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第11話 ◆騎士になったつもりは……ない。

勤務五日目。


その日、エドリックは一人で王宮に向かった。


ウルリックを連れていくのは都合が悪いようだった。


非常に、助かる。


「これはどちらに運べばいいのですか?」

「ああ、それはあちらの……」


涼しい表情で通常の侍従の業務に勤しみながら、これでもウルリックは身の安全を噛み締めていた。


書類。

茶器。

リネン類。

掃除用具に、筆記用具。


どこにも、禁制品は出てこない。


謎めいた言葉のやり取りも、

品定めするような視線もここにはなかった。


これだ……。

ウルリックが求めていた職場は。


「ウルリックさん。」

「はい。」


書棚の本を整えていた時だった。


背後から呼ばれて反射的に振り返ると、

そこには訓練着姿のエリオットが立っていた。


「お忙しいところすみません。」


エリオットは、

言いにくそうに首の後ろに手をやっていた。


何か、嫌な予感がする。


「次兄に、訓練場に呼んで来いと言われたのですが……。」


「訓練場、ですか。」


「訓練着に着替えてこい、と。」


「…………。」


ちっとも、普通の職場ではなかった。


現役の騎士が、侍従に訓練着を着せて呼び出しなんか普通はしない。


――エリオットに連れて行かれた訓練場では、

長身の騎士が木剣を素振りしながら

ウルリックを待っていた。


「――さあ、構えろ。」


イーサンは初対面のときの落ち着いた印象とはまるで違い、生き生きとしていた。


その表情には、どこか見覚えがあった。


企みがうまくいっている時のエドリックだろうか。


それとも、戦を前にしたギャリックだろうか。


どちらにせよ、

あまり近づきたくはない。


「イーサン様、騎士団の方は……。」

「今日は休みだ。」


休みの日くらい、休んで欲しかった。


「軽くだ、軽く。」


騎士の“軽く”ほど信用できないものはない。


あいつらは“軽く”で人の骨を粉砕する。


「すみません。」


エリオットは謝りながら、

木剣を渡してくる。


なぜか、彼の方が申し訳なさそうだった。

諦めて、ウルリックは木剣を受け取った。


「――お願いします。」

「いい顔だ。」


イーサンは、嬉しそうだった。


――俺、騎士にならなかったはずなのに。


ウルリックは、身をもって知っていた。


あちらの“軽く”に、本気で向き合わなければ、こちらが痛い目を見ることを。


上司になるはずだった騎士を前に、

侍従は木剣を構えた。


「いきます。」


ウルリックは、踏み込んだ。


真っ直ぐ、懐を狙う。


が。


やはり無理だった。


木剣を振り抜くよりも先に、

当然のように躱された。


横からイーサンの剣が入る。


太刀筋を切り替え、それを受け流した。


重い――!


まともに受けると、肩が外れそうだ。


相手の切っ先を横に逸らし、半身を翻して反対の手に剣を持ち替える。


そのまま重心を沈め、相手の顎を下から狙う。


「ほう。」


届く……!


そう思った瞬間、イーサンが身を逸らした。


「――取った。」

「…………。」


イーサンの木剣が、

ウルリックの脇腹に触れていた。


「――参りました。」

「よし。」


完全に、騎士の訓練だった。


エリオットは、

呆然とした様子でその試合を観戦していた。


一瞬だった。


「……ウルリック。」

「はい。」

「お前、なぜそんな戦い方をする?」


イーサンは、不思議そうだった。


「力はある。脚も強い。

なのに、なぜ打ち合わない。」


予想していた動きと、少し違ったようだった。


親父の剣筋を知っている者からすると、そうなのかもしれない。


「……剣を習った父が、あれですので……」

「ああ……。」


それで通じたようだった。


父は大剣を片手で振り回し、

もう片方の手には、槌矛か酒瓶を握っていた。


一撃目の大剣で相手を叩き潰し。


避けられたら酒瓶でぶん殴る。


戦略も何もあったもんじゃない。


一撃でも受ければ、潰される。

二撃目が酒瓶だった時はついていた。


鎚矛なら、頭が吹き飛んでいた。


それを避けて、

やっとわずかな隙が作れる程度。


ほんと、とんでもない人間だと思う。


「自分より力の強そうな者、体格のいい相手とは打ち合わない方が安全かと。」


「なるほど。」


イーサンは頷いた。


「相手によって、戦法を変えているのか……」


少し考え込むように視線を落とし、黙り込む。


「……エリオット、双短剣を持ってきてくれ。」


「え。あ、はい!」


ふいに声をかけられ、

エリオットは驚いたように動き出した。


双短剣?


「お前、元々左利きだろう。」

「見えたんですか……。」

「左の剣撃の方が早かった。」


ウルリックは絶句した。


「持ってきました。」

「やってみろ。」


イーサンから渡されたのは、

一対の短い剣だった。


通常の短剣よりはやや長く、

手には確かな重みがあった。


「……こんなの、ありなんですか?」

「うちの騎士団ではな。」


イーサンは苦笑していた。


酒瓶を振り回す騎士がいるくらいだ。

長剣以外を使う騎士など、普通なんだろう。


「家には、大剣しかありませんでした。」

「さすが、ギャリック殿だ。」


大剣の扱い方すら、

まとも習った覚えがなかった。


父の指導は「来い」の一言だ。


ウルリックは、

左右の手に収まった短剣を見下ろした。


「…………。」


妙に、しっくりくる。


……だが。


それでも。


騎士になったつもりは……ない。

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