その9 新しい住まい
廊下に明るい光が差している。アリアはぼんやりと歩みを進めながら、先ほどの話を思い返していた。
アリアは学校というものには一度も行ったことがない。だが、地球と言う星があることくらいは、一般教養として知っている。オズがあるこの星はパランと呼ばれているけれど、地球とパランとのワープを可能にしたのは、二つの星の環境が酷似しているというそのただ一点であり、距離としては決して近くない……ということも。
もしかすると今でもまだ、地球に行くことはできるのかもしれない。だが、地球の人類が滅んでからというもの、危険なワープでそこへいくような存在価値はなくなった。
正直、ちょっとおとぎ話みたいに思っていた。そう思っている魔術師は、少なくないと思う。『日本』という国も、セイアは知っていたようだけど、アリアはその名前すら知らない。それがまさか、こんな形で自分に関わってくるなんて。
ハサミ・スバル。不老不死で、強い魔力を持つ魔術師で、地球最後の生き残りの日本人。
そんな人が、本当に今も存在するのだろうか。しかもそれは、自分の父親なのだという。それが本当なら、自分は日本人の末裔ということになるのか。
何も知らなかった。ショックであるのは確かだが、それ以上に理解が追い付かない。
「アリア様?」
声を掛けられ、ハッとした。隣りで、心配そうにアリアを覗き込むソフィアの眼差しと目が合った。
「大丈夫ですか?顔色があんまり良くないです」
とっさに「大丈夫だよ」と笑顔を浮かべて見せた。実は、自分はこういうかわいい女の子に弱い。かわいらしさは、自分にはない魅力だ。うらやましいより先に、守ってあげたくなってしまう。
アリアは、ソフィアによって自室に案内されている最中だった。ここでは基本的に、神魔(及びその候補)には特別室があてがわれる。成人して結婚などすれば、組織とは関わりのない場所に自宅を作ることもあるが、学生のうちは生活の全てをこの建物で送ることが望ましい、らしい。
「それよりさ、その『様』付け、やめない?」
先ほどからずっと思っていたことだが、慣れない敬称で呼ばれるのは居心地が悪い。できれば敬語抜きで話して欲しいのだが、彼女はとんでもないとばかりにぶんぶんと左右に首を振った。
「ダメですよ!アリア様は、この後すぐにセラディ・ソーサラーズの神魔になるお方です!こうやってお側にいられるだけで、もったいないくらいなんですから!」
「…………そうなの?」
分からないことはない。アリアも幼少の頃、身近にラトスたちを見ているので、ここがそういう世界であることは理解している。だが、自分が神魔の立場になることには不安があった。スバルの娘というだけで、何か分不相応な期待を寄せられている気がする。
神魔の地位を与えられるということは、いきなり組織のトップに祀り上げられるということだ。それだけの価値が、本当に自分にあるのだろうか。だが、ラトスの様子を見る限り、今から辞退というのも難しそうだ。
「着きました。こちらが、アリア様の私室になります」
廊下を歩いていたソフィアが足を止め、左手の壁側の扉に手を掛けた。
「わ……」
扉を開いたその先に広がる景色を見て、アリアは思わず目を見開いた。思った以上に女性らしい部屋、だが落ち着いた上品な雰囲気がある。家具や調度品は年代物らしい飴色の光沢を纏い、柔らかな色彩の幾何学模様の壁紙とも調和している。部屋は居室と寝室に分けられ、チラリと覗いた寝室も充分な広さがあった。その中でも特に目を引くのは、柔らかなカーテンをたっぷりと張り巡らせた天蓋付きのベッド。
「なんだか、お姫様の部屋みたいだ……ほんとに俺が使っていいの?」
「もちろん!お姫様と言うほど広くも豪華でもないですが、お気に召したならよかったです。あ、ここからの景色、春になるとすごくきれいですよ」
ソフィアはそう言って、窓の方へと歩み寄った。壁にぴたりと寄り添うようにクラシックな机が置かれ、その上部にある大きな出窓には繊細なレースのカーテンが掛けられている。そのカーテンを開くと、下方に庭園が見えた。建物に沿うように植えられた樹木は、今は葉を落としているが、もう少しすると緑が芽吹いて目を楽しませてくれるに違いない。




