第12話 ◆何のために。
正午過ぎ。
昼食を終えた後は、部屋の清掃を頼まれた。
口元を布で覆いながら、
はたきで棚の上の埃を払う。
落ちてきた埃を雑巾で拭き取り、
それをもう一度、水で洗って絞る。
「どうぞ。」
「……エリオット様。」
ごく自然に水桶を差し出され、
ウルリックはたじろいだ。
「一体、何をなさっているんですか。」
「……? 掃除ですけど……?」
エリオットは首を傾げていた。
違う。
そういうことじゃない。
王弟家の三男が、なぜ侍従の仕事を手伝っているのか。
「これは私の仕事ですので……」
「ああ! なら、気にしないでください。」
気になる。
気にならないわけがない。
「困ります。」
「でしたら、困らないでください。」
エリオットは笑顔のままだった。
……この人も、やはりあの兄達の弟だった。
「もしかして、ご迷惑でしょうか?」
「いや、その……」
迷惑だった。
だが、屈託のない顔で言われると、
さすがのウルリックでも言いにくかった。
「その……お部屋でごゆっくりなさったらいかがでしょう?」
「――ここが、僕の部屋です。」
「……そうでしたか。」
失敗した。
諦めて、差し出される水桶に雑巾を入れた。
エリオットは書棚の本を並べ直していた。
「…………。」
気まずい。
雇い主に手伝わせて、いいんだろうか。
「ウルリックさん。」
「なんでしょう。」
雑巾を絞りながら答える。
エリオットも、本を並べる手を休めなかった。
「父に……騎士団への入団を勧められているんです。」
ぽつりと言ったエリオットの声には、迷いが滲んでいた。
「王族として、経験しておいた方がいいと。」
「……そうなのですか。」
なぜ、侍従の俺にそんな話をするんだろうか。
なおも、エリオットは続けた。
独り言のように。
「剣は好きじゃないけど……僕には、兄達のようになりたいものも、やらなければならないこともありません。」
ウルリックは、手を休めずに耳を傾けていた。
「だから、言われた通りに騎士になったっていいのかもしれない。」
エリオットは、
並べ終えた本の背表紙を指でなぞった。
そして、ふと視線を落とした。
「でも……なんだか違う気がするんです。」
「――――。」
ウルリックは言葉を失った。
なぜ、俺にその話をするのか。
その理由がわかった気がした。
――同じだったからだ。
ウルリックも。
周囲から決められた道に、
ずっと違和感を抱いていた。
だから……自分なのか。
思っていたよりもずっと、
この少年は鋭いのかもしれない。
「ウルリックさんは……なぜ騎士を諦められたのですか?」
「…………。」
「あれだけ、戦えるのに。」
先ほどの、
訓練のことを言っているらしかった。
ウルリックには、答えられなかった。
諦めたわけではない――
そもそも、
騎士になりたかったわけでもなかった。
だが、
こうして言われてみると、
それだけではない気もした。
「…………。」
……そうか。
――何でもよかったんだ。
騎士でも、侍従でも。
ソニアと子供を守れるなら。
「――俺は、騎士を諦めたわけではありません。」
ウルリックは、慎重に言葉を選んだ。
まるで、自分でも答えを探すように。
「先に……何のために生きるのかが決まったんです。」
「だから……。」
その先は、言葉にはならなかった。
ウルリック自身、
たった今、気づいたばかりだったからだ。
エリオットの顔は真剣だった。
「何のために……。」
そして、黙り込む。
「…………。」
「…………。」
二人とも、いつの間にか手を止めていた。
「……僕にそれがわかるのは、まだ先なんでしょうか。」
尋ねるエリオットに、
ウルリックは曖昧に頷いた。
「自分が何のためにここにいるのか、
俺もたった今、気づいたばかりです。」
エリオットは、驚いたように目を瞬いた。
「今ですか?」
「今です。」
「……ははっ。なら、僕が今考えたって答えが出なくて当たり前ですね。」
言いながら、ほっとしたように笑っていた。
本に手を伸ばし、小さく頷く。
「もう少し、考えてみることにします。」
「それがいいかと。」
ウルリックも、絞った雑巾をたたみ直した。
エリオットは、
いつもの穏やかな表情に戻っていた。
「聞いてくださって、ありがとうございます。」
「いえ……。」
「では、掃除が終わったらお茶にしましょうか。」
「…………。」
当たり前のように言うエリオットに、
ウルリックは首を傾げた。
掃除は、まだ続けるのか……。
その茶も、自分で淹れるつもりなんだろうか。




