その2 ナンパ少年
中央国のマールの都は、言わずと知れたオズの国随一の都市である。ただ単に首都であるとか人口が多いということもあるが、それ以上に、訪れた者は洗練された都会の空気に圧倒される。地方から出てきたばかりの田舎者なら尚のこと。
「ね、大丈夫?俺、薬とか持ってるよ。少しは楽になるかも」
アリアは、そのマールの都の大通りに設置されたベンチに腰を下ろし、ぐったりとしていた。目の前の通りはひっきりなしに大型の馬車や最新のオートモービルが行きかい、その通りの向こうには見たこともないようなモダンな百貨店やホテルが軒を連ねている。晴れた空の下に広がるその光景は夢のようですらあったが、それを楽しむほどの余裕は今の彼女にはなかった。
とにかくひたすら、気持ちが悪い。理由ははっきりしている。――――『二人乗り』だ。
オズの国のほとんどの魔術師は、空間を一瞬で移動するワープ能力を持っているが、実はこれには応用編がある。俗に『二人乗り』と呼ばれる、魔術師の一人がもう一人を抱きかかえるようにしてワープを行うものだ。基本的に、ワープは一度行ったことのある場所にしか移動できないが、これによって行動範囲を大幅に広げることができる。アリアは、中央国に本部を置く『セラディ・ソーサラーズ』と呼ばれる組織に属する魔術師、ラトス・ティスキンに二人乗りで連れられてこの町にやってきた。
だが、便利なこの魔法には、実は弱点がある。二人乗りを使うと、引っ張り込まれた側は―――それが一般人であろうが魔術師であろうが―――平衡感覚を狂わされたようになる。すなわち、とても気持ちが悪くなるのだ。それが今のアリアの状態。
「薬飲んでさ、ちょっと横になれるところに行こうよ。俺、介抱するからさ」
そして、先ほどからアリアの隣に座って話しかけてきている、鼻が大きめの赤褐色の髪の少年について、あいにくアリアは何の情報も持ち合わせていない。耳が尖っているので、魔術師であることは間違いないだろう。こういったナンパの類は数多く経験しているアリアだったが、明らかに弱っている様子を見て声を掛けてくる時点でマイナス評価だ。親切を装っている辺り、更にタチが悪い。
「ちなみに、君って男と女、どっち?いや、俺は全然どっちでもいいんだよ?顔がキレイな子はどっちでも大好物だから。でもまぁ強いて言うなら、女の子の方が、より嬉しいかな?」
「……黙れ変態。話しかけんな、あっち行け」
ここまでひたすら黙って耐えていたアリアだったが、さすがに耐えきれなくなって声を上げた。対する少年は、初めて反応があったことに喜びの笑顔を浮かべた。ぱたぱたとしっぽを振りそうな勢いだ。
「その声だとやっぱり女の子か、嬉しいなぁ!ね、具合悪いんだから無理しないで、少し休もうよ。ベッドがあってゆっくりできるところ、あっちの通りにたくさんあるよ?」
「……ほーお。おまえ、この子をいったいどこに連れ込む気だ?」
今日の中央国は真冬の割には暖かい。その気温をぐっと引き下げるような低い声が、すぐ隣で聞こえた。アリアはその声を聞き、やっとホッとした表情を浮かべて顔を上げた。
「ラトス様……遅いですよ」
「悪かった。まさかこんな短時間でナンパされるとは思わなかったもんでな」
ラトスはそう言うと、「ほら」とアリアに水の入った瓶を手渡した。具合の悪いアリアに水を与えるため、ほんの少しだけ彼女のそばを離れたラトスだったが、さすがにこの展開は予想していなかったらしい。彼はアリアが水を受け取るのを確認すると、ナンパ少年の前に仁王立ちになった。
「なんだよおっさん。あのさ、今この子と話してんの、俺だから。邪魔しないでくれる?」
怖いもの知らずの少年はそう言って、ラトスへ向けてしっしっと追い払うように手を振って見せた。ラトスはとび色の短髪をした精悍な顔立ちの壮年男性だ。ムキムキというほどではないが、それなりに引き締まった体つきをしている。しかも、耳が尖っている。普通ならもう少し警戒しても良さそうなものだが、自分の実力に自信があるのか、ただ単にバカなのか――――ナンパ少年は不敵な笑みを浮かべた。
「おっさんみたいに鍛えてる魔術師ってさ、自分の魔法に自信がないんだろ?だから強そうに見せるために筋肉とか付けてるんだろ。あーやだやだ、見苦しい上に暑苦しいねぇ、冬なのに」
ただのバカだった。彼は勢いを付けて立ち上がると、ラトスへ何か術を掛けようと手を伸ばした。微妙に恰好を付けているのは、アリアに対してのポーズだろう。ラトスは彼の煽りにも顔色一つ変えず、黙ったまま、すっと少年の方へ指先を向けた。




