の箱を開ける。
中身は、筆記具のようだった。
そそくさとそれを書斎の方へ運ぼうとする。
考え事というより――
頭の中が、別のことでいっぱいなようだった。
「――ギデオンか。」
がしゃん!
エマが、箱の中身をひっくり返した。
玄関先に、大量の筆軸が転がった。
びっくりしたように、ソニアは肩をすくめた。
「……え、えっと……」
図星のようだった。
あれほど騎士は嫌だと言っていた姉が。
名前を聞いただけで動揺している。
「……うそだろ。本気か?」
「わかんないわよ、そんなこと!」
でも、気になるらしかった。
挙動がおかしくなるほどに。
「侍従の彼氏を見つけるんじゃなかったの。」
「うぅ、うるさいわね!」
すかさず、肩を叩かれた。
痛い。
「あいつ、姉さんの嫌いな騎士だぞ?」
「わかってるわよそんなこと!」
今度は背中を叩かれた。
「痛い。」
「うるさい!」
何か言うたびに、姉から攻撃される。
痛い。
ソニアはびっくりしたように、
口元を押さえている。
「――何してるの?」
しまった。
姉に髪を引っ張られているところへ、
ソニアの母親が入ってきた。
……見られてしまった。
姉弟喧嘩を。
ソニアが、義母にそっと耳打ちする。
「エマさん、好きな人ができたらしいの。」
「まぁ。」
義母は、髪を引っ張られて困り果てているウルリックを見た。
そして、どこかほっとしたように笑っていた。




