その4 白猫と少年
マールの町の大通りを歩き続け、十分程経っただろうか。不意にラトスが足を止めた。アリアとセイアの二人もそれに倣って立ち止まったが、「着いたぞ」と言われても、最初はどこの建物のことを言っているのか全く分からなかった。
「何ぽかんとしてるんだよ、おまえら。目の前に建ってるだろ、これがセラディ・ソーサラーズ本部」
「は⁉……え、これですか?デカ過ぎません?これじゃまるで、王宮じゃないですか」
「ああ、どこだかの宮殿を参考にして建てられたって聞いたことがあるな」
柵状の門扉は、驚くほど幅が広く、人の背丈の何倍もあるような高さがある。門扉の左右にはそれぞれ向かい合うようにしてペガサスのレリーフが配置され、荘厳で優美な雰囲気だ。門の先のきれいに舗装された道の向こうには、華麗な装飾が施された白亜の建物が見える。屋上には五本のポールが立ち並び、中央にはブルーグレーに白い文様が描かれた大きな旗、その下に赤・黄・緑・青の三角旗が揃い、青空の下で翻っている。
ラトスが、門扉の中央、ちょうど大人の目の位置辺りに刻まれだ「S」の文字に手をかざすと、音を立ててゆっくりと門が開いた。
「ここの門は、いつも閉まってるんですか」
「いつもじゃない、時間を決めて開けてるんだ。開いてる時間帯に出入りするのが基本だが……まぁ、最初はちょっと、窮屈に感じるかもしれんな」
本部は、敷地内にそれなりの規模の学校を併設している。朝の登校時間、昼休み、下校の時間は門が開かれるらしい。それ以外の時間帯に自由に門を開け閉めできる魔術師は、限られている。特に夜間の外出の場合は申請が必要だと、ラトスから説明を受けた。
「勝手に抜けだしたりはできないんですか」
「あのなぁ、仮にできるとして、俺がここでそれをバラすと思うか?おまえら一応入会するつもりで来てるんだろ、真面目にやれよ」
そんな話をしながら、三人は門から白亜の建物まで続く道をまっすぐ進んでいった。道はしっかりと石畳になっているが、その両隣の土地もきれいに石が敷かれている。何か催し物がある時は、ここは大勢が集う広場になるのだろう。
「表側は殺風景だが、裏手には庭園もあるぞ。そうは言っても冬の時期はあんまり見るものはないが」
ラトスはそこまで言って言葉を止めた。建物の方から、何か小さな白い生き物がこちらへ向かって、とことこ近付いてくる。
「あれ、ニャンコだ」
白い猫だった。きれいな青い目をして、首に皮の首輪を付けている。優雅なポーズを取って立ち止まったその猫は、口に何か鎖のようなものを咥えていた。
「あぁ、こいつは半年前くらいからここに居座ってる。……あれちょっと待てよ、この咥えてるヤツ、もしかして」
ラトスが近付いて手を出そうとすると、白い猫は嫌そうに身をかわし、やや距離を取って振り向いた。「あげないわよ」とでも言うように、これ見よがしに咥えたものを口元で振って見せる。鎖の先に、星のようなモチーフが見えた。
「マチネーッ!」
不意に声が響き、建物の中から、誰かが外へ走り出してきた。制服らしきブルーグレイの上着の裾をはためかせ、猫に向かって突進してくる。アリアとセイアは、やや唖然として、その突如現れた少年が白猫と戯れる様子を眺めていた。いや、少年の方はおそらく戯れているつもりはないのだろうが、ひらりひらりと猫に身をかわされているその姿は、どう見ても遊ばれている。
「ラトス様っ、ボケっとしてないで手伝ってください!マチネが『誓いの星』を持ち出しちゃって」
「ゼノ、おまえなぁ、猫一匹捕まえられなくてこの先どうするよ?」
ラトスは呆れたようにそう言いながら、軽く右手を前に出した。するすると青い光の糸が彼の手のひらから紡ぎ出され、あっという間に白猫を捕縛する。
「よしよし、悪いなマチネ。それはおもちゃじゃないんだ、返してくれるかい」
猫は抗議するように小さな唸り声を上げたが、それ以上は抵抗もせず、近付いてきたラトスの手のひらにぽとりと咥えていたものを落とした。ラトスは慣れた手つきで猫の背中を軽く撫でると、かけられていた捕縛を解除した。
「え、ずるい、捕縛魔法……」
「いいんだよ、俺は敷地内で魔法使っても」
「それがずるいって言ってるんですよー、だって俺たちは使えないのに」
マチネと呼ばれた白猫は、こちらに対しての興味を失った様子で大きな欠伸をすると、建物の裏手に姿を消した。制服姿の少年はひとしきり文句を言った後、ようやくアリアとセイアの方を向き、照れたようににこりと笑った。
「すみません、お見苦しいところをお見せして。アリア・コーダ様と、セイア・バトル様ですね。お待ちしておりました、ようこそセラディ・ソーサラーズへ」
彼は長めの銀白色の髪をきっちりと一つに結び、白兎を思わせるような紅い瞳をしていた。年齢は多分、セイアと同じくらいだろう。利発さと真面目さを併せ持った、真っ直ぐな眼差しをしている。




