その3 セラディ・ソーサラーズ本部へ
ふっと、音が消えた。次の瞬間、すさまじい暴風が吹き荒れた――――少年の身体の周囲限定で。
「うわぁっ⁉」
風はすぐに止んだ。そしてナンパ少年は、きっちりと着こんでいた外套がめくれ上がり、その中に着ていた濃紺の制服をさらけ出す姿で、茫然とその場に立ち尽くしていた。何度か目を瞬かせた後、ハッとして外套を羽織り直したが、もう遅い。
「制服着用のままナンパとは、イリオネス校にも随分と行儀の悪い生徒がいるようだな。あそこはもう少し、格式のある学校だと思っていたが……しかもそのバッジ、監督生か。これを学校に知らせたら、いったいどうなるかな?」
ラトスは少年へ指先を突き付けたまま、冷たい低い声で語りかけた。
「ワープで逃げられるとか思うなよ、こっちはいつでも捕縛がかけられるからな。ちなみに俺は、セラディ・ソーサラーズの青魔、ラトス・ティスキン。そうだな、せっかくだからそっちも自己紹介してもらおうか」
「い……いや、それは……」
「遠慮しなくていいぞ、ほら、名前と学年。しかしおまえ、ずいぶん貧弱な身体つきだなぁ、さぞ自分の魔法に自信があるんだろうな?」
アリアは、ナンパ少年相手に畳みかけるラトスをやや呆れたように見遣り、その後で少年の方へ視線を転じた。彼は今、完全に顔色をなくした状態で立ち尽くしていた。ラトスが魔術師だと分かったうえでケンカを売っておいて、この有様だ。だがまぁ、これだけ人がいる大きな町のど真ん中で、ピンポイントに「青魔様」に出くわした不運については、少しばかり同情の余地があるかもしれない。
「すみませんでした……その……」
小さな声が聞こえた。ん?と言うようにラトスが首を傾げると、少年は視線を落としたまま拳を握り締め、ふり絞るように声を発した。
「どうか、み……見逃していただけないでしょうか……」
ラトスははぁーっと大きくため息をつき、肩を竦めてアリアの方を見た。どうする?というような顔で見られても、アリアにしても肩を竦めるより他にない。少し嫌な思いはさせられたが、身体接触がなかったので、正直、許せないというほどではない。
「ラトス様に、お任せします」
そう答えると、彼は軽く口を歪めて小さく頷き、脅すように少年を軽く睨んだ。
「おまえ、顔は覚えたからな。二度目はないぞ。自由恋愛は結構だが、嫌がってる相手を無理やり口説こうとするなんざもっての外だ。学校の威信にも関わるぞ」
分かったら行ってよし、とラトスが少年に向けていた指を空へ向けると、金縛りが解けたように、少年は慌ててその場から立ち去った。驚くほどの逃げ足の早さだった。
「ありがとうございます、ラトス様……それにしても、中央国はあんなのばっかりですか」
水の瓶に口を付けながら、思わずそうぼやくと、ラトスは苦笑いを返した。
「まぁそう言うな。そろそろ彼氏も来るだろうし、機嫌直せ。吐き気は治まったか?」
「少しマシになりましたけど」
その時ふと、こちらへ走り寄る気配に気づき、アリアは顔を上げた。そして、通りの向こうから走ってくる少年の姿を確認し、思わず表情が緩んだ。
「セイ、遅かったじゃん」
「ごめん、ちょっとだけ迷っちゃって。こんな大きい町、初めてだからさ」
セイアは軽く息を弾ませながら、アリアと視線を合わせ、「元気?」と微笑んだ。わずかに癖のある柔らかな黒髪と、優しそうな黒い瞳の持ち主である少年は、つい先日アリアの彼氏になったばかりだ。アリアは頷いて、少し照れくさいような気持ちになった。このところ、引っ越し作業に追われて二人ともバタバタしていて、顔を合わせるのは三日ぶりだ。
セイアは、アリアの少し前に中央国入りしたらしい。彼の腕に一抱えもあるような紙袋を認め、アリアは思わず眉をひそめた。
「なんだよその重そうな紙袋。本?」
「うん、大学受験用の参考書。アリアのこと待ってる間に入った本屋でいろいろ見つけてさ、つい買いこんじゃって。今更無駄かもしれないけど」
セイアはスライディル大学の入学試験を間近に控えている。そう言われて彼の顔を見ると、その目はやや充血気味で、肌も色つやが良くない。
「大変そうだな、受験勉強」
「うん……いくら勉強しても足りない気がして、このところまともに寝てないよ」
はは、と乾いた笑いを浮かべるセイアの背中に向かって、ラトスがからかうように声を掛けた。
「ずいぶん弱気なこと言うじゃねえか、『受かる気しかしない』って言ってたのはどこのどいつだ?」
「あの時はまだ、自分の実力がよく分かってなかったんです。三年分の過去問を解けば、嫌でも現実が見えてきますよ」
「ま、せいぜい頑張れ。でもいずれにせよ、今日は勉強はあまりできないと思うぞ。いろいろ予定が詰まってるからな」
アリアとセイアは、今日はラトスに伴われて『セラディ・ソーサラーズ』の本部へ出向くことになっている。正式に入会することになるのだろうが、詳しいことはまだよく分かっていない。
「おまえがいない間に、こいつ早速ナンパされてたぞ。ちゃんと見張ってろよ、彼氏」
ラトスにそう言われ、セイアは驚いたように目を瞬かせた。
「えっ、ほんとに?……いやでも、それは目を離したラトス様の責任でしょう。そうでなくとも、変な奴らに狙われてるかもしれないんだから、気を付けてもらわないと」
「そんな、目を離したって言われたってなぁ……飲み水買ってくる間だけだぞ?」
文句を言うセイアに対してぼやくように返した後、ラトスは腰に手を当てて二人の顔を見比べ、「よし」と気合を入れるように声を発した。
「じゃあ二人とも揃ったところで、行くぞ。『セラディ・ソーサラーズ』へ」
アリアとセイアは一度顔を見合わせた後で、ラトスの方を向き、二人とも大きく頷いた。
「はい!」
わくわくと、どきどき。初めての場所はいつでも、緊張と期待にあふれている。
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